⑦すべてを灰に
祈祷が終わると、ユウナギは火付け石を懐から取り出す。
「それ、どうするつもり?」
「……もやす」
「燃やす!?」
ちょっと待ちなさい、とルティアはユウナギの肩を掴む。しかしすぐに小さな手によって振り払われてしまう。
そこで二人の様子がおかしいことにリュードが気付いた。
「どうしましたか?」
「ユウナギが……」
「もやすんだ。父さんと、母さんと、約束したから」
火付け石を手に、ぽつりと零す。
「それは、どんな約束ですか?」
「……」
「何を燃やすのですか?」
「……ぜんぶ」
「全部とは?」
「父さんと、母さんと、馬車も、ぜんぶだよ」
「そうですか。そのように約束をしていたんですね?」
「うん」
だから火付け石を持っていたのかと納得する。しかし妙な約束だとルティアは訝しむ。
(普通、親が子供にわざわざそんな約束するかしら? すべてを燃やせ……だなんて、存在まるごと消し去りたいような……?)
旅人であれば、どこで命を落とすか分からない。
あらかじめ、そうなった時のことを決めておくのも珍しくないかもしれない。
だが、わざわざ子供に火付け石まで準備させておくだろうか……。
リュードに視線を送ると、彼もまたこちらを見て、瞳だけで頷いた。
どうやら違和感を覚えているのはルティアだけじゃないようだ。
――何か事情を抱えた家族。
そうとしか思えない。
存在を消し去らなければいけないほどの。
「ユウナギはいいの? 全部燃やしてしまっても。その……大事なものとかはないの?」
「うん。……父さんと、母さんと、お揃いの短剣があるから、それ以外は要らない」
「そう……」
ユウナギの腰のベルトから下がる短剣。
見ただけで、名工が鍛えた上等なものだと分かる。
ルティアの亡き父も剣士だった。
その技術と、贈られた剣は、今でもルティアを支えてくれている。剣を手にすることで、遠くにいってしまった父のことを近くに感じる。
――ユウナギも同じであればいい。
生きていれば苦しい時や、哀しいことは、これから先、いくらでもあるだろう。
それでも折れない硬い鋼のように、困難なときでも真っ直ぐに前を見て生きていってほしい。
「ユウナギ、本当に良いのですね?」
「うん」
「わかりました」
リュードは迷いなく頷いた少年の小さな右手をとり、左手でしっかりと繋ぐ。
「山火事が心配なので火付け石は使わないでおきましょう。そのかわり女神の浄化の力で、ユウナギの約束を叶えます」
そう言って、リュードは空いている右腕で空を切るような動作をした。
(これは、はじめて見るわ)
数年、共に過ごしてきたルティアでも、見たことのない御業。
祈祷師は、「守護のアルーミス神」「浄化のウートス神」「癒しのエイオス神」……処女三神といわれる女神からの祝福を授かることで「御業」とよんでいる奇跡を起こすことが出来る。
とくにリュードは厳しい修業を積んできたため、祈祷師のなかでも高位の御業を習得していた。
ルティアも一時期、祈祷師の資格を有していたことがある。
だがリュードと契りを交わした今、ルティアはその資格を失った。処女三神の力を得る女性は皆、処女でなければいけないからだ。
ルティアとユウナギが見守るなか、何も無い虚空から光の渦が生まれる。
渦は炎に変化した。
炎といっても肉眼では眩い光にしか見えなかった。
馬車も、ユウナギの眠りについてしまった二人の両親も、光のなかで灰に変わっていく。
その灰すらも女神の力によって消滅していく。
すべてが終わり、何も無くなったその場所を眺めながら、ユウナギがぽつりと零す。
「……オレ、行かなきゃ」
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