⑥お別れの祈祷
はじめから鬱展開ですみません。
横倒しになった馬車。
大地に四肢を投げ出したまま、冷たくなっている男女の姿を目にして、ユウナギは立ち尽くしていた。
肩を大きく揺らし、乱れてしまった呼吸と一緒に、涙を落としている。
「ユウナギ、わたしは祈祷師です。あなたの両親のために祈らせてください」
哀しみに動けないユウナギに断ってから、リュードはまず遺体を清めはじめた。
ルティアから洗ったばかりの、清潔なターバンを受けとると、聖水で湿らせたあと、乾いてこびりついていた血の汚れを丁寧に拭っていく。
これは葬送の準備のひとつだ。
魂の神殿ともいわれる肉体は、神々からの送りものともいわれている。清めることで感謝を表し、土に還すことで、生まれ変わりを願う……そういう意味が込められている。
「オレも……やる……」
にぎった拳でゴシゴシと目元を拭ったユウナギが言った。
「私も手伝うわ」
二人でリュードにやり方を教えてもらう。
ルティアが、ユウナギの母親の傷だらけの右手を両手でそっと持ち上げる。
「私は支えているわね? ユウナギに綺麗にしてもらったほうが、きっと喜ぶわ」
「……うん」
冷たい肌を撫でるように清めていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
時おりユウナギの手が止まる。
唇を噛んで、嗚咽を堪えようとする少年の姿に、ルティアの胸もぐっと詰まる。
「泣きたいなら、我慢せずに泣いたっていいのよ……。哀しいのは悪いことじゃないわ。それくらい"大好き"だったっていう証だもの……」
「……っく、……うぅ、うわあああっ……!」
堰をきったユウナギの哀しみが爆発する。
ルティアは頼りなく震える小さな背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
時間をかけて清めを終えると、リュードが祈りを捧げる。
祈祷師の葬送の祈りで旅立つ魂は、生まれ変わった来世で幸せな人生を送れると言われている。
だが一般人が、葬儀に祈祷師をよぶことは滅多にない。莫大な費用がかかるからだ。
祈祷師を囲う神殿は、あらゆる祭儀をこなすことで金を得ている。
つまるところ祈祷師は商売道具のようなものだった。
リュードも元々は神殿に属した祈祷師だったが、冒険者に身を買われ、その冒険者が戦死したため自由の身となった。今では祈祷師の力をいかしながら、旅をしている。
――まるで歌。
リュードの祈祷の言葉はいつ聞いても美しいと、ルティアは思う。
(だから、神様たちも耳を傾けてくれるはずよ)
神々に向けて、二つの魂がいくべき場所に、迷わずいけるように導きをこう。
祈祷の口上は、ルティアやユウナギが知らない言葉だった。けれどその響きは、とても神聖な感じがするのだ。
「光が……」
ユウナギが感嘆の声を上げる。
天上を仰げば、細かいキラキラとした光の粒子が降り注いでくる。
「お迎えがきたんだわ」
光は二つの身体を包みこんだあと、ゆっくりと、天上へと昇っていく。
「さようなら。父さん、母さん……」
光が見えなくなるまで、ユウナギはずっと頭上を仰いでいた。
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