④心の傷
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近くに魔獣の気配はない。
ルティアはいったん引き返すことにする。
また此処には戻ってこなければならない。あの傷付いていた少年も連れて……。
心が重い。
でも本当に辛いのは少年のほうなのだ。
「……ルティア、大丈夫ですか?」
戻るとすぐにリュードがそう言った。
昔から変わらない、戦いのあとにはいつも必ず言う台詞だった。
「大丈夫よ。怪我ひとつ負っていないわ」
「いえ、そうではなくて……」
リュードの言いたいことが伝わってきた。
もう数年連れ添っているから、お互いにある程度は顔色で気持ちを汲むことができる。
とくにリュードは、魔王との戦いの後遺症で右耳の聴力を失っていた。その分、相手の表情や動作などを具に観察し気付く。
夫婦になる前も、なった後も、リュードは変わらずルティアを気遣ってくれる。時には過分だと呆れるほど。
「リュードさん、この子の両親は亡くなっていたわ」
「やはり……、そうでしたか」
「ええ」
ルティアはリュードの隣に腰を下ろし、うずくまるように両腕で膝を抱える。丸くなった背中にリュードの手のひらが添えられた。
数えきれないほど触れてきた手だ。ルティアの身体にしっくりと馴染む。
じんわりと広がっていく温かさに、自然と肩の力が抜けていく。
「……子供を守るために、最期まで立派に戦い抜いたんだと思う。きっと強い人達だったんだわ」
「そうですね。そのおかげで生きている命があります」
リュードが視線を移し、ルティアも顔を上げる。
外套を広げた上に、少年が横たわっていた。
歳は十に満たないくらいか。まだ親の庇護を必要とする年齢だ。
「出血していましたが、傷は深くなかったのが幸いでした。もうじき目を覚ますと思いますよ」
「良かった……」
ずいぶん回復したようだ。頰に血色が戻っている。
しかし本当に案じなければいけないのは心のほうだとルティアは思う。
(壊れないで欲しい)
たくさんの哀しみや恐怖、絶望に心は簡単に折れてしまう。心に受けた傷を癒すには、身体の傷よりも何倍も時間がかかるし、個人差もあるのだ。
ルティアの仲間にも心を病んだ男がいた。
名をフレッドと言い、冒険者になりたてのルティアを仲間に入らないかと誘ってくれた、正義感が強く優しい男だった。
しかし魔王との戦い以降、フレッドは剣が持てなくなり、うまく喋れなくなった。そうして引きこもりの生活を送るようになってしまった。
戦いのなかで多くの冒険者が非業の死を遂げた。それを目の当たりにし、そして何度も生死をさまよう過酷な戦いを強いられた。その代償で、フレッドの心は壊れてしまったのだ。
あの戦いから今年の冬で丸五年が経つ。
フレッドは少しずつ、本来の自分を取り戻しつつあるが、それにも長い時間を要した。
「ん、んうぅ……」
少年が小さく喉を鳴らす。
太陽の位置が高くなり、木漏れ日が目覚めを促すように、少年の頰に落ちていた。
ルティアは少年の傍らに寄る。
閉じられている瞼がわずかに震えたあと、ぱちりと目を開けた。
少年は、深い柘榴石のような色の瞳をしていた。
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