③違和感
――あと少し。あと少し早ければ……。
そう悔やんだことは一度だけではない。
どうしようもなかったと頭で理解していても、助けられたかもしれない未来を思うと、胸が痛む。
ルティアは片膝をつき、いったん剣を地面に置いた。瞳を閉じて短く祈りの言葉を口にする。
どうかその魂が安らかに、在るべき場所へ還っていくように。そんな願いが込められている祈りだ。
「……このままにしておく訳にはいかないわね」
ルティアは思案する。
正式な葬送の祈りはリュードに任せれば大丈夫だ。祈祷師の祈りは女神に通じるのだから、きっと二人の魂は安寧の世界へと導かれる。
考えなければいけない問題としては、まずはこの遺体をどうするか、だ。
そしてあの少年のことも……。
(こんな山奥に残していけないしね)
目覚めたとき、両親の変わり果てた姿にショックを受けるだろう。
魔獣を目の前に腰を抜かさず、逃げきるくらいの勇敢さがあっても、まだ子供だ。
身体の傷は癒えても、心の傷はそう簡単には癒えないものだ。支えが必要だ。
(私は……どうだったかしら?)
昔の自分を振り返る。
ルティアも父を亡くしていた。
魔獣狩りを生業にする冒険者だった父は、魔獣との戦闘中に仲間を庇い還らぬ人となった。
訃報をきいたルティアは、妹が泣き疲れて眠りについたあと、ひとりで剣を振っていた。
剣を教えてくれたのは父だ。
だから剣とともにいれば、父と一緒にいられる気がしたのだ。
泣きながら、ひたすら剣を振っていた。
……そうだ、思い出した。
哀しかったけれど絶望はしなかった。たった一人の肉親になってしまった妹を守るため、冒険者になることを決意した。
(私には剣があった……だから強くいられた)
だが、あの少年はどうだろうか?
深い哀しみから前を向くことができるだろうか。
前を向くにしても、時間は必要になるだろう。
「……あれ?」
冷え切った亡骸を前に、ルティアはふと違和感を覚える。
二人とも鍛え抜かれた肉体をしている。
まるで武人。
旅をするのだから戦いの心得はあったのだろう。そうでなければいざ魔獣と遭遇したときに対処できない。冒険者の夫婦なのかもしれない。
――いや……そうではなく。
違和感の正体を探る。
ルティアの視線が頭髪をとらえる。
黒髪だ。
あの少年の髪も、血に濡れていたけれど、確か真っ黒だった。だから家族だと思ったのだ。
この国で黒髪は珍しい。
珍しいと言っても、リュードのように青みがかった黒髪の者は時々見かける。遠い異国の血が、祖先の誰かに継がれてきたのだろう。
だが不思議なのは、目の前のこの夫婦が、わざと髪を黒く染めていることだ。
生え際の髪の色は茶色だ。おそらく地毛は黒ではない。
(何故、染める必要が?)
ルティアは訝しむ。
いくら考えても答えはでなかった。
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