⑤マバナ皇国の旅人
お待たせしました!
ルティアが目を開けると、そこには心配そうな顔をしたユウナギの姿があった。
(そうだわ。私、魔獣と戦って怪我をして……)
いつの間にか、意識を失っていたようだ。
身体を起こしながら確認すると、服は破れていたが傷口は塞がっており、痛みもまったく感じない。骨も折れていたはずだが完全に治癒している。
「っ、リュードさん……」
こんな奇跡を可能にするのは、祈祷師であるリュードしかいない。
夫の姿を探すと、すぐそばで横たわり休息していた。規則正しい呼吸が聞こえてくる。
「……ルティア、大丈夫?」
「えぇ、もう平気よ。怖いものを見せちゃったわね」
すり寄ってきたユウナギを抱きしめると、ルティアは小さな背中を落ちつかせるように何度も撫でた。
ユウナギの両親は魔獣に殺された。
そのせいで、辛い思い出がよみがえったに違いない。心の傷が癒えるには、まだまだ時間が必要だ。
(私も、そろそろ引退かしらね……)
己の力を過信していたわけではない。
それでも、昔の……魔王と対峙した時の自分であれば、あの程度の攻撃は躱せていたはずだ。
守りたいものがある今、年齢とともに失われつつあるものをルティアは惜しく思う。
(仕方のないことだわ)
ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音がして、目を凝らす。
そこに、ルティアを見つめる瞳があった。
一人は四十過ぎくらいの糸目の男。もう一人はルティアと同じくらいの歳の男か。見覚えがある。
彼らは魔獣と戦っていた男達だった。
夕暮れを前に、熾した焚き火を囲むように腰を降ろした二人は、目覚めたルティアのことを安堵の表情で見つめている。
「お加減はいかがですか?」
若いほうの男がルティアに向かって口を開いた。大陸共通語だが微妙に訛りが入っている。
「さっきは助かった。礼を言う」
続けて、もう一人の男のほうも感謝の言葉を口にした。
「たまたま通りかかっただけよ。困っている者を助けるのは、冒険者として当然のことよ」
ルティアは微笑んだ。
しかし、同時に違和感を覚える。
(この二人…… ——まったく隙がないわ)
こちらを警戒しているということか。
(どこからどう見たって、私達は善良な冒険者なのだけど)
警戒される理由に心当たりはない。
だとすれば、向こうに何かしらのワケがあるということか……。
ルティアは不審に思われないよう男達を観察する。
(見たところ普通の冒険者、もしくは旅人といったところかしら)
年季の入っていそうな外套に、武器は短剣や中剣、荷物は革袋がふたつだけ。身軽な旅人だ。
魔王がいなくなり、魔獣の数も減っている今、道楽として旅に出る者が増えていた。
ルティア達も冒険者であり旅人だ。ただ、旅をする理由は道楽ではなかったが。
(この二人、年齢は違うけれど、よく似ているわね)
それは頭に巻きつけたターバンのせいかもしれない。それに頭髪は剃り上げているのか、毛筋のひとつも見当たらなかった。珍しい容貌だといえる。
訛り口調といい、遠い異国の地からやってきたのかもしれない。犯罪者という可能性もある。
「……そういえば、自己紹介がまだだったわね」
ルティアは、己の名を口にする。
「私は、ルティア・ロードナイトよ。よろしくね」
男達の目が見開かれる。
「……ルティア・ロードナイト!? その名はっ」
「まさか、貴女が、魔王を討ちとったいう女剣士なのですか?」
そうよ、とルティアは頷く。
今や、ルティア・ロードナイトは有名人だ。
魔王を倒した女剣士の名は、幼い子供でも知っている。
「でも、私は一人で戦ったわけじゃないわ。仲間達がいてくれたから諦めずに戦えたの」
ルティアは眠っている夫に目を向ける。
「リュードさん……夫や、フレッドに、キーノス、冒険者の仲間達がいたから……」
つられるように、男達も名乗る。
若い男は、ガラ。
糸目のほうは、サハラと言った。
「我々は、マバナ皇国から各国を渡り歩いています」
「マバナ皇国……!」
ルティアは驚く。
それは、つい最近、関心を持った国だったからだ。
(ユウナギの故郷かもしれない国よね)
マバナ皇国に関する情報は少ない。あまりにも遠方の、文化も違いすぎる国だという。
ユタが教えてくれなかったら、気に留めることはなかっただろう。
「わざわざ遠いところから、どうして……」
「我々は、ある人物を探して旅をしているのですよ」
「ある、人物?」
「そうだ。生きていれば、ちょうど……その子供と同じくらいの歳のマバナ人を」
「!」
ガラと、サハラの視線がユウナギをとらえる。
「失礼ですが、そちらのお子は、ルティア様の」
「私の子供よ!」
嘘をついた。そうしなければいけない気がした。
目を丸くしたユウナギを胸に抱き寄せて、ルティアは耳元で「話をあわせて」と呟く。
「ユウナギは、私とリュードさんの子供なの。ほら、髪の毛はリュードさん似で、瞳の色は私にそっくりでしょ?」
「ええ、確かに」
「すまない。疑っているわけではなかったが、我々にはマバナ人に見えたのでな」
「……」
男達の瞳の奥に、獣のような光が見える。
その光が、ルティアの心に警鐘を鳴らす。
眠っていたリュードが、わずかに身動ぎをした。
(聞いていたわよね? リュードさん)
旅慣れた者は、気配や音に敏感だ。
眠っているように見えても、身を守るために、すぐに行動できるよう意識を巡らせている。
リュードは覚醒した。
不定期ですが、完結までじっくり書いていきたいと思っています。
お待ち頂いている読者様、本当に有難うございます!




