②戦いのあとに
倒れていたのは少年だった。
頭から血が出ているし、服はあちこち破けており、膝頭の擦りむいたあとも痛々しい。
血色を失った顔色で、ぐったりとしている。
魔獣から命からがら逃げ、ここで力尽きてしまったのだろう。
でもまだ息がある。
これなら助けられる。
偶然にも、ルティアとリュードが通りがかったことは幸運だった。
力を持たない者であれば、魔獣に襲われたらまず助からない。
(リュードさんがいてくれて良かった)
さっそく癒しの女神である【エイオス】の治癒の御業を施しているリュード。
それは祈祷師だけが成しえる奇跡だ。
リュードは幼い頃から「処女三神」と云われる三柱の女神を祀った神殿を住処に修業をして、祈祷師になった。
祈祷師とは、女神に認められた者のことだ。
女神は祈祷師の祈りにのみ応え、奇跡を起こす御業を授けてくれる。
孤児だったリュードは神殿に拾われた。
物心つく前から祈祷師になる修業に励んでいた。それ以外の道は選べなかった。
専門的な勉強もした。
人体の構造や、病気の原因と治療の仕方。医者のように薬の調合の仕方も習った。
ルティアも彼のおかげで何度も命を救われた。
出会ってから間もない頃。戦闘中に魔獣の毒に侵されたとき。
それから三日三晩続いた、魔王との戦いのときだ。
……もう五年以上も前の出来事になる。
最近ようやく懐かしく思えるようになってきた。
ルティアは魔王を倒したあと、一時的にリュードと離ればなれになった。
しかし彼への恋心を募らせ、再び会うために旅をした。
旅の果てに想いが通じ、こうして夫婦になれたことは今だに奇跡のようだと思ってしまう。
リュードの全てを愛しく思っている。
青みがかった黒い髪も、澄んだ銀色の瞳も、穏やかな声も、美しい顔だちも。人を慈しめる心根も、彼の纏う空気も全てが胸をしめつけるほど愛しい。
夫婦になってから三年経つが、日を増すごとに、愛情も積み重なってくようだった。
(ここはリュードさんに任せておいて大丈夫ね)
ルティアは抜き身の剣をそのままに、ひとり街道を進み始めた。
確認しなければいけないことがある。
気配は感じないが、他に魔獣がいないかどうか。
それに……
(こんな旅人しか通らない山奥の街道に、子供がひとりで居るはずがないもの)
家族か……もしくは仲間が近くにいる可能性があった。
辺りに警戒しながら進んでいくと、街道の先に横倒しになっている馬車を見つけた。
「……っ!!」
ルティアは小走りで駆け寄る。
馬車の近く。二人の中年の男女がそれぞれ離れた場所に倒れていた。
男のほうは剣を。女のほうは弓を手にしたまま、事切れていた。
(……間に合わなかった)
ルティアは唇を噛んだ。
おそらくこの二人は、さきほど倒れていた少年の両親だろう。
肌や、髪の色が同じだった。
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