④人助け
ガーリア帝国に向けての旅をはじめて、ひと月が経とうとしていた。
二度の山越えと、荒涼とした大地を突き進み、今は狭い一本道だけが伸びた森のなかを歩いていた。ここを抜ければガーリア帝国領内だ。あと三日ほどかかるだろうが。
「ここらへんで、そろそろ休憩にしましょうか」
黙々と足を進めていたが、ルティアの一言で歩みを止める。
朝から歩きとおしているから、疲労がでてきた頃合いだった。
(さすがに、森の中は冷えるわね……)
鬱蒼と生い茂る木々が太陽の光を遮っているおかげで、昼間だというのに空気が冷えている。
もうじきこの辺りでも雪が降りそうだ。
日ごとに、野宿をしていても肉体に負担を感じるようになった。
歩いているうちはまだ良い。
休憩のために腰をおろせば、たちまち汗が冷えて体温を奪っていく。
「身体が温まる薬湯を淹れましょう。疲労回復にもちょうど良いですし」
「ぼくも手伝う!」
リュードが荷袋から火おこしの道具をとりだし、その隣ではユウナギが薬草を準備している。その連携は息がぴったり合っている。
(薬湯……美味しいとは言えないけど、疲れにはよく効くのよね)
このところ野宿続きで、旅慣れているルティアですら疲労が溜まっていた。
ガーリア帝国領内に入ればすぐに街がある。それまでの辛抱だ。
薬湯を飲むと、血の巡りが良くなり、身体の芯が徐々に温まっていく。
ゆっくりする間もなく、三人はふたたび旅路を進む。
しかし、幾ばくも歩かないうちに足を止めた。
「誰か……戦っている!」
一本道の先で、二人の男が魔獣と応戦していた。
剣戟と、馬の嘶きが空気を揺らして伝わってくる。
ルティアの行動は早い。
「リュードさんは、ユウナギを頼むわねっ!」
「気をつけてください」
「わかってるわ!」
ルティアは愛剣を引き抜き、走った。
(魔獣は一体。けど……大きいわね)
人の身体の二倍はありそうだ。蜘蛛をそのまま巨大化したような、黒い胴体からいくつもの腕がはえている。
背筋がざわつく。
恐れているのではない。
どちらかといえば、久々の手ごたえがありそうな獲物を前に、神経が昂ぶっていた。
「助太刀するわ! 離れていて!」
ルティアは、魔獣と対峙している二人の男に向かって叫ぶ。
男達は手負いでは無さそうだが、剣の刀身は折れ、戦いを続けるのは困難な状態だ。
(ということは、この魔獣は簡単に剣では斬れない!)
黒光りする魔獣の胴体は、硬い甲羅のようなもので覆われている。無闇に刃を立てようものなら、剣身のほうがタダでは済まないだろう。とくにルティアの剣は女でも扱いやすくするため細い。両刃で「突く」攻撃に適しているが、この魔獣には刃が立たないだろう。
「尻尾だ! 魔獣の尻尾を狙え!」
「そこに魔核があります!」
素早く後退した男達が魔獣の弱点を教えてくれる。
(それさえ分かれば、こっちのものよ!)
ルティアは距離をとり、手首に巻きつけてある革ベルトから小型の刃を取り出す。手投剣だ。躊躇うことなく三つの刃を魔獣目掛けて放つ。
鎧のような硬い胴体に二つの刃は弾かれたものの、残りの一つはバラバラと動く手足の関節部分に突き刺さった。
ギイィィィ……
魔獣が呻く。
その間もルティアが止まることはない。間合いを一気に詰め、下方で構えた剣を振り上げる。
押し返されるような重みが両手に伝わってくるが、それでも負けずに振り切る。
ボタリと、魔獣の手足が地面に転がった。
(このまま、尻尾を——!)
ルティアは素早く魔獣の背後に回りむ。
狙いは尻尾だ。
(あった、魔核!)
丸太のように太く、蠍のように反りかえった尻尾の先端に赤黒く光る魔核が見えた。これさえ切り離せば魔獣は虫の息になるだろう。
しかし剣を構えた瞬間、尻尾が鞭のようにしなりルティアを弾き飛ばす。
「——っぐ!」
宙に投げ出されてもなお勢いは止まらず、ルティアの身体は後方にあった木の幹に激突し、落下する。
胸が潰れてしまったかと思った。
けれど開いた口から、浅くだが空気が肺をみたしていくのが分かる。
(大丈夫。まだ戦える!)
頭は冴えていた。
骨は何本か折れているかもしれない。
全身に痛みはあるが、右手にはしっかり剣を握っていた。足も動く。
「——ルティア、ルティア!!」
遠くから、切迫したリュードの声が聞こえる。
(あ……怒らせちゃったかしら)
ルティアが苦笑いを零すと同時に、辺りは真っ白な閃光に包まれた。
槍をかたどった光が魔獣の胴を貫く。
これはリュード……祈祷師の御業だ。悪しきものを浄化する、女神の力——。
動けなくなった魔獣の尻尾を、今度こそルティアは斬り落とす。
魔獣は絶命した。
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