③朝の日課
ルティア語り。
今朝は、この秋一番の冷え込みだった。
初霜もおりた。
太陽が地平にのぼる時刻も、先月にくらべ遅くなったし、くわえて、今いるのは山頂に近い場所で、下界よりも早く季節が進んでいる。
旅路を急ぐことにして正解だったと、ルティアは思う。野宿をするのが段々と厳しい季節になってきたからだ。
「おはようございます、ルティア」
「おはよう、リュードさん」
横たえていた身体を起こすと、隣で寝ていたリュードが目を開けた。どうやら腕のなかにユウナギを抱えて寝ていたらしい。
リュードの胸に顔を擦り付けるようにして、ユウナギは穏やかな寝息を立てている。旅慣れているとはいえ、一日中歩けば疲労も溜まる。こうして休める時に休んでおいたほうが良いだろう。今日も夕方まで歩き通しになるだろうから。
「リュードさんはまだ寝ていて。ユウナギが起きちゃうから」
小声でそう言うと、ルティアは剣を手にして立ち上がる。吐いた息は白い靄となって空へ消えた。
毎朝の鍛錬を欠かすことはない。
ルティアは剣ひとつで身を立ててきた冒険者だ。
剣士であること。
それが自分の存在価値であると信じて疑わない。剣士であり冒険者であることが、己の宿命であると。
だからこそ魔王との戦いという死線に立つことになったのだと思う。
ルティアは己の宿命に感謝していた。大切な仲間や、愛するリュードに会えたからだ。
そして今、剣士として新たな運命とめぐり逢った。
——ユウナギだ。
謎の多き少年、ユウナギのことをルティアとリュードは人任せにせず、自らの手で守ると決めた。
(人生で、一番の大仕事だわ)
ユウナギの両親は我が子を守るため、命を落とすことを厭わなかった。
その意志を継ぐわけではないが、ルティアも己のすべてを賭けても良いと思っている。それはリュードも同じだ。
死線をくぐり、想いを交わした夫婦は、お互いに何かあったときでも、ユウナギのことを第一優先にすると誓いを立てた。
そうでなくても、ルティアは目の前の人が困っていたら、打算なく手を差し伸べる性格なのだが。
「ルティアーー!」
剣を振るうルティアのもとに、寝起きのユウナギが駆けてくる。その背後では、リュードが朝食の支度をはじめていた。
(ちょっと動き足りないけど、ここまでにしましょうか)
リュードと二人の時には有り得なかったことだ。
確かに今、ルティアは母性というものを感じている。ユウナギを構わずにはいられない。自分よりも、ますば「子」だ。
目覚めたばかりの少年は、どうやら今日も元気いっぱいのようだ。
剣を鞘に収めるとユウナギを抱き上げる。
「さあ、ちょっと寒いと思うけれど、起きたなら顔を洗いにいくわよ」
近くにある小川に連れて行くと、顔と、寝癖のついた髪と頭もまとめて洗う。
旅をしていると湯浴みはできない。ルティアはターバンを水で濡らし、固く絞ったあとにユウナギの身体を丁寧に拭く。
その後、もうひとつ乾いたターバンを取り出し、小さな頭を包んで水気を取り除く。
さり気なく、背後からユウナギの首の付け根を見ると、そこには刺青があった。
(ユタの言ってたとおりね)
マバナ皇国生まれの子は、生後三日目に洗礼を受け、三日月の刺青を入れるという。
特殊な風習だが、女神信仰が厚い証拠ともいえる。
冒険者として旅を続けていたルティアは、さまざまな国の者と会う機会があったものの、マバナ皇国の者に知り合いはいなかった。ただ、閉鎖的な国で、冒険者も少ないと聞いたことがある。魔獣も多い土地のため、冒険者として外へ出るよりも自国の防衛で手一杯なのだとか。
「……ユウナギは、これまでずっと旅をしてきたのよね?」
「そーだよー」
「マバナ皇国に行ったことはある?」
「んー……、ないっ! 行ってみたい!」
「行ってみたいの?」
「知らないとこ行くの好きだから」
「まあ、そうよね」
深い意味はない。純粋な好奇心なのだ。
だが……と、ルティアの心は、かすかに騒ついた。
——予感がするのだ。
自分がユウナギという新たな運命に出会ったように、ユウナギもまた大きな運命の流れに放り出されているのではないか。家族を失い、ひとりで放浪をしようとしていた少年の未来は平穏とは程遠いものだろう。
だがユウナギの人生と、ルティアの人生は交錯した。
ルティアは知っている。
「出会い」こそ、救いなのだと。そうでなければルティアは此処には存在していないからだ。
(この命、私はこの子のために使うわ)
剣士として。親代わりとして。
ユウナギの未来を切り拓く者になろう。
お読み頂き有難うございます。
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