⑦友人との再会
いつか、また会いたいと思っていた。
だが、自分もユタもひとつの場所に留まらない生き方をしている。だから、もう一生会うことも無いだろうと、心のなかで相手の幸せと無事を祈るだけしかできなかった。
(ああ、奇跡だわ……)
「まさか、こんなところで会えるなんて」
「オレも吃驚した。治療を手伝うってやってきたのがリュードで。……結婚したんだってな。良かったなルティア」
「ありがとうユタ。あの時、一緒に旅をしてくれたみんなのお陰よ。そういえばコウジュさんは? 一緒じゃないの?」
コウジュというのは、ユタと共に旅をしていた守護救命団のひとりで、ルティアの両親を知る男。そしてユタの育ての親でもある。
「コウジュとは別行動中。数ヶ月前に、ガーリア帝国の南側の国境付近が熱波に襲われた。被害が大きくて、守護救命団の召集がかかったんだ。コウジュはそっちに行って活動してる」
「そうだったのね……。大変でしょうね」
「ああ、でもそれがオレ達の生き方だから。コウジュもあっちで踏ん張ってるだろうし、オレももう一人前だから、ちゃんと頑張らないと……っ」
そう言って立ち上がったユタの身体が傾ぐ。咄嗟にルティアがその肩を支えた。
「ユタ! 大丈夫!?」
ひどい顔色だ。おそらく休まずに怪我人の治療を続けていたに違いない。疲労の色が強い。
「少し休んだほうがいいわ。私も手伝うから」
「ええ。ここは任せてください」
ルティアとリュードが休息を促すが、ユタは首を振る。
「時間がないんだ。足りない薬草を今から掻き集めて、冬のぶんの薬をつくっとかないと。オレここに長居できないし、次の村にも行かないといけないし」
「なら、余計に休んだほうがいいわ。薬草だったら、」
「——薬草ならオレがとってくるよ!」
幼い声が響いた。
ルティアの背中から、ひょこりと姿を見せたのはユウナギだ。
「えっ……と? この、ちっこいのは?」
「名前はユウナギ。今、私達と一緒に旅をしてるのよ」
「へぇ?」
物言いたげな顔をしているが、ユタはそれ以上何も聞かなかった。それぞれに事情があることを知っているからだ。ユタ自身も、身寄りがなくコウジュに拾われた身の上だ。
「薬草なら、オレもとってこれるよ!」
ユウナギが元気いっぱいに言った。
治療を続けながら会話を聞いていたリュードの口元に、微笑が浮かぶ。
「おまえ、薬草の種類とか分かんのか?」
「うん。リュードに教えてもらった!」
「なるほどな」
「そうね。ユウナギは今、祈祷師様の弟子見習いみたいなものだし」
「弟子見習い……」
まだ正式にはリュードの弟子にはなっていない。だが本人は前向きのようだ。
「そういう事だから、ユタはちゃんと休んでいて。薬草は私とユウナギで採ってくるわ」
「オレ、ひとりでも平気だよ?」
「駄目よ。魔獣が出るかもしれないのよ」
それに、誰かに狙われているかもしれないユウナギを一人にはできない。必ず護ると、リュードと一緒に決めたのだ。
「ルティア、気を付けて。ユウナギはルティアの言うことをちゃんと聞くんですよ」
リュードの忠告に、ユウナギは深く頷いた。
幸い、こういう小さな村は、山林に囲まれていることが多い。そう遠くに行かずとも薬草を採ることは出来るだろう。
(だけど、季節が悪いわね……)
夏が終わり、秋の始まり。
夜は冷えることも増えた。植物達が休息する時期でもある。
ユタの焦りも分かる。
冬になる前に、医者のいない村や集落を周り、病人や怪我人の治療と、困らないだけの薬を備蓄しなければいけない。薬草が足りなくなったのは火事の怪我人のために使ったからだ。そのせいで冬の備蓄ができないでいる。
さらに夏であれば、薬草はそこらじゅうに自生しているが、この季節になると豊かではなくなる。
寒さは日を追うごとに増していくため、流暢にしている暇はなかった。
「あっ、見つけた!」
さっそくユウナギが必要な薬草を見つけたようだ。嬉しそうに駆けていくから、ルティアもその後を追う。
「そんな木の影にあるのを、よく見つけたわね。私なら見逃してたわ」
ルティアは感心する。やっぱり子供のほうが目線が大地に近いからだろうか、と思う。
ユウナギは楽しそうだ。心に哀しみを背負いながらも、目の前のことに一生懸命な姿は、どこか必死にも見えた。
「あっ、あっちにたくさん生えてる!」
「ユウナギ! 止まりなさい!」
剣の柄を握り、ルティアは一喝する。
危険が近付いていると己の勘が告げている。
ピタリと、ユウナギは動きを止めた。
「いい子ね。そのまま動かないで……」
「う、うん」
いつの間にか、辺りは静寂に包まれていた。
風の声は聞こえても、鳥の囀りや、虫達の息遣いは聞こえない。
こういう時は、だいたい魔獣が近くにいるのだ。
ルティアは剣を引き抜く。
戦うことは息をするのと同じくらい自然なことで、恐れなど無かった。
だが「護ること」は違う。
(リュードさん、私、上手くできるかしら)
少し前、リュードと交わした言葉を思い出す。
『——ルティア、これから魔獣が出たとき、できれば直ぐに攻撃せずに様子を見てもらえませんか?』
様子見など、今まで殆どしたことはない。
遭遇したら攻撃される前に剣を振るい、息の根を止める。
それがルティアの戦い方だった。
リュードには何かを考えている。
そして、ルティアならば「大丈夫」と信頼してくれている。
剣を構えたまま、じっと待つ。
カサリと、草の根をわける音がした。
「あっ……うさぎだ。かわいい」
「いいえ、あれは魔獣よ」
確かに小さくて二つの長い耳はうさぎのようだった。
しかし真っ黒な体毛は硬い鱗状、瞳は濁った血の色をしている。間違いなく魔獣だ。
警戒しながらもルティアは安堵していた。
(これくらい小さな魔獣なら、たとえ毒霧を吐かれても、この身を盾にすれば護れるわ)
だから少し冷静になれた。
剣を構えたまま、ルティアは見守る。
そこで奇妙な光景を目にする。
二、三歩、とび跳ねて近付いてきた魔獣は、ユウナギを見た。
ユウナギも、じっと魔獣を見つめていた。
まるで会話をするかのように視線を交わしていたのは、ほんの数秒だったはずだ。
(こんな事って……)
魔獣から殺気が感じられない。
これまで戦ってきた魔獣は、どんなに見た目が小さくて弱そうでも牙を剥いてくる。
こんな風に大人しくしている魔獣は見たこともない。
(一体、何が起こって……)
ユウナギは薬草を握りしめたまま、見上げてくる魔獣に目を向けている。怖がっている様子はない。
「ユウナギ、ゆっくり、こっちへ来なさい」
ルティアが一歩踏み出す。
すると魔獣は背をむけ、飛び跳ねて、草むらの奥へ消えていく。
「ま、待って——!」
「追いかけてはだめよ! ユウナギ!」
走り出したユウナギをルティアは追いかける。
その先に魔獣の姿は見当たらない。
ただ探していた薬草の群生が広がっているだけだった。
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次回から第二章がはじまります。




