①女剣士と祈祷師
連載スタートします。
しばらくは、1話を短く、不定期更新ですが、
是非宜しくお願い致します!
淀みなく流れる空気のなかに、微かに血の臭いが混じる。
朝露で湿った枯れ葉がおり重なる街道を進んでいた女剣士のルティアと、祈祷師を生業にしている成年の男、リュードは同時に足を止める。
二人は夫婦であり旅人でもあった。そして幾多の戦線を経験してきた戦士でもある。
それ故に血の臭いには敏感だ。
人の血の臭いもするが、魔獣の血の臭いもする……。
おそらく、近くで戦いがあったのだろう。
魔獣と戦える者といえば冒険者だ。戦う力をもたない一般人は魔獣と遭遇したら命懸けで逃げるのが常識だ。
両者の血の臭いがするということは、無傷では済まない激しい戦いがあったに違いない。
(……血の臭いはまだ新しいわね)
ルティアは首にかけていた蒼色に染めのかかったターバンを頭に巻く。
予感がした。
戦いが始まる予感だ。
十五歳で冒険者になったルティアは、時を経て、二十三になった今でも戦いを続けている。
収穫前の麦の穂にも似た金茶色の髪に、紅玉を焦がしたような真っ赤な瞳。無駄なく引き締まった腰は細く、そこからすらりと伸びた脚線。剣を提げていなければ、誰も彼女が剣士だとは思うまい。
『ルティア・ロードナイト』
これが彼女の名。
五年ほど前に、魔王と戦い、勝利をもたらした女剣士の名でもある。よっぽど田舎に住んでいる者でない限り、"女剣士のルティア"は英雄として広く世間に知れ渡っている。
ルティアは魔王を倒し、数奇な巡り合わせのもと、一国の王妃の侍衛をしていたこともある。
しかしルティアは愛するリュードと旅に出る道を選んだ。
魔王という脅威が去っても、魔獣が消えたわけではない。
ルティアは戦いを続けている。
日々の鍛錬と実戦で剣の腕を磨き、魔王と戦ったあの頃よりも数段強くなっている。
当然、戦士としての勘も鈍っていない。
血の臭いにも敏感だが、気の乱れにも敏感だ。
肌の表面に伝わる、ざらりとした振動。
ルティアは愛剣を抜き放ち、迷いなく爪先でやわらかな大地を蹴った。
同時にリュードも動く。
彼もまた祈祷師であるが戦いの経験は豊富だ。
加護を戴く女神の一柱、守護の女神「アルーミス」に力を請う祈りを唱えると、両腕を前後に開く。
それは弓を射るのと同じ姿勢だった。
何もない空間から光がうまれ、リュードの手に凝集されていく。光は矢のかたちをとった。
ヒュッ……。
リュードが光の矢を放つ。
矢は軽やかに大地を蹴るルティアの傍を通り過ぎ、街道をはさむように生い茂る木々の間に飛んでいく。
木々の葉が擦れる音。
そこから姿を現したのは魔獣だ。
光の矢が魔獣の額に突き刺さる。不意の攻撃に魔獣が後ろに仰反る。けれど、これで終わりではなかった。
ルティアが剣を振りかぶる。
彼女の剣は中剣だ。女性が扱いやすいように軽くて両刃になっている。両刃の剣は、突いたり、刃を押し当てて引く攻撃に適している。
魔獣のがらりと空いた隙だらけの胴体に、ルティアは剣を真横に薙いだ一撃を与える。体重をかけたことで、刃は深々と魔獣の内臓にまで及んだ。
剣を引き抜くと同時に魔獣はどさりと倒れた。
絶命している。
断末の声を上げる間もなかった。
リュードが放った光の矢の残滓が魔獣の肉体を溶かしていく。
いつもであれば、このまま旅路を進めるところだが、今日は違った。
「誰かいるわね」
「子供です。……まだ生きてる!」
魔獣が出てきた木々の間に子供の姿を見つけて、リュードは駆けだす。
お読み頂き有難うございました!
ルティアとリュードのこれまでを詳しく知りたい方は、
「私の愛する祈祷師さまへ。〜魔王ないなくなった世界で女剣士はもう一度旅に出る〜」
に書かれております。お暇なときどうぞ。