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異世界人事部転生  作者: とらじ
9/10

なぜ高齢者は異世界転生しないのか?(その四)

 5分後。


「ごめんごめん。待たせちゃったね」


 戦略的撤退から戦線に復帰した僕は、笑顔で着席した。


 ふふふ……。我に秘策あり。


「職場の上司って、もしかして、地球の管理者をしている人ですか?」


「そうそう。休日まで仕事の電話とか、参っちゃうよ」


「それだけ、先輩が頼りにされているってことですよ。……私だって頼りにしてますもん」


 えへへ、と。


 照れくさそうに頬を掻くその仕草、いとおかし。


 くっそ。こいつ、ちょいちょいこっちの庇護欲をかき立てる仕草をぶっこんでくるな!?


 おかげで見捨てることができない!


 転生者のことは老若男女を問わずボロクソに言うくせによお!


 僕はコーラを一口飲んで喉を潤すと、気を引き締めて反転攻勢に出た。


「ところで、サキちゃん。一般的な質問をするけど、もし、記憶喪失の人が異世界転生したら、どうなると思う?」


「え? 記憶喪失ですか?」


「そう。転生した瞬間、失われた記憶は元に戻ると思う?」


「そうですね……」


 僕の質問に、後輩は考えるような仕草を取ったものの、すぐに首を横に振った。


「記憶に関する特別なギフトを与えられない限り、元には戻らないと思います。勿論、何かの拍子に思い出すことはあるでしょうけど、それがいつになるかは分からないし、必ず記憶が戻るという保証もないはずです」


「そうだね」


 予想どおりの模範解答に、僕は満足して頷く。


 異世界転生では、原則として前世の記憶を引き継ぐが、それはあくまで現状維持だ。転生者本人が忘れている記憶が、転生した瞬間に甦るわけではない。


「それじゃあ、記憶喪失の人は転生者として相応しいと思う?」


「いえ、相応しくないと思います」


「理由は?」


「そのような人は、記憶の引き継ぎという転生のメリットを活かすことができないからです」


 そうそう。そのとおり。


 後輩のような優等生との言葉のキャッチボールは、こちらに台本がある場合に限って、実は簡単だ。高確率で模範回答が返ってくるため、筋書きのとおりに話を進めやすいのだ。


 滞りなく反撃の下準備を終えた僕は、いざ後輩の理論武装を解除すべく、ロジックの隙間に手を掛けた。


「それじゃあ、認知症を発症している高齢者はどう? 転生者として相応しいと思う?」


「――――あ」


 後輩の表情が強張った。一瞬で、自分の理論の綻びに気が付いたらしい。


「君はさっき、高齢者がお金や健康に執着するのは、認知症の初期症状だと言ったよね?」


「……はい」


「高齢者が認知症を発症する割合は、どれくらいだと思う?」


 ざっくりとした統計によると、八十歳以上では四、五人に一人の割合。九十歳以上では実に半分以上の高齢者が認知症にかかるらしい。


「つまり、人生経験豊富な高齢者を異世界転生させようとしても、その人たちは結構な確率で認知症を発症していることになるんだよ!」


 どーん!


「もし、生まれたばかりの赤ちゃんが、いきなり「婆さん、飯はまだかい?」と喋り出したら、どうなると思う? 想像するだけで地獄絵図だよね?」


「わ、私、気がつきませんでした……」


 後輩はあからさまにショックを受けた様子で、俯いている。


(勝ったな……)


 これこそが、最後の手段の成果。


 僕は離席している間、自分を彼女のお目付け役に指名した上司に電話をかけ、助言を請うていたのだ。よくもこんな面倒なことに巻き込んでくれたな、投げっぱなしは許さん、あんたも知恵を貸せ、と。無礼を承知でまくし立てたところ、上司は快くアドバイスをくれた。


 曰く、がちがちに理論武装している相手と正面から殴り合うのは、得策ではない。


 そういう時は、相手の主張の一部を認めて、それを逆手に取る――――つまり、理論の鎧を砕くのではなく、脱がせるのだと。


 脱がせた鎧の内側には、熟した桃の果肉のような、脆くて柔らかい弱点があるから、と。


 なぜ、上司がエロい言い回しで助言をしたのかは分からないが、効果は絶大だった。


(――――でも、僕は彼女を論破して、落ち込ませたいわけじゃない)


 後輩だって、打ちのめされたくて僕に相談したのではないはずだ。


 彼女はただ納得したいだけ。


 そして、僕にはそれが――――目の前の後輩を心の底から納得させることができるはずだ。


(なぜなら、前回の相談で、僕は彼女の心の深層に触れている。彼女の価値観の中心に居座る絶対に揺るがない事実――――)


 それは、転生者にはクズが多いということ。


(こうなったら、発想の逆転だ。認知症のリスクが高いから高齢者を転生させないという消極的な理由ではなく、何か積極的な理由があれば……。高齢者よりも若いクズを転生させた方が合理的だという、もっともらしい理由が………………はっ!)


 その時、僕の脳裏に天啓のように閃くアイデアがあった。


 これだ。もう、これしかない。


 僕は起死回生のフォローをすべく、後輩に向き直った。


     *


「サキちゃん。君は最初に、高齢者をさっさと転生させた方が、家族の負担も社会の負担も減るから合理的だと言ったよね」


「は、はい……」


 僕が話しかけると、後輩の肩がびくっと震えた。


 理論武装が崩れて、守りの薄くなった今の後輩はとても打たれ弱い状態だ。


 もしかして、僕に怒られると思っているのだろうか。


 違うよ。僕はそんなことはしない。


「でも、こうは考えられないかな?」


 僕は泣きそうになっている子供を宥めるように、優しく微笑んだ。


「八十歳で天寿をまっとうする高齢者を七十五歳で転生させるよりも、八十歳で天寿をまっとうするゴミ屑を二十歳で転生させる方が、家族の負担も、社会の負担も、比較にならないほど減ると」


「っ!」


 その瞬間、後輩の瞳に強い光が戻った。


「た、たしかにそのとおりです……。ゴミ屑ニートには、自立という概念が存在しないから、そもそも高齢になるまで生かしておく理由がありません!」


「言い過ぎじゃない?」


 なぜ、最初からトップスピードで走れるのか。


 というか「生かしておく」って何だよ。処刑人かよ。


 もう少し、せめて徐々にヒートアップしてくれなければ、会話をしているこっちが置いてきぼりになってしまう。


「ゴミ屑ニートが長生きしたところで、どうせ親が死ぬまで脛を齧り続け、親が死んだら遺産を食い潰し、遺産がなくなったら生活保護で食いつなぐに決まっています!」


「そこまで真正のクズは滅多にいないけどね」


 絶対にいないとは言い切れないのが、現実の恐ろしいところだ。


「私、先輩のおかげで気づけました。ゴミ屑ニートの人生は、生まれた瞬間からアディショナルタイムみたいなものなんだって!」


「違う違う。生まれた瞬間は、皆、赤ちゃんだから。ニートじゃないから」


「何十年もかけて見るに堪えない人生の負け試合を演じさせるくらいなら、いっそ転生させてあげる方が慈悲深いことなんだって」


「聞いてないね」


 僕は諦めて、後輩の気が済むまで、好きに喋らせてあげることにした。


(毒を全部吐き出したら、心のピュアな後輩にならないかなぁ……)


 そんなことを切に願いながら。

評価、ブックマーク、感想などをいただけると嬉しいです。

別作品の「進化の魔王と覚醒の覇王。」もよろしくお願いします。

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