なぜ高齢者は異世界転生しないのか?(その一)
不定期連載ですが、よろしくお願いします。
新連載の「進化の魔王と覚醒の覇王。」もよろしくお願いします。
二人分のジャンクフードを乗せたトレイを手に二階席に上がると、先に移動していた相手は窓際の良い席をしっかりと確保していた。
目と目が合ったので、軽く手を上げて対面の席に腰かける。
「先輩。今日は映画に誘っていただいて、ありがとうございました。しかも、お金まで出していただいて……」
「いいよいいよ」
申し訳なさそうに頭を下げた後輩の女の子に、僕は営業スマイルで微笑みかけた。
内心では話題のアニメを観たかったのに、カッコをつけて興味のないアクション映画を見る羽目になってしまったと悔やんでいるが、おくびにも出さない。
「この前、約束したからね。映画のついでに相談に乗るくらい、先輩として当然のことだよ」
実際、上司からも引き続き相談に乗ってあげるように指示されているので、これも半分仕事のようなものだ。
だが、今回のデート代は経費では落ちない。そりゃそうだ。
「それにしても、映画、面白かったねえ」
「はい! 最後の爆発シーンには圧倒されました」
「五分に一回は、何かしら爆発していたよね」
「それなのに、爆弾は爆発しないという……。オチが秀逸でしたね」
しばらくは、普通のデートと同じように、観てきた映画の話題に花を咲かせる。
楽しいなぁ。
思えば、天使に転生してからというもの、仕事、仕事、ネット、ゲーム、漫画、アニメの毎日で、潤いとは無縁の生活を送っていたような気がする。
たまにはこういう休日の使い方も良いものだなあ。
「――――で、先輩。電話で伝えた相談の件なんですけど」
「あ、はい」
唐突に本題を切り出されて、僕は冷や水をかけられたように背筋をすっと伸ばした。
どうやら、楽しい時間は終わりを告げたようだ。
これから僕は、新人の中でも特にやばい思想の持ち主だと評判の鈴木サキエル――――通称サキちゃんからの相談に乗らなければならない。
何がやばいって、目の前の後輩は正義感と感性が尖り過ぎているため、組織批判や体制批判だと受け取られかねない発言をガンガン口にするのだ。
階級がすべてと言っても過言ではない天使の社会において、自分が所属する組織の在り方に疑問を抱くなど、あってはならないことだ。
最悪の場合、査問にかけられてからの、異動、減俸、懲戒解雇の理不尽なトリプルコンポによって、後輩は天使の資格を剥奪されてしまうだろう。
新人は天使としての階級が一番下なので、降格処分を間に挟むことなく、いきなりクビになってしまうのだ。
だから、先輩である僕は、後輩の話にただ相槌を打つだけではなく、その思想がより危険な方向に流れて行かないように、さりげなく軌道修正をしなければならない。
前回の相談でたまたまそれに成功した僕は、上司からお目付け役的なポジションを任されてしまったのだ。貧乏くじである。
「それじゃあ、サキちゃん。電話で言っていた相談というのは何かな?」
僕も天使の階級は一番下だから大したアドバイスはできないけどね、と。
さりげなく巻き添えは御免だぞというアピールを付け足して、僕は話を聞く体勢に入った。
*
僕の名前は山田タロエル。
三千世界を統括する「世界管理機構」所属の一介天使だ。
僕たち天使の多くは、人間だった頃に選ばれて、天上世界に転生する。
そこでざっくりとした説明を聞かされて、天使としての仕事に就くことになるのだが……。
当然のことながら、混乱する者は多い。
だって、そうだろう?
転生したと思ったら、今度は転生させる側の仕事に就くことになるのだから。
僕たちはこの現象を、皮肉を込めてこう呼んでいる。
異世界、人事部転生と。
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