なぜ高齢者は異世界転生しないのか?(完)
「それじゃあ、異世界転生の候補者リストに若者が多い理由については納得できたかな?」
「はい! 世界管理機構が、将来性のまったく無い若者の人生に、強制的なリセットをかける意図をもって転生候補者をリストアップしていたなんて、私、先輩に指摘されるまで気がつきませんでした」
後輩は溜まっていた仕事がすべて片付いたような、清々しい表情で頷いた。
「てっきり、輪廻転生を管轄する部署が、異世界転生部に対する嫌がらせで高齢者を独占しているのだとばかり思っていたんです」
「まさかー。同じ組織に所属する言わば味方同士なのに、そんなお互いの足を引っ張るような醜い縄張り争いをするはずがないじゃないかー」
「そうですよね。私、自分が恥ずかしいです……」
後輩は心から反省した様子で、ご迷惑をおかけしましたと、僕に頭を下げた。
(素直で、可愛くて、エロくて、良い子なんだけどな……)
残念なことに、転生者に対する憎しみが強すぎる。
転生者に家族を殺されたのかな? と。縁起でもないことを考えてしまうほどだ。
……一度、理由を訊いてみた方がよいのだろうか?
(でも、そこに足を踏み入れたら、この泥沼から二度と抜けだせなくなるような気がする)
危ない危ない。君子危うきになんとやらだ。
「あ、もう良い時間だね。そろそろ帰ろ――――
「先輩っ!」
空になったトレイを持って、逃げるように立ち上がった僕を、後輩は慌てて呼び止めた。
(う……)
何かを企んでいるような悪戯っぽい熱視線が、僕に注がれている。
「今日は本当にありがとうございました。それで、その、お礼がしたいんですけど……。先輩、この後、お時間いただけませんか? 二時間くらい」
「な……」
僕はズガンと、脳天に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
(なん……だと……?)
お礼がしたい?
二時間くらい?
それは、つまり……。ご休憩的な?
「勿論、大丈夫だとも」
「ありがとうございます!」
後輩は太陽のような眩しい笑顔で、僕の上着の袖を掴んだ。
「それじゃあ、早く行きましょう!」
「ず、随分と積極的だね。そんなに急がなくても……」
「急がないと始まっちゃいますよ」
「ん?」
ここで、僕は自分が大きな勘違いをしていることに気が付いた。それも、この先、一週間は悶え苦しむレベルの。
「先輩、本当はアニメを観たかったんですよね?」
「え?」
「目線で分かりましたよ。私に合わせてくれたんだって。だから、今度は先輩の観たかった映画を一緒に観ましょう? 勿論、私の奢りです」
お礼ですから、にひひ、と。
天真爛漫に微笑む後輩を見て、僕はピンク色の妄想に耽っていた薄汚い自分を、心の底から嫌悪した。
馬鹿! 馬鹿! 僕の馬鹿!
何が二時間だ! 何がご休憩だ!
周辺、ホテル、道具、オプションの検索履歴を今すぐ消せ!
僕のような下衆な輩は、死んでしまえばいいんだ!
「ごめん……」
「え? どうしたんですか?」
「いや……。なんだか、ろくでもない自分が恥ずかしくなってさ」
「何を言ってるんですか」
大丈夫です、と。
後輩はまるで本物の女神のような慈愛に満ちた笑顔で、僕を慰めてくれた。
「私、そういう趣味には理解がありますから」
「え?」
「女の子が変身するんですよね? 先輩が観たかった劇場版ってやつ」
「……」
この日、僕は新しい発見をした。
それは、絶望には底が無いということだ。どん底にいると思っていても、そこから更に深く落ちることができる。絶望の深さは無限なのだ。
(観たかった話題のアニメ、魔法少女ものじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!)
こうして、僕はたっぷり二時間をかけて、付き合ってもいない職場の後輩(女子)と一緒に魔法少女もののアニメを観るという、この世の地獄を味わったのである。
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別作品の「進化の魔王と覚醒の覇王。」もよろしくお願いします。