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推理小説

賭博珈琲 ~詐欺師vs賭博師~

作者: オリンポス

麻生セツさんに美麗イラストを描いて頂きました!


このような貴重な機会が得られたことに感謝をして、

これからより一層みんなに楽しんでもらえるような小説を作っていきたいと思います!\(^o^)/

-menu-


~賭博珈琲の説明~

・この博奕は一対一の三本勝負である。

・勝敗に関係なく、最低でも三回はギャンブルを行う。

・レートは毎ターン上げるものとし、下げることは出来ない。

・お金はワンゲームごとの決済となる。負けた人は勝った人に負債額を献金すること。

・ゲームが正式に履行された場合は、不遡及となる。


~賭博珈琲のルール~

・二つの高級マグカップに粗挽き珈琲が用意され、挑戦者はそれを選ぶことが出来る。残った珈琲は賭博師が飲む。ただし、どちらか一方の珈琲には大量のタバスコが入っている。その珈琲を選んだ方が負け。


-story-


「もう、おかしいだろ!」


 私は勢いよくウォッカを呷った。もう何杯目になるかわからない。

 バーカウンターにグラスを置いて、バーテンダーに愚痴を聞いてもらう。


「だから、ウチみたいな零細企業は、どこかで博奕を打つ必要があったんだよ。こうでもしなければ、いずれ倒産することは目に見えていたんだから。なのに会社から横領して得た、虎の子の軍資金まですってしまった私はどうすればいいんだよ。これじゃあまるで犯罪者じゃないか」


 度数の高い酒に沈められた氷の球体は、なかなか解けない。

 私はイライラしながらそれを見つめていた。


「あんたさ、会社からパクった金でギャンブルして負けたんでしょ。だったらその金、ギャンブルで取り返せばいいじゃん」

 薄暗い照明のカウンターに、金髪でピアスをした若い青年がいた。

 客は私とその青年の二人だけだった。


「ギャンブルで取り返せばいい? 出来るわけがないだろ、ギャンブルってのは胴元が儲かるようになっているんだよ。君みたいな若造に何がわかるというんだね」


「確かにその通りだな。しかしそう思うなら何でギャンブルなんかしたんだ? 会社を再建する方法はいくらでもあっただろうに」


「君には関係のないことだ」

 私はちびっとアルコールを含んだ。青年も私に合わせるようにしてグラスを傾ける。


「そのギャンブルのこと、もうちょっと詳しく教えてくれよ。面白そうだからな」

 青年はつまみを注文してから、私に微笑みかけた。


「やめたまえ。こんな遊びは一銭の得にもならん」

「遊びじゃねーよ。仕事だ」

 そのチャラチャラした格好とは裏腹に、金髪の男は真面目な顔つきで、断言した。


「俺の職業は詐欺師。その賭博師はいいカモになりそうだ」

 彼は真っすぐなまなざしを私に向けた。「お前の金を取り返してやるよ」


「本当か?」

 溺れる者は藁をもつかむというが、私の心境もそれくらい逼迫したものだった。

「ただし条件がある。通帳をつくって俺に預けろ」


「何のために?」

「決まってるだろ。架空請求の振り込み口として使うんだよ。負けたときの保険だ」

「そんなこと、出来るわけないだろ!」

「俺は別に構わないぜ。会社の金を横領した人間がいるって、マスコミにリークするだけだからな」

「ならば私からも条件がある。もしも君が賭博師に勝ったなら、その通帳は返してくれないか」

「いいぜ。それで、交渉成立だな」


挿絵(By みてみん)


 私もヤキが回ったものだ。こんな若造の口車に乗せられるとはな。

 そう自称詐欺師を一瞥する。彼は鋭利な眼をさらに細めて、賭博場を見渡していた。


 ルーレットバカラやブラックジャックなどのメジャーなゲームが目を引く中、私が大敗を喫した"賭博珈琲"は、場内の奥まったところにあった。


 金髪の男をそこに案内すると、例のいまいましい賭博師が、その姿を見せた。

 賭博師は、額から上がほとんど禿げ上がり、ピエロのような奇妙な目つきをしていた。ヤツはにやにやと不敵な笑みを浮かべて、私たちを出迎えた。


「賭博珈琲へようこそ。簡易的な説明書きはそちらの壁に掲示しておりますが、細かいルールはプレイ中に説明いたします。どうぞお二方、お掛けになってください」

 賭博師はそうディーラーにスツールを用意させて、カジノテーブルの前に座らせた。


 そして淹れたての珈琲をマグカップに注いで、テーブルの上に二つ並べる。


「さて、レートはいくらにしますか?」

「悪いが俺は日本に帰国したばかりなんだ。現金はスイスの銀行に預けている。小切手でもいいか?」

 金髪の男は足を組みながら、そう言った。

 賭博師は私を標的だと思い込んでいたようで、その禿げた面をあわてて金髪男に向けた。


「ええ、構いませんよ」

「そうか。ならば五億円でどうだ?」

 五億円! 私はその巨額に背筋がぞくりとした。

 もしも負け越したら、私も含めて大変なことになるんじゃないか。

 この男も詐欺師を自称するくらいだから、さして裕福ではないのだろうし。


「私は構いませんが、残りの二回は、その金額を上回る額をベットしなければなりませんよ」


「こう見えても俺は御曹司なんでね。それくらい余裕だよ」

 金髪男はそう安っぽいピアスを指ではじいた。実に嘘くさい。


「左様でしたか。それでは賭博珈琲一杯目をスタートいたします」

「ふん。まあこれにするよ」


 賭博師が開会宣言を終えるや否や、金髪男は右手にあるマグカップを手に取った。

 駆け引きも何もあったものではない。それともこれが正攻法なのだろうか。


「即断でしたね。砂糖やミルクはどうなされますか?」

 賭博師はディーラーにそれらを用意させてから訊いた。奇妙な目元を半月に折り曲げて、彼は砂糖を注いでいる。


「俺は結構だ」

 そう金髪男は突っぱねた。賭博師はマドラーで砂糖をかき混ぜ、ディーラーにこう指示を出した。


「では目隠しをして、私とお客さんに、珈琲を飲ませてくれ」

 自称詐欺師は一瞬ためらったが、すぐにそれを受け入れた。

 詐欺師と賭博師はアイマスクで視界を塞がれた。彼らが金魚のように口を開けると、ディーラーはカップを傾ける。


 しばらくして、男はぶっと、黒い液体を噴き出した。


「おやおや。どうやら私の勝ちみたいですね」

 そう賭博師はディーラーにテーブルを拭かせて、大きな口元をほころばせた。

 金髪男は鼻や口から汁を垂らして、むせこんでいた。

 私はなんだか、賭博師の術中にはまったような気がした。




~賭博珈琲のルール(付記)~

・珈琲を試飲する際は目隠しをするものとし、ディーラーに内容物を飲ませてもらう。飲む量は口に含む程度であり、使用済みのマグカップは破棄するものとする。




 賭博師は五億円の小切手を受け取り、ご満悦の様子だった。


 私はその口座が架空のものではないかと疑ったが、相手は裏カジノで賭博師を務めるような男である。その口座が実在するかどうか、さらには預金残高までをも調査済みなのだと思う。


「おい」私が状況を分析していると、金髪男は声をひそめてこう言った。「この勝負が終わったら、お前がマグカップを回収しろ。ディーラーに破棄させるなよ」


「……わかった」

 詐欺師の意図は不明だが、私は了承した。それが勝利への糸口となることを信じて。


「では金額をベットしていただきましょうか?」

 賭博師は大胆にもそう促した。

 先程よりも大きな額が動くというのに、余裕さえ感じられる。


「じゃあ、十億円でどうだ?」

 はあ? 思わず叫びそうになった。私はなんとかそれをかみ殺す。


 十億円。もしも負ければ会社の負債だけではなく、詐欺の片棒も担ぐことになる。それもこんな莫大な金額である。銀行口座を何個開設させられるのだろう。早くもめまいがしてきた。


「勝算はあるのかね」

 私がこっそり耳打ちすると、彼は金髪をなでながら、「ない」と答えた。

 急激に吐き気がこみ上げてきた。私は浅くなる呼吸でひぃひぃあえいだ。


「さあ、どうぞ」

 粗挽き珈琲が、湯気を立てて運ばれてきた。


 詐欺師はマグカップを上からのぞき込み、冷たい珈琲はないのかと尋ねた。どうやらそれは用意していないらしい。次にこの二つにシュガースティックを入れていいかと訊いた。それについては承諾を得ることが出来た。


 熟考した挙句に、詐欺師は左手のマグカップを指さした。


「よろしいですね。それでは賭博珈琲二杯目スタートです」

 ディーラーは慣れた手つきで両者に目隠しをする。


 詐欺師は微糖で、賭博師は追加で砂糖を入れていた。一体、この行動がどういう結果を生むのだろうか。

 一方が珈琲を、一方が毒杯を、仰いだ。


「お客様。また私の勝ちですね」

 賭博師はぞっとするような笑顔で、涙目になっている詐欺師をにらみつけていた。

 私は、蛇の道は蛇だと思っていた。賭博師も、人を騙してお金を稼いでいるのだろうと。

 しかし、どうやらそれは違ったようだ。

 彼らはその圧倒的な勝負勘で、勝利の山を築き上げているのだ。

 舌先三寸で金を巻き上げるやつらとは、格が違う。私は脳内がしびれてくるのを感じていた。




 現在の負債額、十五億円。

 私は足元の床が抜け落ちるような感覚に襲われた。まさしくギャンブラーの誤謬ではないか。


 今回のような、確率が二分の一の勝負事では、一回目は負けても二回目は勝てるような気がする。だがそれはあくまでも確率的な話であって、現実に即しているわけではない。コインが表、表と続いても、三回目が裏とは限らないのだ。


「おい、早くマグカップを回収しろ」そう小声でささやく詐欺師に、文句のひとつでも言ってやりたい。

 私はせめてもの抵抗で舌打ちをした。聞こえたかどうかは知らないが、気分は多少なりとも晴れた。

 黒々とした液体が二つ、白い円筒形の陶器に収まっている。見た目に差異はない。


「申し訳ございません。私がお預かりします」

 ディーラーがそう手を伸ばしてきたタイミングで、詐欺師の反撃は始まった。


「おいおい、イカサマがばれたから証拠品を回収しようって魂胆かい?」

「は?」

「とぼけるなよ」

 詐欺師はスツールから長い脚を投げ出して、カジノテーブルに乗せた。


「おいお前。今持ってる二つのマグカップをひっくり返してみろ」

 私は金髪男のデカい態度に辟易しつつも、脂汗を流して固まっている賭博師の方が気になった。イカサマだと詐欺師は言った。きっとそれが関係しているのだろう。だが、どのタイミングでイカサマを仕掛けたんだ?


 そう容器をひっくり返した私は、瞬間、きつねにつままれたようになった。


 片方のマグカップに入った液体は、たしかに、床にぶちまけられている。

 だがもう片方のマグカップに入った珈琲は、逆さにしているにもかかわらず、一滴たりともこぼれていないのだ。


「ええ、なんで?」

 私のリアクションに満足したのか、詐欺師は自身の推理を披露した。

「排泄物凝固剤を使ったんだろう。液体に振りかけるだけで、素早く凝固させることの出来る粉だ。ネットで簡単に買える」

 頬杖をついて、つまらなそうに詐欺師は言う。私は目の前の光景がいまだに信じられなかった。


「そこのピエロが使った手品はこうだ。まずは初戦、そいつは砂糖と称した凝固剤で液体を固め、俺にだけ珈琲を飲ませた。ディーラーに飲ませてもらうという奇妙なルールは、これを怪しまれずに実行するために作られたのだろう」

 賭博師は、ただ黙って頭を押さえていた。


「そしてイカサマが浮き彫りになったのは、二回戦目だ。冷たい珈琲は用意していない、砂糖は追加で入れる。不自然なことだらけじゃなかったか?」


 たしかにそうだ。言われてみれば、違和感はあった。


「さて、反論があるならどうぞ」

 金髪男は対戦相手に水を向ける。


「おっしゃる通りです。私は、イカサマをしていました。両方の珈琲にタバスコを入れて、上記のやり方で、難を逃れたんです」

 そう禿げた額を下に向けて賭博師は肩を震わせる。「今回のギャンブルで生じた負債額は支払わなくて結構ですので……」


「ふざけるな!」

 気が付くと、私はそう怒鳴っていた。

「私はお前のせいで四千万円もの損失を被ったんだ。訴訟でも起こさないと、溜飲が下がらない」


「まあまあそう言うなって」

 金髪男は意地悪そうに目を細めて、唇をほころばせた。

「訴訟には金がかかる。お前にそんな資金があるのか?」


「それは……」

 固く握った拳に、爪が喰い込む。歯がぎりぎりと鳴った。


「そこで相談だ、ピエロ」

 賭博師はそう詐欺師ににらまれて、萎縮したように肩をすくめた。

「示談金を支払う気はないか? 民事裁判とはいえ、お前が騙した被害者がまとまって訴訟を起こしてきたら、さすがにきついだろ」


「ええ、おっしゃる通りです」

「だったらこいつが納得する額を支払え。俺の負債はチャラにしなくていい。その代わり、もうワンゲーム残っているだろ。付き合えよ」


「は、はあ」

「賭け金は二十億円だ」

 詐欺師はそう大金をベットした。




 ここからは後日談になる。


 乾坤一擲で臨んだ大勝負。詐欺師は圧勝した。

 不正なしの心理の読み合いでは、やはり騙しの専門家が強いのだろうか。


 それは兎も角として、このような顛末を経て、金髪男は五億円を勝ち越したのであるが。

「いや、この勝負はイカサマだ」

 賭博師は、後にこんなことを語っている。

「勝負など最初から成立していなかった」と。


 賭けで使われた小切手は、ただの紙切れになってしまったというのだ。


 一体どういうことなのか。私は経済に詳しい友人に聞いてみた。


「それは貸付金詐欺だね。闇金融が得意としているんだけど」

 そう彼は、淡々と自説を述べていく。

「銀行の口座が凍結したんだよ。銀行は名義人の死亡を確認すると、すぐに口座を凍結させるんだ。おそらくその詐欺師は、危篤もしくは死亡した有名な資産家の通帳を、何らかの方法で手に入れた。こればっかしは正規のルートでは買えない代物だが、闇市場では有価証券として転売されることが多い」


 そして親指と人差し指をくっつけて、こう言った。

「さて、相談料と授業料を込々で」そう電卓をたたく。「これでどうだ?」

 私の目の前が、再び暗転し始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもおもしろかったです。 息詰まる攻防戦。トリック。そして、最後のオチ秀逸でした。 [一言] スピード感があってワクワクする短編でした。 ありがとうございます。
[良い点] おもしろかったです! カジノ系の洋ドラ観てるみたいでした。雰囲気がいいですね。 華麗なるペテン師達という洋ドラを思い出しました。 さすが詐欺師。お金についてもカラクリがあるなと思ってました…
[一言] ヒヤヒヤしながら読み進めて、最後のトリックは、びっくりしました。 イラストも素敵ですね! 面白かったです!
2018/12/10 15:09 退会済み
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