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発達障害児を産んだ  作者: 響夏
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息子のこと

あれは16年前。5月連休中に私の中に命が宿った。

日時まで指定できるのは、私に排卵痛があるからだ。

子供の父親とは遠距離恋愛で、たまたまその日に致して直後排卵痛が起こった。

避妊はしていなかった。結婚の約束はしていたからだった。

しかし、親に紹介されてから3年もの歳月を待たされていて、そろそろ別れて他の人を探した方が良いかと思っていた矢先のこと。戸惑いも多く、産むことにも疑念を抱いていた。

いいかげん焦れてもいたし、子供ができていても結婚せず黙っていようかとも思った。

少しずつ増えていく体重。お腹も大きくなっていく。

堕胎のできなくなった頃、認知だけでもしてもらえたら良いかなと、軽い気持ちで告げた。

結果、結婚へと話が進んでしまった。

正直、結婚はしたくなかった。

長く待たされたことによって、相手への信頼が薄れていた。

けれど、誰も彼もが結婚しろと言う。

父親がいない子供はかわいそうだと言う。

そんなことはないと思いつつも、子供のためだとの説得に負けてしまった。

妊娠中毒と切迫早産のための入院中に婚姻届に判を押した。深い後悔のため息と共に。

出産についてはあれこれと書く必要はないだろう。

ともかく、3050gの元気な男の子だった。

五体満足で無事の出産。結婚についてのモヤモヤを抱えたままの育児が始まった。

結果としては、結婚生活については早々に破綻。

2歳の誕生日のすぐ後に、息子をつれて実家に逃げ帰った。

決して孫を抱くことのない義父。家庭内で何もさせてもらえないのに、体型について文句を言う義母。そして、両親の言うなりの、何事があっても見方になってくれることのない夫。

同居生活が2年も持ったのは奇跡のように思う。

離婚し息子を渡さないために早急に職を決め、そうして息子との二人暮らしが始まった。

とは言え、両親には世話になっていたけれども。



子供ができて、決めていたことがあった。

3歳までに親の愛情を疑うことのないように、しっかり愛情表現をすること。

決して『嫌い』と言う言葉を言わないこと。

頭ごなしに叱りつけず、言葉をもって納得の行くように説教をすること。

決して頭や顔を叩かないこと。

それは正しいやり方だったのだと、今なら確信をもって言える。

明るく優しく正義感があり、融通は利かないものの素直で良い男の子に育ってくれたと思う。


我が子は『高機能自閉症』と言う発達障害の診断を受けた。

きっかけは幼稚園。ある日園長先生に呼ばれ言いにくそうに発達障害の疑いがあることを告げられた。

薄々は感じていたことではあったが、ショックは思っていた以上に大きかった。

先生の前でだけは泣くまいと、必死で歪な笑顔を保っていた。

家に帰り、息子が寝付いた後。母に電話をして号泣していた。

予兆はあったのだ。

抱っこすると噛みつく、暴れる、寝てくれない。おんぶをしても体を丸めてしまう。ハイハイが出来なくて匍匐前進しかしなかった。声をかけても反応をしない。

発達障害の自閉症の子によく見受けられる反応だそうだ。

私の弟も高機能系の発達障害だったらしく、コミュニケーションを不得意としていて、結局うつ病になり実家に無理矢理に帰らせた経緯もあった。

幼い頃の弟を思う。我が子には弟のようにはなってほしくない。

障害に名が付き、私は嘆くことを止めた。


発達障害とは、発達しないのではない。

発達が健常者よりゆっくりなだけだ。


私は時間をかけること。手間を惜しまないことを決意した。


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