第8話「楽園へ……」
呆然とするアルセーヌへ、ツェツィリアは悪戯っぽく笑う。
「うふふ、アルセーヌ。貴方、今起こっている状況が、全く理解出来ないでしょう?」
「…………」
アルセーヌからは、言葉が出て来ない。
確かに頭が回らない。
今迄持っていた、当たり前の常識という奴が、完全に破壊されているのだ。
無理もない。
信じられない事が、何度も何度も、連続して起きているのだから。
ダリウスを踏みつけたまま、立ち尽くすアルセーヌへ……
ツェツィリアは、アルセーヌの持つ『疑問』を改めて告げてくれる。
次々と……
「まるっきり初対面の私が……いきなり貴方と抱き合ったわ」
「…………」
「貴方を、魔力供与士だと知らない筈の私が、いつもの通り魔力を頂戴って言ったわ」
「…………」
「貴方の大切な女性を騙した、容姿と力だけを誇示するしか能がない……下種な男をやっつけたわ……」
「…………」
「貴方が……絶対に、敵わないと思っていた脳キン男をあっさりと……ね」
「…………」
「変よね? 貴方が……私へ……たっぷり魔力をあげた筈なのに、逆に貴方がこんなに強くなってしまったわ」
「…………」
ここで、ツェツィリアは首を振った。
横に、ゆっくりと。
「本当は強いのよ、貴方は……このゴミ屑を、素手で、あっさり叩きのめしてしまったもの」
確かに……
ダリウスを叩きのめし、無様に地へ伏せた。
相変わらず、憎き奴の顔を踏みつける感触がある。
けして夢じゃない。
絶対に錯覚じゃない。
起こった事実を改めて認識し、アルセーヌはやっと言葉を絞り出す事が出来た。
「あ、ああ……そうだ、こんな事今迄にない! う、生まれて初めてだよ」
「うふふ、貴方の気持ちも……凄く強くなっているわよね?」
「そ、その通りさ! ツェツィリア! き、君を抱いてから! ……俺は何でも出来る! そんな気がするよ!」
「そう……貴方は、大切な女の子を守れる立派な男よ。自信を持って!」
「ああ、で、でも!」
自分は……彼女を、マキを守れなかった。
大好きだったのに……
こんな最低の奴に、渡してしまった……
何も出来なかった……男として、戦えなかった。
「大丈夫! このゴミ屑へ、私に触るな! ……って、言ってくれた……それが貴方の本質……凄く嬉しかったわ」
「そ、そうさ! こ、こんな奴は絶対に許せなかった! だ、だけど……それより」
「それより?」
「さ、さっき! 君が言った疑問を知りたいっ!」
「ふふ、知りたいの?」
「そうさっ! ツ、ツェツィリア! き、君は何故、俺を知っているんだ? 名前もそうだけど、俺が魔力供与士だって事を」
「うふ、聞きたい?」
「聞きたいさ! 何故、君みたいな可愛い子が! お、俺みたいな、さ、さ、さえない男と!」
アルセーヌには分かっている。
どんなに褒められても……それは、単に励ましに過ぎないとしか思えない。
優れた才能も、綺麗な容姿も持ち合わせない、こんな自分には自信などない。
しかし!
「駄目!」
ツェツィリアは、アルセーヌへ真剣な眼差しを向け、人差し指を左右に振った。
「え?」
「駄目よ、アルセーヌ。貴方は素敵な男の子なの。自分をそんなに卑下してはいけない」
「俺が素敵?」
「ええ、貴方は生まれの逆境にけして負けず、明るく必死にやって来たわ。とても素敵よ」
実はアルセーヌには……辛い過去がある。
何故か、ツェツィリアは『全て』知っているようなのだ。
アルセーヌは吃驚し、叫ぶ。
「な! な、何故!? そこまで知っている!」
「うふふ、じゃあ心ゆくまで、ふたりきりで、ゆっくり話しましょう。お互い、分かり合う為に……」
「え?」
「私をもっと知って貰う為に、私の世界へ、私の住まう楽園へ……貴方を……連れて行くわ」
甘く囁くようなツェツィリアの言葉は、魔法の言霊だったのだろうか?
「あ!」
瞬間!
アルセーヌの足元がいきなり感覚を失った。
同時に、彼の意識は呆気なく手放されていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれくらい時間が過ぎたのだろうか……
失った……アルセーヌの意識は……戻りつつある。
彼の鼻腔へ、爽やかな草の香が、そっと入り込む。
思わず気持ちが穏やかになり、目がゆっくりと開けられる。
仰向けになり、横たわっていたアルセーヌの頭上には、真っ青で広大な空が広がっていた。
空には、いくつもの千切れ雲が飛んでいる。
ゆっくり動いて行く。
大気は清々しく、風も心地良い。
ここは、どこだろう?
少し戸惑いながら、アルセーヌは起き上がった。
周囲を見渡せば、彼はひとりだった。
そして、今居るのは見渡す限りの大草原である。
ところどころに森が点在していた。
アルセーヌがすぐ目の前の森を見れば、木々には、鮮やかな果実が実っていて、土地がとても豊かである事を示している。
遠くで、鳥が鳴く声がしていた。
と、その時。
背後で、いきなり彼を呼ぶ声がした。
「アルセーヌ」
低くも甘いツェツィリアの声である。
「え?」
慌ててアルセーヌが振り向くと……
優しい笑顔を浮かべた、シルバープラチナの髪を持つ少女が、いつの間にか立っていた。
「ようこそ、私の世界へ」
「私の世界だって?」
と、アルセーヌが聞けば、
「ええ、この地は……第3界であるオーラムイエツィラー、人間がエデンと呼ぶ楽園を模して、創った異界なの」
「エデン!? い、異界!」
「そう……私が住まう世界よ……」
答えたツェツィリアの瞳は……
目の前のアルセーヌを見ていながら、何故か遠くをも見つめていたのである。
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