第6話「抱擁」
「え?」
「ふわっ」とする小さな手の柔らかい感触が、驚き続けるアルセーヌの背中へ回される。
頼りない手応えで、華奢な身体が「ふわん」と預けられ……
更に小さな頭も、アルセーヌの胸へ「きゅっ」と押し付けられた。
シルバープラチナの美しい、さらさらの髪から、身体から……
爽やかな香りが、アルセーヌの鼻腔を刺激する。
少女は顔を埋めたまま言う。
風貌に似合わない、低い官能的な声が、アルセーヌの耳へ静かに響く……
「私をしっかり抱いて……」
「ええっ? き、君は!?」
アルセーヌは驚き戸惑う。
先ほど、自分の頭の中に!?
響いた謎の声だから。
絶対、幻覚だと思った、あの謎めいた声なのだ……
同時に、少女の行為にも驚いていた。
仕事でさえ……
誰もが抱き合う事を嫌がる自分なのに……
それをいきなり!
みず知らずの美少女が、無防備に身体を任せた事に。
思わず緊張して、アルセーヌの手には力が入る。
「ぎゅっ」と抱かれた少女が、僅かに呻く。
「痛いわ……そんなに、強くしないで……そっと、優しくしてね」
「う、うん……」
「思い出して……貴方が……いつもやっている事でしょ? 美味しい魔力、……頂戴」
「え?」
どうして?
と、アルセーヌは思った。
今迄に会ったどころか、見た事もない少女が何故知っているのか?
自分が特別な職業、魔力供与士だという事を……
そんなアルセーヌの想いを見透かしたように、少女は笑う。
「うふふ……」
含み笑いの後は、
「貴方の事、良く知っているわ」という言葉が、隠されていたに違いない。
得体の知れない相手ではあったが、アルセーヌに恐怖はなかった。
美しい少女だし、彼女からは、殺気が全く感じられない。
そういった邪気どころか……
『甘える』としか言えない気配が満ちていた。
「う、うん……そ、そうだな」
「思いっきり気持ち良く、……たっぷり出して、魔力……私の中へ」
優しく命令する少女の声に促され……
緊張気味なアルセーヌは、噛みながらも、何とか魔力供与の言霊を詠唱する。
「ビ、ビナー、ゲブラー、わ、我は知る。この世界の全ての根幹たる魔力を、我が同胞へ分け与えたまえっ!」
アルセーヌにとっては使い慣れた、魔力供与の魔法が発動した。
少女へ、アルセーヌの魔力が注入されて行く。
だが……
何という心地良さだろう……
これまで経験した事がない陶酔感が、アルセーヌの全身を満たす……
思わず、呻いてしまう。
「あああ……」
そんなアルセーヌの呻きに反応するよう、少女も呻く。
「ううっ……美味しい……」
瞬間!
ふたりの身体は、眩い白光に包まれたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……白光が収まってからも、暫しふたりは抱き合っていた。
少女は顔を上げると、
「私はツェツィリア……」
と名乗った。
今更だが、アルセーヌも、
「お、俺は……」
「知ってる。アルセーヌ……でしょ?」
答える前にツェツィリアは言い、「にこっ」と笑った。
と、その時。
「てめぇらぁ、グルかよぉ! ごらぁっ!!」
激高して叫んだのは、完全放置されていたダリウスである。
殺気を含んだダリウスの怒声を聞き、アルセーヌは思わず「びくっ!」としたが、ツェツィリアは動じない。
甘えるようにまた、アルセーヌの胸へ顔を埋めた。
再び、ダリウスの怒声が響き渡る。
「ふざけるな、いちゃつきやがってよぉ! アルセーヌ、てめぇ! 自分の女を使って、俺に恥をかかせ、マキを取られた恨みを晴らそうとしたんだなぁ!」
どうやらダリウスは、アルセーヌの仕返しだと思ったらしい。
しかしそんな事がある筈はない。
身に覚えなどない。
目の前のツェツィリアとは、全くの初対面なのだから。
それに逆恨みも良い所だ。
アルセーヌは知らないが……
ダリウスは卑劣であった。
ある事無い事、嘘八百を吹き込んで、アルセーヌを極端に貶めていた。
そして言葉巧みに、アルセーヌの彼女マキを寝取ったのである。
片や、ツェツィリアは甘えるように、再びアルセーヌの胸へと顔を埋めていた。
大きなため息をつく。
まるでダリウスの悪事全てを、見透かしているように。
「はぁ……やっぱりゴミね、あいつ。私に殴られたくらいじゃ、懲りないみたい……」
「…………」
確かに……
と、アルセーヌは無言で頷いた。
真実を知らない彼はもう諦めていた。
イケメンで強いダリウスにイチコロとなった彼女――マキに今更未練はない。
ふられた時は、とても寂しかったが……
そもそも、自分には釣り合わないと思っていた。
元カノ、マキにはただ幸せになって欲しいと、すっぱり切り替えたのだ。
しかしダリウスの尋常ではないプレイボーイぶりが、耳へ入って来た時には嘆息した。
『女たらし』は、単なる噂であって欲しいと願ったものであった。
だが……アルセーヌは現実を目の当たりにしてしまった。
見境なく女を口説くダリウスは……所詮『歩く生殖器』である。
ツェツィリアは、暫し考えているようだった。
顔をゆっくり上げると、
「ねぇ、いっそ、あいつを殺しちゃう? 生きる価値なんかない、世の中に存在していても無駄な鬼畜だから」
「え?」
さすがに、アルセーヌは驚いた。
殺す?
ダリウスを?
さすがにそれは……やりすぎだろう。
唖然とするアルセーヌへ、ツェツィリアは悪戯っぽく笑う。
「な~んてね、冗談よ。でもリベンジはした方が良いわ。貴方の無念を晴らすのと、他の女子の幸福の為にもね」
「まあ……確かに、その方が良いかも」
と、アルセーヌが返した瞬間。
ツェツィリアと抱き合ったまま、彼の全身は眩く光っていたのである。
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