第5話「憎きあいつへ、思いっきりビンタ!」
第5話投下です。
宜しくお願い致します。
今回も解雇、追放されたアルセーヌは、クランリーダーの家を出ると……
王都の街中を、自宅を目指してとぼとぼ歩いていた。
アルセーヌが住んでいるのは、同じく市民街の片隅、長屋のような集合住宅である。
約3m四方の小さな部屋、トイレは共同。
風呂は……ない。
それでいて家賃は、月に金貨5枚も取られる。
手持ちの金は、現在銀貨数枚……
2回飯を食べたら、無くなる。
当てにしていた給金は……もう入らない。
僅かな貯金も既に使ってしまった。
生活の不安が、アルセーヌの胸へよぎる。
「あ~あ、明日またギルドへ職探しに行かなきゃ。でも貴方、またなの? 追放回数自己記録更新よって言われそうだ」
アルセーヌの心の中に、中年のギルド女性職員の顔が浮かぶ。
馘になる度に冒険者ギルドへ赴き、もう完全に顔を覚えられてしまっている。
最近は、常に憐れみの目を向けて来る。
また同情の声を掛けられると思うと、気が……重い。
とても……重い。
ああ……
本当に……何で俺、生まれて来たのかな?
こんな人生送りたくなかった。
頑張って来たけど、……もう限界だ。
疲れたよ……もう死のうか……
ずっと、たったひとりぼっちで……
生まれた時から……
辛い事ばかりで、楽しい事なんか殆どなかった。
そうさ……俺なんか……
死ねば良かったのに……
親から捨てられた、あの日にさ……
と、その時。
若い女の声が聞こえて来た……
『駄目よ、そんな事言っちゃ……』
「へ!?」
『諦めちゃ駄目。今迄貴方は良く頑張って来たわ、立派よ』
「な、な、何!?」
『私は貴方の味方。いつも見守ってるわ』
「だ、だ、誰だ!?」
驚いて、思わず声が出た。
慌てて周囲を見回すが、誰も……居ない。
一瞬緊張に包まれたアルセーヌは、がっくりと肩を落とした。
ああ、とうとう幻聴まで聞こえるようになったか……
アルセーヌは大きなため息をつき、歩き出した。
そして5分ほど歩くと……
視線の先に、ふたりの男女が捉えられた。
ひとりは20歳を少し超えたくらいの剣士の男。
丈夫そうな革鎧を着込んでいる。
そしてもうひとりは、ぱっと見……16歳くらいの少女である。
少女が着ているのは黒い独特のデザインのブリオーである。
この王都ではあまり見ないデザインだ。
アルセーヌは……少女に見覚えがない。
輝くような、シルバープラチナの髪を持つ小柄な少女だ。
俯いている為、顔は良く見えない……
だが……
横顔が見えた男の方は……知っている。
本当に良く知っている。
少年が、これまでの人生の中で、唯一得た幸せ……
苦労して得た、ささやかな幸せをあっさり奪った……とても憎い相手だから。
そう、男は……
生まれて初めて出来た、少年の『彼女』を寝取った相手なのだ。
まあ、彼女とは言っても、ふたりでお茶を飲むくらいの間柄だったのだが……
男の名はダリウス。
冒険者の中でも有名な女たらしだ。
こんな男に引っかかった『彼女』は確実に不幸となるであろう。
出来るなら、腕づくでも取り戻したい。
でも……
ダリウスは17歳のアルセーヌより、5つも年上の大人。
筋骨隆々の剣士で、結構なイケメン。
喧嘩しても、容姿でも……アルセーヌでは勝負にならない。
改めてアルセーヌが見れば……
憎き恋敵は、アルセーヌの彼女だけに飽き足らず、新たな『女』を口説いているようだ。
あの野郎!
マキだけじゃ、満足出来ないのかよ!
しよ~もない、女好きめ!
思いっきり、ふられれば良いのに。
幸い……
ダリウスはアルセーヌへ背を向けていた。
少女を口説くのに夢中で、アルセーヌには全く気付いていない。
チャンスだ!
今のうちに通り過ぎよう!
このスケベの馬鹿野郎が!
俯いたアルセーヌは、口の中で罵りながら、足早に通り過ぎようとした。
その瞬間!
ぱあああああん!!!
「ぎゃううっ!」
肉を打つ凄まじい音がした。
そして、同じく凄まじい悲鳴もあがった。
アルセーヌが初めて聞く、ダリウスの悲鳴だ。
「え?」
驚いたアルセーヌが振り向くと……
思い切り打たれたらしく、左頬を押さえたダリウスが、呆然と立ち尽くす脇を、「すっ」と通り抜け……
シルバープラチナの、美しい髪をなびかせる少女が……
「すたすた」とまっすぐに、アルセーヌへと向かい、歩いて来た。
まさか?
何故?
俺の方へ来る?
間違い?
錯覚?
だが、間違いでも錯覚でもなく、小柄な少女はアルセーヌの前に腕組みして立った。
少女の鋭い視線が、アルセーヌへ突き刺さる。
「は、う……」
少女からキッと見据えられ、アルセーヌは思わず圧倒されてしまう。
彼女は、怒った顔さえも、人間離れした美しさであったから。
仇敵ダリウスが、ナンパしようとしたのも当然だ。
改めて見れば、身長は170㎝の自分よりだいぶ低い。
小柄である。
年齢はやはり自分と同じ16,7歳だろうか。
抜けるような白い肌。
細い鼻がぴしりと中心に通った、端麗な顔立ち。
桜色の小さな唇。
そしてぱっちりとした目にまたたく、薄いピンク色の大きな瞳……
しかし少女は厳しい表情から一転、にっこりアルセーヌへ笑いかけると……
両手をゆっくりと、大きく大きく広げたのであった。
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