第2話「謎の魔法使い」
第2話です。
宜しくお願い致します。
ツェツィリアの両親が去って、数時間が過ぎ、やがて太陽が落ち始めると……
ただでさえ薄暗い森は、どんどん闇の濃さを増して行く。
ひとり残された、幼いツェツィリアは怯え……
近くの大きな木へ、華奢な身体を寄せ震えていた。
昼から何も食べておらず、空腹の筈だったが、恐怖で全く感じない……
ツェツィリアの周囲で、夜行性の獣の唸り声が聞こえる……それもたくさん。
厳しい食物連鎖で成り立つこの森では、小さくか弱いツェツィリアなど格好の餌でしかない。
最初、ツェツィリアへ目を付けたのは……
数十もの、獰猛な狼の群れである。
しかし!
群れの一頭らしい大きな牡が、警告を発するように吠えると、慌てて姿を消してしまう。
狼達が去るのを感じ、ツェツィリアは、大きく息を吐いた。
だが彼女の勘は、新たな危機を予感している。
狼でさえ怯えさせる、恐るべき存在が……自分の下へやって来る事を。
「怖い……怖いよう……」
悲しみで、涙がとめどもなく流れて来る……
自分は……
「実の親から、忌み嫌われ捨てられたのだ……」
という辛い思いが、ツェツィリアの心をえぐるように傷つけていた。
そして迫り来る死への恐怖もある……
「あ!」
ツェツィリアは何故か、普通の子供より、遥かに夜目が利く。
気配を感じて見やれば、先ほどまで狼の群れが居た場所に、無数の血走った目が浮かんでいた。
「ひ!」
相手を知り、ツェツィリアは悲鳴をあげた。
父親が怖れたゴブリンに違いない。
ゴブリンを、今迄に見た事はないが、母親から散々聞かされている。
小柄ながら性格は狂暴。
夥しい数で獲物を襲い、あっという間に喰い尽くす怖ろしい人外……
そう、ツェツィリアを取り囲んだのは……数百ものゴブリンであった。
間近まで来た死への恐怖を感じ、ツェツィリアは先ほどより、更に大きく息を吐いた。
直感的に、自分の足では逃げられないと分かってしまう……
諦めと絶望が、ツェツィリアの全身を支配して行く……
私は……あいつらに殺され、食べられる。
でも良い……
こんな私なんか……生きていても仕方がない。
実の親から、「化け物!」と呼ばれた私なんか……
ごぎゃあああああおおお~~っ!!!
いきなり!
ゴブリン共が一斉に咆哮した。
目の前の獲物を襲え!
そして喰らえ!
という、合図と鬨の声なのだろう。
来る!
いよいよ奴らが来る!
喰われる!
でも……良い!
この身よ、世界からなくなってしまえ!
身体を固くしたツェツィリアは、覚悟を決めた。
目を閉じ、俯く。
と、その時!
ぱあああああっ!
と、白光が真っすぐ、遮るように鋭く伸びた。
丁度、ツェツィリアとゴブリン共の間に。
ぎゃひいいいいいいっ!!!
ゴブリン共が驚き、絶叫した。
そんなゴブリン同様、驚いたツェツィリアが見やれば、
何と!
眩いばかりに輝く球体が出現していた。
球体から放たれる強烈な光により、夜も更けつつあった森が、まるで昼間のように明るくなる。
「へ?」
信じられない光景に、呆然とするツェツィリアの心へ、
『ふむ、あっさりしたものだ』
「え?」
『小娘……お前は……簡単に投げ出すのだな……生きる事を』
淡々とした若い男の声が、まるでツェツィリアへ、問いかけるように響いた。
「だ、誰?」
驚いたツェツィリアは声を出して呼び掛けたが……
誰からも、返事はなかった。
その間も……
ツェツィリアの目前に、突如出現した輝く謎の球体は……
何度も収縮を繰り返し、照度もめまぐるしく変わっていた。
片やゴブリン共は、ツェツィリアを襲うどころではなく、臆したようにあとずさりしている。
パチン!
いきなり!
前触れなく、何かが大きく弾けたような音がした。
ツェツィリアは思わず声をあげる。
「あ!」
驚いた事に、眩く輝いていた球体から、ひとりの男が現れた。
漆黒の法衣を着込み、同色の大きなマントをひるがえす長身痩躯の男がひとり……空中に浮かんでいるのだ。
「ふむ……」
謎の男はゴブリンを見据え、小さく呟くと、
ぶしゃう!
ぶしゅっ!
ずぶうっ!
肉を貫く音がたてつづけに起こった。
いきなり!
ゴブリン共の足元から鋭利な氷柱が何本も突き出て、彼等の胴体から顔をあっさりと貫き、串刺しにしたのである。
氷柱に高々と持ち上げられた、血しぶきをあげる仲間の無残な死体を見て、ゴブリン共は絶叫する。
あうぎゃあ~~っ!!!
これは魔法。
水の攻撃魔法だ。
怖ろしい魔法である。
何の前振りもなく、無防備な状況で、いきなり身体を刺し貫かれては避けようがない。
次に男は、軽くひとさし指を振った。
まるで指揮者が、タクトを振るように……
すると今度は、「ごうおっ!」と同じく数体のゴブリンが紅蓮の炎に包まれた。
炎はとてつもない高温らしく、ゴブリンはあっという間に、物言わぬ消し炭となる。
言うまでもなく、火の攻撃魔法だ。
ぎゃああああっ!!!
「むう……まだまだ……か」
仲間が次々に殺され、嘆き悲しむゴブリン共の叫びを軽く受け止め、男が呟くと……
ばひゅっ!
鋭い突風が吹き荒び、ゴブリン数頭が血をまき散らしながら、切り刻まれた。
ぎゃぴ~~っ!!!
風の攻撃魔法により……
同胞が瞬時に、原型を留めぬ肉塊と化したのを見て、ゴブリン共はまたも泣き叫んだ。
元々、ゴブリンはあまり知能が高くない。
但し、恐怖の感情くらいは持ち合わせていた。
謎の魔法使いが、自分達には到底敵わない、とんでもない相手である事を充分認識したようだ。
ツェツィリアを喰い殺そうとしたゴブリン共は、悲鳴をあげ、一斉に背を向けると……
あっさり逃げ始めたのであった。
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