第1話「置き去り」
新作です!
ぜひぜひお読み下さい。
ここは、とある王国の人里離れた深い深い森の中……
誰が見ても……不気味な森である。
まるで何かの呪いでもかかっているように、生えている木がまともではない。
まっすぐ空へ向かう筈の木が……
真横に、斜めに、一旦上がってから下がり、複雑に曲がりくねり、お互い絡み合っていた。
木から生えている葉も血のような色をしていて、形も全く見かけないものだ。
そんな葉が大量に生い茂って、完全に太陽の光を遮断している。
だから、地上まで日が射しこまない。
昼間でも、森の中がやっと見通せる明るさなのだ。
通常、森といえば……
人間にとって美味しく清涼な空気が満ち溢れるが、この森は息をするのも重苦しく、不気味な雰囲気しかない。
滅多な事がなければ、こんな森へ、人は立ち入らないだろう。
だが……意外にも3人の男女が居た。
うちひとりは、まだ幼い少女である。
しかし、3人の様子がおかしい。
「おい! もう行くぞ!」
男が苛ついたように、女へ呼び掛けた。
しかし女は、「嫌だ!」と駄々をこねるように、小さく首を振る。
「あ、ああ……ツェツィリアぁ!」
我が子らしい名前を、大声で叫びながら……
男により、無理やり引きずられる女は……少女の母親のようだ。
女の手を引っ張る男は……多分父親なのだろう。
どうやら、ふたりは夫婦で少女の両親らしい……
父親は、再び嫌がる女の手を強く引く。
何故か、足早に立ち去ろうとするのだ。
何と!
幼い少女を置いて。
去ろうとするふたりへ、小さな影が追いすがった。
ツェツィリアと呼ばれた、シルバープラチナの髪を持つ少女である。
こんな場所へ、たったひとり置いて行かれてはたまらない。
幼いながらに、命の危険を感じているに違いない。
声を振り絞り、ツェツィリアは叫ぶ。
あらんかぎりに。
「待ってぇ! パパぁぁぁ!!! ママぁぁぁ!!! 怖いよぉぉぉ!!!」
「ツ、ツェツィリア~~っ!!!」
「パパぁ、ママぁ、いい子になるよぉ、ツェツィリアはぁ、いい子になるからぁ! お願いぃ! 置いて行かないでぇ~っ!」
「あああ、ツェツィリア~~っ!!!」
泣き叫び自分を呼ぶ声に、これまた絶叫に近い声で応える母親。
愛しい娘への想いを籠めて……
しかし!
母親の声を、乱暴にさえぎるかのように、父親の怒声が響いた。
憎しみと殺意を籠めて。
「こっちへ来るんじゃないっ、この化け物っ!」
「え? ば、化け……物……」
ついて来る事を拒絶され、更に激しく罵られたツェツィリアは……
ショックで身を硬くした。
思わず立ち止まり、その場へ、「ぺたん」と力なく座り込んでしまう。
座り込んだツェツィリアへ、容赦なく父親の罵声が降り注ぐ。
「そうだ! 化け物だ! お前なんか、俺達の子じゃない! ふざけやがってぇ!」
「…………」
「この森で、化け物同士、仲良く暮らせばいいんだよぉ!」
「あ、貴方っ! ひどいわっ! 自分の娘なのにっ!」
「ひどかねぇ! 違う! こいつは俺達の子じゃないんだぁ! 産まれなかった、最初から居ない! そう思うんだ!」
「あ、ああ……ううう……」
母親は泣き崩れるが、父親は構わずまた手を「ぐいっ」と引く。
そして父親が急ぐのは、理由があった。
「おい! ぐずぐずしてると日が暮れて、人喰いゴブリン共が出て来やがる、急ぐんだ」
「…………」
遂に、運命は決した。
親子の、非情な別離の時が来たのだ。
3人の影は、ふた手に分かれた。
荒々しく靴が草を踏みしめる音。
強引に引きずられる靴の音、嗚咽する母親の声……
一方……
残されたツェツィリアは……まるで固まったように動かない……
お互いの距離が……どんどん開いて行く。
多分、永遠の別れとなるのだろう……
ツェツィリアの居る場所から、少し離れた場所で馬の嘶きと車輪の軋む音が聞こえ……
荷馬車が走り出す音がした。
車輪の音はやがて、森の中へ吸い込まれ、聞こえなくなった……
僅か6歳の少女、ツェツィリアは……
実の両親から、無残にも置き去りにされたのであった。