テオドール編
クローディアに初めて会ったのは、五年前、春の日差しが感じられるようになった頃。
新しい事業の立ち上げに伴い、契約の為に男爵家へ訪れた時だった。
男爵家の者に連れられ館に向かう途中、庭先にまだ幼さの残る少女を見つけた。
彼には息子と娘が居ると聞いているから、少女は男爵家の令嬢で間違いないだろう。
そう思いながら視線を向けると、少女はこちらに気づき、私と目が合うと固まっていた。
理由は何となく想像がつく。
どうも私は威圧感のある風貌をしているらしく、特に歳の若い女性には大体怯えられるのだ。
そこまで歪な顔だとは自分でも思わないが、我が家の当主になる前は騎士団に所属していた事もあり。
無駄に大きい身体と相まって、恐怖感を与えるらしい。
少女の目にも厳つい風貌の見知らぬ男が来たと映ったに違いない。
自嘲しながらも少しでも怯えさせないようにしようと、出来る限りの笑みを浮かべてみた。
するとどうだろう、怯えていたはずの少女が突如目を輝かせ始めたのだ。
これはさすがに予想外で、逆にどうすれば良いのかわからずに困惑した。
それからもしっかりとした契約が結ばれるまで、定期的に私は男爵家を訪れた。
男爵は自らが私の領地へ赴くと、何度も恐縮しながら言っていたが、やんわりとかわすと私が男爵家へ訪ねるように話を持っていった。
その理由は男爵家で顔を見せる度に、笑って迎えてくれるクローディアに会いたかったからだ。
あの一件からクローディアは私に懐き、いつも笑顔を絶やさなかった。
子供から、引きつった笑み以外向けられた事の無い私は、クローディアの心からの笑顔が嬉しくて。
彼女が可愛くて仕方なかった。
結局、そんな下心もあり、契約が結ばれた後も誰が行っても良い様な案件も、男爵家がらみの物だけは私が直接持って行くようにしていた。
そうして3年の月日がたった頃、クローディアが王都の学園へ入学する時期を迎えて、彼女に入学祝いを送ろうと悩んでいた時、ふと気がついた。
学園に入学してしまえば男爵領へ行っても、もうクローディアには会えないと。
私は焦った、どうにか出来ないものかと必死に考た。
そしてついに、自分も王都に行けば良いと思い立った。
長期休暇以外にも休みはある、クローディアの事だ、茶にくらいなら誘えば受けてくれるだろう。
そうなれば、すぐに行動に移す必要がある。
王都からでも領地の事が出来るように、準備せねばならないからだ。
執事のセバスを呼ぶと、彼は眉間に皺を寄せ苦い顔をした。
やはり王都から領地の仕事をするのは、彼に負担をかけすぎるかと考えていると、思いもよらない言葉が飛び出した。
「テオドール様、そこまで想っていらっしゃるのなら、いっそクローディア様に婚約の申し込みでもなさっては如何でしょう?」
セバスの言葉に、一気に頭が混乱した。
「婚約者ともなればお会いするのも連絡を取り合うのも自由に出来ますし。わざわざ王都に赴くより余程良いかと……」
婚約?誰が?誰と?
しばしの沈黙が部屋を包んだ、セバスの言葉がゆっくり頭に染み込んでくる。
俺が?クローディアと?
いや、それは無理だろう、相手は10も歳の離れた令嬢だぞ。
ただでさえこの容姿から歳を取って見られるのに、彼女と並んでみろ、一歩間違えば親子だ。
それ以前にクローディアが受けてくれるはずも……まて……俺はどうなんだ?
俺は一度もそれを嫌だとは思っていない、むしろクローディアさえ受けてくれるならと……
気づいてしまった、昨日まで可愛い妹のように思って居た存在を、本当は自分がどう思っているのか。
そして同時に落胆した。
どうする事も出来ないだろう、この距離を感じて。
「……セバス、王都に行く準備をしてくれ」
「…………かしこまりました」
長く仕えるセバスの事だ、俺の表情を見ただけで察してくれたのだろう。
例え気づいてしまったとしても、この細い縁を自分から切る事は、俺にはどうしても出来なかった。
それからまた数年たった。
今もクローディアとは、休みの合う時に茶をする関係が続いている。
もうすぐクローディアの誕生日、今年は何を贈ろうか、そんな事を悩んでいる時に彼女は訪れた。
少女から女性になる時期を過ぎ、彼女は立派な淑女に成長していた。
なんどこの輝くような姿に、手を伸ばしてしまいそうになった事か。
しかし、約束も無くクローディアがここに来るのは珍しい。
心なしか顔色も悪い気がする。
「クローディア、どうした?何かあったのか?」
心配になり、近づいてみると少し震えているようにも見える。
「お忙しい時に、突然お伺いして申し訳ありません。あの、私……伯爵様にお願いが……」
何時に無い小さな声で、聞き取るのがやっとなほどだった。
「お願い?なんだい言ってごらん?」
不安そうにしている彼女の為に、精一杯優しい声を心がけた。
クローディアの願いを無下にするなど、私は決してしない。
「実は……伯爵様に……私の婚約者を選んで頂きたいのです……」
彼女の唇から、小さな小さな声で紡がれた言葉に眩暈がした。
俺が、彼女の婚約者を選ぶ?それは何と残酷な願いだろう。
「……急に……何故?」
やっと言えたのはこれだけだった、上手く言葉が出てこない。
「両親から……良い人が居ないなら、領地に戻って縁談を受けるようにと連絡が……」
俯くクローディアをの背を見ながら、そうかもう18かと気づいた。
デビューの時にエスコートが居ないなど、醜聞にもなりかねない。
もう、時間が無いのだ、彼女にも俺にも……
「どこの誰かもわからない方と婚約を結ぶなら、信頼する伯爵様のご推薦が頂きたいと思って……」
やっと顔を上げた彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいて。
気づいた時には、クローディアを腕に抱きしめていた。
耐えられなかった、こんな顔をする彼女を見たくない。
他の男の隣にある、あの笑顔など見たくない。
「本当に誰でも良いのか?」
「伯爵様!?」
腕の中のクローディアは、困惑した声を上げ硬直している。
あの日、庭先で俺を見て固まっていた彼女を、不意に思い出した。
目を閉じて、意を決する。
同じ終わりが来るのなら、砂粒のような可能性にも賭けてみたい。
「……誰でも良いのなら、それは私でも良いのか?」
何も言えずに居る彼女の目をまっすぐ見つめ、腕をそっと放すとその手を取って傅いた。
「君を愛してる、私の妻になってくれ」
指の先に口付け、彼女を見るとその瞳からは大粒の涙が溢れていた。
震える両手で唇を押さえる姿に、不安が過ぎる。
だが、次に見たものは信じられないような光景だった。
「はい、私で良いなら喜んで……」
涙に濡れた彼女の微笑みは、今まで見てきたどの笑顔より美しかった。
一度離した身体を、もう一度きつく抱きしめる。
心から幸せだと思えた。
「……クローディア、愛してるよ」
「……私も、お慕いしております伯爵様」
彼女の唇に、そっと自分のそれを重ねた。
その後の話で、実は彼女も前から俺の事を好いていてくれたと知り、もっと早くに言えば良かったとも思ったが、今更だ。
過去より今の幸せを大事にしようと思う。
次の休みに、婚約の了承を得る為、二人で男爵領を訪れた。
本来は彼女の父親である男爵から求婚の許可を先に貰うべきだが、順番が逆になった事を謝罪すると、気にしなくて良いと笑って許してくれた。
それよりも本当に良かったと、彼女を見る男爵の目は娘の幸せを心から喜ぶものだった。
学園の中庭を東屋に向かって歩く。
今日はクローディアと一緒に社交界デビュー用のドレスを仕立てに行く予定だ。
晴れてクローディアの婚約者になった俺は、学園内に彼女を迎えに行く事も出来るようになった。
東屋に着くと、楽しげな女性の笑い声が聞こえてくる。
「ディア」
「テオ様、迎えに来て下さってありがとうございます」
そこで友人とお茶をしていた彼女に笑いかけると、彼女も嬉しそうに笑ってくれた。
「では、お先に失礼します。皆様、御機嫌よう」
優雅に手を振る彼女に友人達もご機嫌ようと手を振る。
その手を取りエスコートすると、遠くで彼女の友人達の声がする。
「伯爵様ったら、嬉しいのはわかりますけど、もう少し私達とお茶する時間も残して貰いたいですわね」
「束縛の強い男は嫌われましてよ」
あの言い方からしてわざと聞こえるように言っているのだろう。
声が笑っていることから、からかわれているのもわかる。
何とでも言え、今幸せ噛み締めてる所だからしばらく譲る気は無い。
俺は聞こえなかった振りを決め込み、愛する婚約者の手を引いた。




