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第8話 プラモデルシリーズ MW:F = モノコックウェポンズ・フラウ

 季節は夏を迎えていた。

 …と言っても肌寒い日が続き、ニュースでは戻り梅雨などと言われている。


 閑職の俺はこまごまとした雑用を頼まれることが多い。今日は秋葉原で買い物をする仕事だ。玩具雑誌の企画で廃盤商品のカタログを作ることになったのだが、商品の現物がメーカーにも無く借りることができないそうで、企画のためになんとか手に入れられないかと、業界では便利屋で知られる俺の会社に声が掛かった。


 こういった場合コレクターに借りるのが常なのだが、最近はコレクターが提示するレンタル料が雑誌の制作費をはるかに越えることや、ソーシャルメディアで掲載内容を事前に拡散されることも多い。


 このコレクションが○月○日発売の○○○に掲載されます!


 カンプか色校の画像とともにアップされ全国に拡散されてしまう。


 雑誌としては新奇性が奪われるので、……というか買う意味が無くなってしまうので勘弁して欲しいところだ。


 そもそも自分の命にも等しいコレクションを他人に貸し出すコレクターは少ない。未開封新品を他人に貸し出し開けられるリスクは、愛娘の (中略)を奪われるに等しいだろう。


 俺もコレクターだから分かる。


 雑誌のほうももう少しコレクターに敬意を払えばいいのに、そうはできないくらい皆貧しくなってしまっている。


 プレミア価格の中古玩具ショップを何軒もまわり、目当てのものは現実的な値段でだいたい手に入れることができた。夜8時。今日は会社に戻らず直帰しようかと考えていると、懐かしい顔にばったりとあった。


 学生時代の知り合いで、アニメーターになった奴だった。


 すっかり飲食店の増えた秋葉原でそのまま酒を飲んだ。最近の様子を聞けば今は異世界転生物のライトノベルを原作にしたアニメの原画を描いているという。


「異世界モノか。ずいぶん流行っているんだな」


「皆この世界に疲れてるんだろ。パッと異世界に行ってやりなおしたいんじゃないか?」


 無理も無いだろう。この世界の未来や将来が明るい物とは到底思えないのだから。


 かつて流行したロボット物はこの世界、この国が将来未来科学で発展し続けるという夢に根ざしてつくられいつか現実になるかもしれないという願いが込められていた。


 だが、実際に科学がかつて想像した未来にに追いつくと、実際にできることと、実現の可能性が無いことにわかれてしまう。


 ロボット工学は人そっくりの動きを追従できる人間大のロボットや、農作業用の二の腕用パワードスーツ、対戦できるサーボモーターを仕込んだホビーロボを実現したが、


 人が乗り込んで空を飛ぶ巨大ロボや、手のひらサイズの人工知能を搭載した格闘玩具ロボはどうやらお目にかかれないことがうすうすわかってしまった。



 そして昔のSFにあった未来科学はほぼすべてスマートフォンとVRが実現してくれた。


 昔の人が考えていた夢は大抵叶ってしまったんだ。


 今の世の中は多くの夢が実現され、夢が終わってしまった世界だ。


 新しい夢を見るには世界はずいぶん老いている。


 異世界物、流行、大いに結構。


 この世界、この時代にはちょっとした逃避先が必要なんだ。

 あまりにもつらいことが多いじゃないか。


 割り勘にしようかと思ったが、おごってもらって会計を済ませて、そいつと別れた。

 飲み代のお礼に今度のイベントにそいつを誘ってやろうと思う。


 上着を脱いで夜風に当たりながら歩いている。

 片手にはスマホ。

 スマホで開いているのは教えてもらった小説投稿サイトだ。


 有名なサイトだった。

 正直名前は知っていたが、素人の集まりだと思って今まで見ないでいた。


 ……いたのだが、実際読んでみるとそのレベルの高さに舌を巻く。


 各出版社の編集者が悲鳴を上げるわけだ。作家が自分一人で書いたものがそのままの形で面白ければ編集者が介入する必要が無くなる。


 ヒットしている作品はどれもある程度筋書きが似ていた。

 ニートや無職やひきこもりのいじめられっ子、もといいじめというマイルドな表現にされた犯罪被害者か、或いはブラック企業につとめる虐げられた社蓄。そんなどこか社会的に弱いキャラクターが、異世界に転生、或いは転移し、そこで希望に満ちた新しい生活を始める。


 俺もいじめられっ子だったけどがんばってひとかどの生活を得てるよ。ちょっとだけモノ好きの間では自慢できることもしてきたつもりだ。皆も異世界に行く前にちょっと頑張ろうぜって話だ。


 ブラック企業に勤める虐げられた社蓄っていうのには、……すごく共感を得るけどさ。


□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 このところ睡眠不足だった。


 といっても、それほど仕事が忙しいわけではない。最近やってるのはイベントに展示するジオラマに載せる岩だの山だののスチロールをナイフで削る仕事だ。


 余り複雑なものは作れないけど、スチロールの角を同僚が引いてくれたマジックの線に合わせて落として岩っぽくするくらいは、そう悩むこともないしなんとか……ね。


 機械を傷めないようにクーラーだけは使われているので夏バテにもならない。というか、今年の夏は稀に見る冷夏だ。


 睡眠不足の原因は2年落ちのスマホだった。

 あのアニメーターに教えてもらった小説投稿サイトが思いのほか面白くて止まらない。


 終電になって会社を出る。電車の中ではもちろん、人通りや車の往来が無ければ歩いていても開いて読んでしまう。


 この異世界に召喚されたサラリーマンがネット通販で日本の食材や生活雑貨を取り寄せ異世界で気ままにくらす話はとても面白い。


 強いモンスターを手下にして飼いならすのだが、科学調味料たっぷりの料理で餌付けするのだ。それでモンスターを引き連れながら異世界の町や森や、山やら海やらをぶらぶらと旅する。読んでいるとこのフェンリルやスライムやドラゴンたちと一緒に旅をしているような気持ちになってわくわくしてくるのだ。


 旅なんてもう何年も…いや会社に入ってからだから10年単位で出かけていない。旅ってどんなだったろうか。


 今日もスマホをちらちらのぞきながら家についた。


 シャワーを浴びてスマホを布団まで伸ばした充電コードにつなぎ、さすがに一度寝ようかと思って大事なことを思い出す。


 明日はガレージキットの販売イベント、アメイジングフェスティバルの開催日だった。


 アメイジングフェスティバルとは、夏と冬に年に2度だけ開催される日本最大のキャラクター造形物のお祭りだ。通称アメフェスと呼ばれている。


 もともとはガレージキット専門のイベントだったが、2000年ごろを境に企業も参加するようになった。最近では一般ブースと企業ブースに分かれ、企業ブースでは新製品の製作発表や、原型の展示、会場限定商品の販売が行われるほか、ステージでは綺麗どころの声優さんが呼ばれて歌やトークを披露してくれる。(原型師も何か喋るが別にそれは見なくていい。)


 レポートの広まる話題性、イベントの集客性では、企業ブースにほぼ独占されてはいるが、アメフェスの華は何と言っても一般ブース、そこに集まるレジンキット達だ。


 ここには市販されていない特別なキットがディーラー卓にずらりと並んでいる。


 このイベントの最大の特長はこれらのキットが版権許諾を受けて販売されているということだ。

 この国には著作権というものがあり、著作物はそれを有するものでなければ自由に販売することはできない。著作権とは、話すと長くなるのでそれこそ(中略)だ。


 アニメや小説に出てくるキャラクターを許諾を受けずに販売すれば、それは海賊版の販売であり、犯罪行為にほかならない。

 アメフェスは運営会社が版権許諾業務を肩代わりし、個別に版元に許諾を貰うことで、個人が好みのアニメや特撮、ゲームに出てくるキャラクターを作り、当日イベントで販売することにおいて、著作権の問題をクリアしたのだ。

 もちろん、版元による審査と監修は行われるが、それをクリアすれば一日だけ正式な版権許諾物として販売を許される。


 腕に覚えのある好事家が、或いはそれを作りたくてたまらない趣味人が、コスト度外視で本気で作った商品化の望めないキャラクターや、芸術的な切り口のフィギュア、その時点では企業では商品化の間に合っていない新キャラクター、そもそもマスプロベースでの販売が不可能なものなどが、一般ブースには所狭しと並んでいる。まさに圧巻、壮観。


 これらは当日、まだ売り切れてなければその場で買えてしまう。


 まさにアメイジングなフェスティバルだ。


 俺もかつてディーラーとして出展していたことがあるが、いろいろあって(主に会社で)最近はガレキの購入はせず、半年に一度ここでしか会わない知り合いとひたすらダベるイベントになっている。


 思い出して少しだけわくわくしてきた。


 ろくに見ない郵便受けからひっぱりだしたまま積んである請求書とダイレクトメールの山。その下のほうに見覚えのある封筒があった。

 アメフェスのゲストパスだ。このパスで2人まで入れることになっている。

 あのアニメーターを飲み代のお礼に連れて行くことになっていたのだ。


 相変わらず部屋に積んであるプラモデルを組み立てる気力も無い。

 前に箱を開けて見たが、中身を眺めるのも億劫になって箱を閉じて戻してしまう。


 だがあのアメフェスの熱気を思い出した今夜は、今はどうだろうか?


 プラモの箱のタワーの上の方にあった箱を抜き取って、なんとかフタをあける。


 結果は同じだった。


 俺はフタをとじて、プラモタワーの最上段にもどす。


 その時、戻したプラモのタワーが奥にある通販のダンボールタワーを押してしまい。ダンボールの一番上に飾っていた、『俺の嫁』が手前にぼろりと落ちてきた。


「あぶねっ」


 思わず手を伸ばして受け止める。ちょっと羽根とかとげとげしたところが手に刺さったが、嫁そのものに損傷はなかった。


 嫁……嫁か。


 俺の嫁というのはこの完成済みのプラモデルのことだ。


 モノコックウエポンズフラウ疾風。


 武蔵村山に本社を置くホビーメーカーの慶屋から発売されているプラモデルシリーズ『モノコック・ウエポンズ・フラウ』、通称MWFシリーズの第1作だ。


 大きさは素体部分でおおよそ16cm。1/12。ジュースのロング缶よりすこし小さめの美少女型の可動プラモデル。


 MWFは美少女型の可動プラモデルが、武器や兵器をモチーフした武装をつけ、モチーフとなった兵器の生まれかわりとして、今度は人々の命を守るための戦場に出る、……という世界観のプラモデルだった。


 これは俺がランナーから組み上げて、その後細部に至るまで自分の好みで改造を施し完成させている。


 疾風の素体、女の子の部分は本来、黒髪ぱっつんの清楚な剣道女子高生をイメージしてデザインされ、プラモデルキットの状態素組み、もといそのまま組み立てればそのように出来上がるのだが、こいつは俺の趣味で褐色に銀髪、緑の瞳のダークエルフのお姫様風にしてある。


 そして着込む第二次大戦の戦闘機型の鎧にも様々な必殺ギミックを組みこんである。武装状態だとどこか気丈で清楚な武家のお嬢様のダークエルフ。こいつを完成させた頃は俺の嫁、なんて言い回しが一部でまだ残っていたっけ。


 流行に疎い俺がなんだか面白くなって一昔前に流行った俺の嫁なんて言っていたんだ。


 でも嫁と呼んでもいい、一番大事なプラモ。


 まさに、俺の想いを込めた世界にひとつしかないプラモ。


 …そして、多分もう……。


「……二度と作れないんだろなぁ」


 以前ソーシャルメディアに載せたらぼちぼちいいねを貰えた。


 何人かに直接見せてほしいと頼まれていたし、こいつもアメフェスに持っていくことにしよう。ちょっと……いやかなり埃を被っていた嫁に外の空気を吸わせてやろう……。もちろんそんなこと本気で思っちゃいないよ。これはただのプラモデルだよ……。


 …あ、ひいてる? ひかないで、信じて… ね?


 俺は疾風をケースに入れて、2人分のゲストパスと一緒にバッグにしまう。


 仕事を終えてごろりと布団に寝転ぶ。手には格安だがストロングな9パーセントの缶チューハイ、もう片方の手にはスマホ……。


 もう中毒だった。


 すでにアル中なのは自覚してるが、今中毒になったのはスマホのほう。


 ……読むのがただ楽しくていつまでも止まらない。

 こんな小説に会ったのは久しぶりだ。


 そのとき、胸のあたりがしくしくいたくなってきた。


 睡眠時間が足りないといつもこうなるんだ。


 ゲストパスは一般入場より早く会場に入らなければならない。開催地の幕張は陸の孤島で、電車で行くとやたら時間がかかる。


 今日はもうこの辺で寝よう。遅刻しちゃアニメーターのあいつに悪い。

 缶の残りを飲み干し、スマホの目覚ましのアラームを確かめて、耳元に置き、こんどこそ寝ようとタオルケットをかぶる。


 ……しかし、小説の続きが気になってまたスマホをつけてしまった……。


 この奴隷を買ってからの流れは卑怯だろうお前。ますます楽しいじゃないか。


 ……読んでて楽しいのが止まらない。

 結局俺は、朝までスマホとにらめっこをしたまま、布団でストロングを飲むことにした。



□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 この翌日、件のイベント会場で俺は異世界に飛ぶ。あの女達に召喚されてしまうのだ……。

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