第46話 慶屋プラモデルシリーズ MW:F = モノコックウェポンズ・フラウ MWF-002 ミセリコルデ
異界堂。
外観のたたずまいとしては、そば屋か質屋という感じ。
剣と魔法の中世ヨーロッパにエスニックが混ざった『なんでもアリ』のこの市場、この街にあってなお、この和風の店舗は異彩を放っている。
のれんが出ている。
営業中ということかな?
ここは俺の夢の中。
何を恐れることがあろうか。
俺は引き戸に手をかけ、中に入ってみることにした。
□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆
薄暗い店内だった。
天井にあるのは白熱灯だろうか? やわらかいがじりじりと熱い光が店内を照らしている。縁日を思い出すね。
店内は高めのリサイクルショップみたいな作りだ。
ガラスのショーケースが何列も並び、客はその合間を縫ってケースの中の商品を見ていくような配置になっている。
ケースの中を見る。
ゴルフクラブ。ガスコンロ。ブラウン管テレビ。ピンボールの筐体。ボウリングのピン。有名なゲームキャラのぬいぐるみ。家庭用ゲーム機もあるが、俺が生まれる前に発売された古い奴じゃないかな……。外国人が海外へ持ち出すのでビンテージが付いていると年上の原型師に聞いたことがある。
ケースの奥にあるのは見たことのあるものばかり……。それがただ雑多。というかスペースを惜しむように敷き詰められて並べられている。
とにかく適当に詰め込まれた倉庫か小学校のチャリティバザーを見ているような気持ちだ……。
足元はケースではなく棚になっており、商品が自由に手にとれた。
おもに食品。スナック菓子や缶詰なんかがよろしく無分別につっこまれている。スーパーの売れ残り特価品コーナーを思い出す。
おや、これは……。
普段から飲んでいるストロングなアルコール含有率のチューハイの缶があった。
思わず手に取ってしまった。
バッグの中に入れといたやつは先ほど空を飛んできた時に飲みきってしまったあとだ。風を切って飲むこいつは爽快だった。
今は無性にこいつが飲みたい。
いや、飲みたくてたまらない。
『ああ、そちらの酒は3000エンになります』
「えっ?」
ふいに誰かの声がした。
驚いて後ろを振り返るが誰も居ない。
バッグの中に潜ませた疾風をいつでも出せるように構える。
というか3000円てなんだ?
コンビニだって200円ちょっとでスーパーだったら150円代だぞ……。
『ああこれは、失礼』
俺が声の主を探しているのを察したのか、
『申し後れました、いらっしゃいませお客様』
声の方が自己紹介を始めた。
『私は当店、異界堂の店主でございます』
男のものとも、女のものとも、若いとも、年寄りともとれない何とも不思議な声だった。
声はすれども相変わらず姿は見えない。
『いかがですか? お懐かしいでしょう?』
「まぁ、懐かしいというか、いつも飲んでる奴なんだけど」
『あちらではそうなのでしょう。ですが。その飲み物は、この街ですと当店にしか在庫がないと思います。まぁ探せばあるかも知れませんが、あの市場をくまなく探すのは大変骨が折れるものです』
3000円。
約15倍か。
山の上の自販機のジュースが高いようなもので、夢の中ではそんなものなのか……?
幸い財布の中にはアメフェスでの買い物用に現金を詰めてある。
まぁ夢の中でメチャクチャな買い物をするのも面白いだろう。
俺は福沢諭吉を取り出した。
『あー。日本円。お客様。それでは駄目ですな』
「?」
『日本円は使えません。こちらの世界でも通貨の単位がエンなのではじめはみなさん混同されるんですがね……』
通貨の単位の呼び方が一緒で、違うものなのか……。
『こちらがエン金貨になります。1万エン金貨ですね』
カウンターの方から声がした。
レジカウンターがあったのか、いつの間に? さっきまで無かったような気がするが。
カウンターの上には代金を乗せる皿があり、その上に金貨が乗っていた。
『貨幣紙幣はそれそのものが大量に作られていますので、飛ばされてくる量も多いんです。ここでは通貨としては使えません。強いてあげればコレクターアイテムですかな、切手やお菓子のオマケのシールよりファンは少ないですが』
店主を名乗った声は思案するように唸る。
『日本円。例えば昭和62年の500円硬貨であれば……そうですな10000エン相当で買い取らせていただけるんですが』
財布の中に500円玉は2枚あったが、いずれも平成のものだった。
『残念ですが……いいや、せっかくいらしていただいたんです。ではこうしませんか? お客様がお持ちの3000エン相当のものを買い取らせていただいて、それでそちらの飲み物をお買い求めになってはいかがでしょうか?』
「買取か」
なんだか、秋葉原にフィギュアを売りに行ったときを思い出すな。
ネットオークションで売れる相場より大分安く買い叩かれたが、それでも即金が必要だったので背に腹は変えられなかった。(家賃が払えなかったからな)
ここでもそうなることは容易に想像がつくが……。
しかし、あの缶チューハイ。3000円だとしても無性に飲みたい。
結局家の鍵につけていたキーホルダーを3000円相当で買い取ってもらうことになった。
あるゲームの限定特典なんだが、この夢の中でもファンが多いらしい。使用感があるがいいのか?
キーホルダーをカウンターに載せると、いつの間にか消えていた。
『では確かに。それではそちらをお持ち下さい。また、何かありましたらいらしてください。スマートフォンやタブレットなど、高値で買い取らせていただきますよ?』
この声だけの店主。俺のカバンの中が見えてるんだろうか……。
なんだか気味が悪くなったので、店を出ようとする。
そう思った瞬間に、強烈に見覚えのあるものが視界に飛び込んできた。
ショーケースの中でも目立つところに飾られている四角い箱。
「これは……!」
M・W・F = モノコック・ウェポンズ・フラウ MWF-002 ミセリコルデ……。疾風と同じシリーズの商品だ。
『あーさすがお目が高い。それは小さなゴウレムを組み上げられるプラモデルというものです。いや、これは異界の方には釈迦に説法でしたかな?』
よく知ってる。よく知ってるさ。そいつのことは誰よりも。
しかしミセリコルデがケースの中にあることにも驚かされたが、さらに付けられた値段を見てたまげた。
「150万円ッ!?」
自動車が買えちゃうぞ……。
『はい、かなり勉強させていただいています……が、残念ですがそちらは既に売約が済んでおりまして』
5000円。量販店で買えば3000円で買えるものが150万……。
いや、通貨の単位の読み方が同じだけで実際の貨幣価値は違うんだろうが、それにしてもなんなんだ……。
しかも売約済みって。
誰が買うんだ?
狐につままれるっていうのはこういうことを言うんだろうか?
俺は声だけの店主に見送られて、異界堂をあとにした。
□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆
眼下ではゆっくりとゆっくりと、川の水が流れていく。
巨大な運河だった。
俺は運河に掛かった石造りの橋の欄干、手すりだな、それに両手を乗せて、アルコール9パーセントの缶チューハイを傾けていた。
背後の橋は通りになっていて、ひっきりなしに馬型やら巨大な昆虫型のロボットが自動車よろしく行き来している。
高速道路下の日本橋を思い出すね。
なんだろうなこの夢。妙にリアルだし。川の水のにごった匂いも感じるし、酒の味もする。
しゅわしゅわとした炭酸が舌にやけつく。
夢っていうのは起きればすぐ忘れるものだが、この夢こないだからはっきりと覚えている。さらに途切れた地点から、そう、夢の中で起きて続きを見る。
まるで意識だけが異世界へ飛ばされたように……。
「まさかね……」
俺はふいに思いついたある考えを振り払った。
いくらなんでもバカげている。
あの異世界ものの小説サイトの読みすぎだろう……。
俺が思案にふけっていると、後ろに立ちどまる人影があった。バックから覗かせた疾風の視界がそれを捉えていた。
「あれ、すみませんが、日本人じゃないですか?」
思わず振り返る。
立っていたのは山岳用のジャケットをかけた、あごひげの男だった。
それがムトーさん。
武藤柔兵衛氏との、この世界での出会いだった。




