第42話 この屋敷は駄目かもしれない
「カラスマさま……」
名前を呼ばれた。
最初は俺=疾風の存在がバレたのかとヒヤッとした。
だがどうやら違う……と思った。
うつ伏せで俺の名前を呼んだからだ。
「すぅー……………………はぁー……すぅー……………………はぁー……」
途中で息が止まったのか? と心配になるような深呼吸だった。
ルナリアは羽織っていた俺のサマーセーターをまくらに巻きつけた上でベッドにセッティングし、その上にダイブして抱きしめ、その上で……、
「すぅー……………………はぁー……すぅー……………………はぁー……」
思い切り吸っていた。
……。
……ええッ?!?!
「んー、んんー?」
俺の服を巻き付けた枕をまるで宝物を探すみたいに丹念にかぎまわり。
「ふぉぉぉぉぉ。ふぉぉぉぉぉぉぉッ」
テイスティングか……。
「やっぱりここ。ここがいい……」
お気に入りのポイントを見つけて頬擦りしたあと、全身で枕というか俺の服をくるむように抱きしめ……。
「ふぁぁぁ……カラスマさまッ……ああカラスマさま……いゃんカラスマさま……カラスマさまったら……ふぉぉぉぉぉぉぉッ」
俺=疾風は、そっと窓から外へ出た。
これは夢だし。
夢に整合性とか理屈を求めてはいけない。だいたい夢とは支離滅裂なものだ。俺は心理学者ではない。一介のおもちゃ業界で働かせてもらっているサラリーマンだ。心がだいぶ参っているのだろう。
メンタルヘルスに一度電話をして予約を取ろうとしたことがあった。……のだが、早くて2週間待ちだった上に、予算を聞いたら2万円程度の費用がかかると言われた。
2万円あったら、プレミアムな玩具通販サイトで欲しかった受注限定のおもちゃを買うか、たらふく食べて飲んで英気を養いたい、あるいは食欲でも睡眠欲でも満たせない欲求を昇華したほうが……と思ってやめていたのだが……、そろそろ一度自分を調べてみる頃合なのかもしれない……。
まぁ夢だし、次行ってみよう。
夢だし……と思ったんだ。いっそコレ、正面玄関から堂々と入ってみたらどうなるんだろう?
やってみた。
洋館の正面玄関、その扉は縦3メートルはあろうかという巨大なもので、そのまま自動車が乗り入れられそうな大きさだった。
だがその脇に使用人が普段使いで出入りするであろうドアがついていた。
普段使いの小さいドア。そいつを引くと開いた。鍵など無い。
無用心だな大丈夫か? と思ったのもつかの間。
なんで鍵がかけられていなかったのかよくわかった。
入った玄関に門番がいたからだ。




