第4話 バトルアリーナ第1試合 紳士のカラスマさん、女騎士を無傷で倒す!
転移門をくぐってアリーナ近くの転移門についた。付いてきたのはガーネットとルナリアとメイド長。チビ達は危ないのでルナリアの下げたバスケットに入っている。
転移門からアリーナまでの道は、お祭り時の神社の参道や、浅草の仲見世通りのように左右に露店がひしめき、そして、道一杯にアリーナ目当ての客が溢れていた。
どしん。どしん。
丁度、超巨大なゾウムシ型の旅客運搬用のゴウレムが大型バスよろしく観光客達を運んできたところだ。
足元を尻尾にほうきをつけた犬型の掃除ゴウレムがくぐりぬけてゆく。
筋骨粒々な巨人型の重機ゴウレムが、潰れた店を取り壊している。
ラクダ型のゴウレムタクシーが、転移門の前で客を拾おうと列を作っていた。
屋根の上を配達用の拡大造型伝書鳩ゴウレムがばっさばっさと飛んで行く。
そう、この世界では、魂を込めて作られた生物型の造形物が、制作者の意志と魔力によって動き出す、生きる彫像『ゴウレム』となるのだ。
もう一度話すが、俺のプラモデル達が生きているように動くのも、この世界に居るからだ。
俺達は通りの混雑にうんざりしながらようやくアリーナの前に着いた。チケットを求める列を無視して、VIP入口に向かう。
門番の一人が俺達の顔を見て中に駆け込んでゆく。
ほどなくして中に通された。
顔パスはいいもんだ。
うん、なんか認められてるって嬉しい。
VIP用の控室に通されると、支配人がフランクにやってきた。
「よぉチャンピオン色男! 今日も綺麗どころを連れてて羨ましいな」
審判長兼支配人のジャッジ・ザ・オーナーが俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「そうだろう。俺も見せびらかしにきたんだ」
「のろけやがって! ……このちくしょうがッ!」
バンとひときわ最後に強く叩かれた。
どうもガーネットに惚れていたクチの一人だそうだ。
「今から出られるか?」
と聞く。
「出られるかも何も……、お前と戦いたいってチャレンジャーが何日も前から逗留してるよ。それも3組。俺としては宿代が稼げてありがたいんだが、そろそろ戦わせてやらなきゃ可哀想でな」
「わかった、すぐに準備してくれ」
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アリーナとは、バトルアリーナという古代のコロシアムの様な施設だ。
剣闘士やゴーレムマスターが所属し、対戦して勝敗を決する。
殺しはご法度。どちらかが降参するか、審判であるジャッジが、勝敗を判定する。基本的に時間制限は無い。
試合には懸賞金がかけられており、勝った方が総取りに出来るルールだ。またどちらが勝つかを賭けるギャンブルも行われており、自信があれば自分の投票券を買う事もできる。
現世の日本で言うところの、競馬や競輪に近い娯楽施設だ。
第1試合。
俺は選手控室から、アリーナに降りた。
「がんばってねカラスマ」
「ケガ、しないでくださいね」
「お気をつけて」
関係者用の観覧席に居る屋敷の皆の見送りに手を振って応える。
試合と言っても実は俺が戦うわけじゃない。
<お父様、がんばりましょう!>
今回は疾風を連れてきている。
そう、俺はゴーレムマスター。
マスターとしてゴウレムに魔力を流し込み、思いのままに使う、いわば魔法使いだ。
戦うのはこの小さなプラモデル疾風なのだ。
疾風には専用のアーマーを着せてある。第二次大戦中の日本軍のプロペラ戦闘機を模した鎧で、この鎧をつけた姿こそが疾風のプラモデルとしての完成型なのだ。
このアーマーも俺の好みでかなり改造してあり、製品版には無いギミックを多数仕込んである。
アリーナではまさにジャッジによる呼び出しが行われていた所だ
『武者修行中で詳しい身分は明かせないが、チャンピオンを待つ間暇つぶしに出た試合では連戦連勝負けなし! 青髪の女騎士! シーマ!』
3メートルはあろうかという青い装備型ゴウレムの背に乗って、美貌の女騎士が入場してきた。
「あなたがカラスマか?」
「ああ、そうだよ」
「私はシーマ・リンネ・クーガー。こいつはクラッフェン=スポッター。剣闘ゴウレムだ」
やはりエルフだった。正確にはハーフエルフか。こっちの世界では人間族は遥か昔にエルフとの混血の末に居なくなってしまったそうでなかなか会う事ができない。逆に純血のエルフもわりと少ない。
ちなみにガーネットやルナリア、メイド長も厳密にはハーフエルフだ。メイド長は少し人間の血が濃いようで耳が丸めだ。
さて、シーマは見たところどっかの国の騎士らしい。武者修行中とのことだが腕試しで島の外からやってきたのか。
つづいて俺の呼び出しが始まった。
『美貌のシーマと対戦するは、我らがゲスのチャンピオーン。フェアリア型ゴウレム使いのカーラースーマーッ!』
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」」」
男衆からは歓声が。
「「「「カラスマ(中略)ねーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」
女衆からはブーイングがそれぞれ沸き上がる。
「この色魔ーッ」
「(中略)野郎ーッ!」
「シーマさん、はやくにげてーッ!」
内容は物騒だが、いずれも黄色い声だった。
「お前、散々な言われようだが……」
とシーマ。
……何でこんなになってるのか、それはすぐわかると思うよ。
『さぁ間もなく試合開始だーッ。オッズは1.2でカラスマ一強!』
「私も舐められたものだな」
シーマが青いゴウレムの背中に魔力を注ぎ込むと、ゴウレムの背中がばくんと開いた。
シーマは開いた背中にするりと入りこむ。そして中で鎧を着込むように手足をゴウレムと一体化させた。
シーマのゴウレムが内蔵していた巨大なバトルメイスを構えた。
ゴーンと、戦いの銅鑼が鳴った。
試合開始だ。
俺は、疾風の存在を意識し、そこに魔力を流し込むようにイメージする。
疾風の体が力強く浮き上がり、俺の目線の所まで上昇した。
疾風は飛んでいるのだ。
自分の作ったプラモデルが自分の意のままに、自在に動き回って何かと戦う。
ロボットのプラモデルを組んだことのある男の子なら一度は夢見る場面、俺も未だにワクワクが止まらない。
「せやあああああああああああああああーッ!」
シーマのゴウレムがずんずんと走ってつっこんできた。
俺は疾風に手を引いてもらい、それを横っ跳びで避けて思わず尻もちをつく。戦闘モードでは疾風のほうが俺よりよほど力持ちだ。
ずどん。
振り下ろされたメイスが地面に大穴をあけていた。
あんなもの喰らったらひとたまりも無い。
「ところでシーマ君、今好きな人とか彼氏とかと一緒に旅をしてたりする? ここに来たりするの?」
「そ、そんなものはいない! 私は武者修行中の身だ。じいやが一人いるが……。お前は何のつもりだ? 私に恋人がいたらなんだというんだ!?」
はじめは声が上ずっていたが、最後は怒りだしていた。
「そうか、居ないか。なら気兼ねはないな」
<お父様、お父様? チェストしますか? していいですか?>
「もちろんだ、チェストに行け! チェストに、ズドンと行って来い」
<はい! チェストします!>
疾風はその場で高速回転を始めると、一つの竜巻となって宙へ上がった!
「なんだと?!」
シーマが、メイスを構え直す。だがもう遅い。
俺の意識と疾風の意識が魔力の波の中でリンクする。
「チェストバスタアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
<チェストバスタアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!>
空中で龍のようにうねる竜巻が、今度はシーマの青いゴウレム目がけて急降下を始めた。
ガガガガガガガーッ!
竜巻が、青いゴウレムの胸にぶちあたった。
ガガガガガガガーッ!
「う、うわああああああああああああああーッ!」
今、疾風の構えるプラスチックの刀は、本物の刀よりも堅い硬度と、鋭い切れ味を帯びていた。
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この世界では、魂を込められて作られた生き物の像は、制作者の意思と魔力を受けて動く彫像ゴウレムとなる。
ゴウレムの強さを決定づける大きな要素は4つ。
1つは、ゴウレムそのものの出来栄え。彫刻が如何に生き物の動きざまを捉えているか、そして見るものの目をいかに魅了するか。魅了すれば、見たもののマナを無意識に吸いとることもできる。
1つは、作り手、ゴーレムマイスターがゴウレムに込めた情念。どれだけの魂、どれだけの情熱を込めて作られたものか。
1つは、乗り手、ゴーレムマスターとの相性。そのゴウレムがどのように動くかをより具体的にイメージできるほどゴウレムの動きは俊敏さと精緻さを増す。乗り手の思い入れ、思い込み、イメージの力次第では、粘土や金属で作られた肌を赤子のやわ肌のように柔軟なものに変化でき、真鍮の刃物にドラゴンを切り裂く切れ味を与える。
1つは、乗り手、ゴーレムマスターの魔力量。注ぎ込まれるマナが強く、大量であればあるほど、ゴウレムはどこまでも強くなれる。
異世界人である俺の魔力はここでは規格外だそうだ。
疾風はこの4つの要素が超高水準で満たされたプラモデルだ。並みのゴウレムでは到底太刀打ちできない。
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ガガガガガガガーッ!
「ひ、ひぎぃぃぃぃーッ!」
青いゴウレムの胸部装甲が、こまかいチリや粉になって周囲に散りはじめた。
「ちゃっちゃと片付けるぞ疾風!」
竜巻がえぐるように上を向き、青いゴウレムの胸から顔を舐めて空中へと飛びぬけた。
空中で竜巻をかき消した疾風が、刀を振るって俺に振り返りポーズを決める!
<胸部破壊!>
「胸部破壊!」
ぱりっ ぱりぱりぱりぱり……
ばしゃーん!
地面に投げつけたガラス瓶のように、青いゴウレムの胸アーマーがこなごなに砕け散った。
ぷるりん。
話は変わるが、今年の桃はたわわに実っていると聞く。
「いいピンクだ」
「な……なああああ……」
観客席の男衆から歓声があがり、
女衆からはブーイングと『カラスマ(中略)せ』コールが沸き上がる!
『(中略)せ』ってほんとひどくない……?
「お、おのれ卑劣な」
シーマがとっさに胸を隠した。頬もピンクに染まっている。
「安心しろ。今の技は良い具合に観客席からは先端が見えないように破片を飛ばした。見えたのは俺だけだ。戦う俺の特権だ」
「……」
「もう一度言う、俺はしっかり見せて貰った」
「こ、…こ、……(中略)す!」
シーマの駆るクラッフェンが片手で胸を隠しつつ、もう一方の手でメイスを構え直した。
「もういい、これほどの辱め、貴様の命で償ってもらう! 我がクラッフェンが隠し持つ秘技、貴様に……」
「あー、こほん。いいかねピンクくん。今撃った技は、疾風の必殺技の一つで、チェストバスターという」
親切な俺はここで自分の戦力をこのピンクに解説してやることにした。
「敵の胸のあたりを破壊して貫通させる剣でいうところの突きの技だが、今見せたのは本来の形ではない。チェストバスター・バストブレイクという胸アーマーのみを粉々にして吹っ飛ばすことに特化させた派生技だ」
「……そ、それがどうした」
「さて、疾風の必殺技はこれだけではない……。他にもLカッターとVブレイカーというのがある。なんで略字になったかというとあそこのダークエルフ嬢が疾風に変な言葉を叫ばせるなと怒るからだ……。俺としては技名を略すとイメージの力が弱まる、そうすると威力が弱くなるから正式な技名を使いたいんだが」
「……」
「ちなみにLから始まる言葉はライトニングとか、ライオンとか色々あるが。あっ! ランジェリーってのもあったなぁ。Lカッター。何を切るのかなぁ」
「ヒッ……」
「Vブレイカーだが、これもVで始まる言葉を略してある。V。ビクトリー。勝利を砕くという意味かもしれない。バイス。悪を砕くのかもしれない。そして、ヴァージ……」
「こ、降参だ! 私の負けだ! 頼む、助けてくれッ!! わ、私はその、まだ……」
「今ヴァージョンアップって言おうとしたんだけど、あれあれー? 君はなにと勘違いしたの?」
「う……」
「ヴァージ……んー、なんだろう?」
「う、ううう……うあああああああああああああーッ」
剣と魔法のエルフの国。
日本男児に生まれオタクとして育ち、この地の土を踏んだからには、一人でも多くのエルフ女騎士の恥辱に震える顔を見届けねばならない。
ごちそうさまでした。
「おい、ジャッジ?」
『勝者カラスマッ!!』
オオオオオオオオオオオオオオオオーッ
会場割れんばかりの歓声と怒号に、俺は腕を振り上げて答えた。
振り上げたこぶしの上にちょこんと乗った疾風が、両手を振って観客に答えている。
「さすがカラスマだ」
「ああ、俺たちにはとても出来ないことを軽々とやってのける」
「俺、男に生まれて本当に良かったぜ」
闘技場のアリーナスペースにいる控えの剣闘士やゴーレムマスター達の声が聞こえる。
「しかし女相手は本当にえげつないな……」
「なんであんなヤツのところに美人ばっかり集まるんだよ……」
「あいつのことだからきっと弱みを握って無理矢理……」
「やだズラ……ひどい最低ズラ……あたしら女の敵ズラよ」
「なんでも古代種族の生き残りで体のつくりが俺たちと違うとか……サキュバスが泣いて逃げだしたんだと」
「古エルフの森の今の族長は古代種族らしいぜ……13人も嫁が居るんだと。あいつもきっと……」
「襲ってきた女アサシンの一味をあっちのほうで泣かせて奴隷にしたらしいっぺ」
「超最低、人間のクズよ」
……聞えてるぞお前ら。後で誤爆のフリをして瓦礫の一つもぶちこんでおこう。
『やっぱカラスマちゃんが来てくれると盛り上がるなぁ』
ジャッジが嬉しそうに笑った。