第3話 異世界でプラモを素組みする
武藤さんが送ってくれたプラモデルが気になったので、屋敷の工房に顔を出すことにした。
ガーネットも様子を見たいというので付いてきた。足元にはチビ達3人が歩いている。
工房は現世日本の学校の教室ほどのスペースがある。
部屋の大半を埋める大きな作業台が置いてあり、そこに獣人たちとエルフたち20人ほどが入って作業をしていた。全員女なのは偶然……いや違う、俺は元々人を使うのがすごく苦手で、男の部下にはよく舐められる。だから、女の部下を集中して雇った面もある。
こうやってください。
従えません。
じゃあいいや、自分で全部やる。
こんなやり取り、日本でいくらやってきたか……。
ここでは子供用のおもちゃのゴウレムを作っている。
我が屋敷の経営する土産物屋で売っているのだが、売れ行きはなかなか良い。
型に常温で固まる性質の液体を入れて複製し、複製した注型品は仕上げをして形をきれいにする。完全に乾燥したら塗装。工員達はそれぞれ班に分かれて作業を行っていた。
「御前様だ、工房長も!」
俺たちに気付いた獣人が声を上げた。
作業員達は一斉に立ち上がると、ガーネットに向かって礼をした。
「うむ」
満足げなガーネット。この屋敷、俺が来たばかりの頃は俺含めて5人しか居なかったからね。
「工房長にも礼……」
「あー、いいのいいの続けて続けて! ちょっと作業台の隅をつかわせてもらうよ」
頭を下げられるのは苦手なのでやめてもらった。分不相応な「俺は偉いぞ感」が染み付いてしまう。それは驕りとなっていつか自分の首をしめるものだ。
組織を運営するならば違う考えもあるだろう、正解ではないのかも知れないが、手探りでやってきた結果、俺はそう思っている。
武藤さんから届いていたのは、武器のプラモデル。槍・ランスユニットだった。
プラモデルを組み立てたことがある男の子は多いと思う。
車や戦車や戦艦のプラモが趣味として有名なところだが、近年はアニメのロボットを「プラモデルの代名詞」としてイメージする人が多いかもしれない。
ロボットプラモの世界もここ数年でだいぶ様相が変わってきている。
一昔前はプラモデルを買い、箱を開けて組み立ててしまえばそこでおしまい、あとはポーズをつけて飾ったり、敵役のプラモと頭の中で戦わせて遊ぶだけだったのだが、
さらなる遊び様の一つとしてカスタマイズという概念が推されるようになった。
カスタマイズとは要は改造のことだ。追加の武器や装備、トゲやツノなどのディティールパーツを購入し、消費者各々が自分のプラモデルに取り付ける事で、自分好みの世界に一つだけのプラモデルへと作りかえることができるのだ。
武藤さんから届いたのは、カスタムパーツとかグレードアップユニットとか言われるばら売りの武器やパーツのひとつで、「槍・ランスユニット」という商品だった。
パッケージを見ると疾風達と互換性のあるシリーズだった。
カスタマイズと同じ様に最近流行しているのが、美少女型のプラモデルだ。
美少女の素体に、メカのアーマーを着せて武装させるのが主な遊び方で、ロボットのパーツを取り付ける事でさらにカスタマイズできるように設計されている。
<お父様、はやく組み立ててください!>
<ふおー、たのしみなのー!>
<父上! なんかそれものすごくかっこいいであります!>
朝から騒いでいるこいつらも、そんな美少女プラモデルの一種だった。
女の子を自分好みにカスタマイズってなんかエロティックだよね。
作業台には俺とガーネットが隣り合って座っている。台の上ではチビ達3人がプラモの完成が待ちきれないでガチャガチャと動いている。
「ほら、組立ての邪魔になるからいい子にしてるんだ」
<<<はーい>>>
説明書とニッパーなんかの工具を広げ、プラモのパーツの付いたランナーをガーネットの前に並べた。
「ガーネット、説明書の2番のとこのパーツを切り出して集めておいてくれ」
「ああ任せておけ!」
俺は1番のパーツを先に切り出して、組み立てに入った。
最近のニッパーは性能が良いので、デザインナイフを当てる手間がかからない。プラモデルの面倒さはパーツを探す手間にある。
それはガーネットにやらせているのでストレスフリーだ。
ランスのプラモデルはパーツが少ない。15分ほどで組み上がった。
馬上槍。
かのドンキホーテが持っているような円錐形の衝角がついた突撃武器だ。
騎士は馬上でランスを持ち、相手に突進して戦うという。騎士の従者であった青年が、亡くなった騎士のフリをして正規の騎士になるのを目指す青春映画で、ランスを使って同時に突撃し、相手を落馬させること競うを馬上試合を見たことがある。
「騎兵と言えば、ちぃネットだな。ちぃネット、これをつかってみろ」
ちぃネットはランスを受け取ると、ひゅんひゅんと振り回し、最後はバトンの様に回転させた。
<父上、なんだかこれすごくしっくりきます! まるでもともと、最初から持って生まれてきたみたいです!>
「お前は騎士で馬に乗って戦う感じだからな。俺の中でのお前の設定にも良く合ってる。これはお前が使うといい。あとで背中に取り付けられる様に改造しよう」
<わあああ! ありがとうございます父上!>
「素敵よちぃ、今度槍術の練習を一緒にやりましょうか?」
<ガーネット母上と! やったであります! 一緒であります!>
目をキラキラさせるちぃネット。
それを見て、コルデがほっぺたをぷーっと膨らました。
<んもー! いーーーやーーーーなーーーのー!! ちぃネットばっかりずるいなのー!>
そして机に大の字になって手足をバタバタさせはじめた!
<ずるいずるいずるいずるいずるいずるーい! コルデもほしいほしいほしいほしいもーん!>
「砲兵タイプのお前が槍もってどうするんだ? 騎兵のちぃネットが持つのがいちばんいいんだよ。馬も居ないだろが」
<やだー、ほしいのー>
暴れるミセリコルデをなだめるが、言うことを聞かない。
「お前にはこないだドリルミサイルをつけてやったろう!」
<ドリルかっこわるいなのーー!!>
なんてこと言うんだお前!
ここは面倒だが、叱らないといけないところかな……。
「父上、ここは私めにお任せ下さい。コルデを止めてご覧にいれます」
ランスを構えたちぃネットが胸をドンと張った。
止めてご覧にいれるってお前……。
「ちぃ、オモシロやります! ものまねでーす!」
コルデが泣きやみ、ちょこんと女の子座りをした疾風がぱちぱちと拍手をする。
ほう、何を見せてくれるのかな。
ちぃネットはランスにまたがり。ランスの持ち手を股にぴったり当てて、先の太い部分を股の前に出してぶらぶらさせたあと。
<ほーら、サンドワームさんが怒ったぞー! ずどーん!>
ランスをドンと水平につきだした。
「おい待て!」
<これだーれだ?>
<おとうさまー>
<カラスマパパー>
<せいかーい、父上のまねでしたー!>
<<キャッキャッキャ!!>>
と疾風もコルデも机にゴロゴロゴロゴロ転がりながら笑いころげている。
「起きたばかりのお父様そっくりですね」
「やーん、すごーい。サンドワームなの!」
「面白くないッ! それ全然オモシロじゃないからな! 女の子がやっちゃダメなやつだから! というかお前ら小学生か!!!!」
いや、たしかに今の知能的には小学生、それも低学年相当かもしれない……。
現世の日本でも春日部に似た町を舞台にした国民的家族モノのアニメで、主人公の幼稚園児がぞうさんにみたててぶらぶらさせてたっけ……。
「サンドワームって…」
20人の女従業員が全員ドン引きしていた。
一斉に俺の顔を見た後、一斉にガーネットを見る。
「……サ…サンドワーム………」
ガーネットは獣人の工員達からの視線を浴びてぷるぷるしている。赤面ばかりか真っ白い耳まで真っ赤に染めて。
獣人たちとエルフ達はガーネットの様子を見てひとしきり察した後、再度俺を見てきた。
畏怖。懐疑。羨望。恐怖。戦慄。不潔なものを見る目。
さまざまな感情が見て取れる。
これは、これはひどい……。
さっきまでのスローライフ空間を返してくれ……。
というか工房長の尊厳ピーンチ!
「サンドワームですって」
「いくらなんでもサンドワームって、ねぇ」
複製作業をやっていた獣人達がドン引きしつつ、ヒソヒソ話している。
何が悲しくてプラモデルにこんな屈辱をうけなきゃならないんだよ……。しかもこれ、俺のあだ名がサンドワームさんになっちゃうの確定だろ。
……それよりも今はやることがあった。
「おい、ちぃネット……。……それ絶対ルナリアの前でやるなよ……! 絶対だからな!」
あいつ怒るから……。
「だーんーなー様ーっ!」
いつの間にか入口に立っていたルナリアが扉をバンと叩いた。壁ドンならぬ扉バンだ。
あまりの剣幕に俺ばかりか、ガーネットに工員全員がビクッと怖気づいている。
作業台を叩かなかっただけ冷静さは残ってる怒り方なんだろうが……。
「子供たちに変な事を教えないでくださいっていったでしょ! もうなんですか!」
「俺がやらせたんじゃないんだよ。ちぃネットがだな……」
「いいえ! うちの子達が、そんな下品な事を思いつくわけがありません」
前はこんなんじゃなかった。
どっちかっていうと引っ込み思案で自分の意見は言えないおとなしい子だったのに、このごろすっかり教育ママになっちゃって……。子育て?? は女を強くする……のかな。
自我の芽生えたプラモデル達に、ルナリアが言葉を教えているうちに、いつの間にか我が子に対するような愛情が芽生えてしまったらしい。そして今は、我が子を立派なレディに育てるという責任感に燃えている。
「どうなのちぃネット!」
<だって、だって……母上達が、サンドワームさんみたいだねって話してたから……>
泣きそうな声でちぃネット。
「……」
俺はダークエルフの肩をぽんと叩く。
「おめえのせいじゃねーか」
従業員達の視線を浴びて、ルナリアの顔が、ぼしゅっと茹であがった。
「下品な事を考えてるのはママだったねー。つーかなんなんだよサンドワームって……」
実物は見た事無いが、砂漠にすんでるワームってのはわかる。
「……お前のその旺盛な想像力のほうが、よっぽどチビたちの教育に悪いわ」
「……う、ううう」
ルナリアが涙目になった。
…………。
「あー、言いすぎたよ。ごめんな」
<ちぃ、……なにか、なにか……悪いことをしてしまいましたか……??>
泣きそうな声で言うなちぃネット……。実はこいつは俺とルナリア、そしてガーネットが共作してつくったプラモだ。変なところで天然が入るのはルナリアによく似ちゃったよまったく。
「ちぃネット。お前は悪くないよ。ルナリアママとは喧嘩をしてたんじゃないんだよ」
作業員の獣人達もエルフ達も、ばつが悪そうにしている。
どうすっかなこの空気。
<お父様。私、おでかけがしたいです!>
ナイスアシストだ疾風。さすが長女だなしっかりしてる。
「……よし! 今からみんなでアリーナに行くか」
<<<アリーナ!>>>
アリーナと聞いて、チビ達3人の目が途端にキラキラしはじめた。
「カラスマ、私準備をしてくるから」
「だんな様、私も」
2人はいそいそと工房を出て行った。一刻も早くこの場を逃れたかったらしい。
<<<やったーやったー!>>>
「お前らもこいチビども。じゃあ皆、おみやげ買ってくるよ」
「「「「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」」
工房を出ると、廊下にまでひそひそ声が聞えてきた。
「……それでサンドワームって」
「……サンドワームですよ」
俺のあだ名。サンドワームになりそう……。