第29話 Q、『貴方は夢を見ています。夢の中で目の前に貴方好みの美人でおっぱいが大きな女性がトップレスで出てきました。貴方はそれを夢だとわかっています。貴方ならどうしますか?』 A、『何だその役満』
熱っ、熱っ、あつっ。
すっごい熱い、超熱い。顔の半分がメチャクチャ熱い。
刺すように熱い。
続いてじんじんする鈍い痛みと、口の中に鉄の味が充満してくる。
血ぃ出てる……。
何本かの歯がぐらぐらしてる感じがする……。勘弁してくれ歯医者に行く経済的余裕なんかないぞ……。
おっぱいは俺の顔面を蹴った後に『あ、しまった』的な顔をしていた。
恐らく無意識で体が反応したんだろう。
だから疾風も動かなかった。
ダークエルフは悲鳴を呑みこむように口元を押さえていたが、我に返って俺の所へ走ってきた。
そのままひざまくらで介抱してくれる。
「お姉さま! なんてことをなさるんですか! この方は私達を助けてくださったんですよ!」
ダークエルフは顔の腫れているほうに手を当てて冷やしてくれている。
「いや、でも……いきなり……胸を揉ませろだなんて……おかしいでしょ! どう考えても!」
「おかしくないだろ俺の夢なんだぞ!」
「……夢? 何言ってんのあなた?」
口というか顎というか顔がすごく痛いので若干おひゃひくないだろ……的にろれつが回らなかったはずなのだが、一応伝わったようだ。
「……なんで夢で顔面にローリングソバットを喰らわせられなきゃならないんだ……」
俺にマゾの趣味は無い。
みじめだ。
「俺が何をしたって言うんだ……。助けてくれってひっぱり出されてお前らを助けたんじゃないか」
「だからといってそんな破廉恥な言動を淑女に向けて良いわけがないでしょう!」
「自分で淑女とか言う淑女がどこにいるんだおっぱい。あ、……今思い出した!」
「何?」
「お前、俺に言ったよな? 『我が妹を、私の家族を助けてください。この身はどうなっても構いません』……こう願ったよな?」
なんだろう、前後不覚で聞いていたはずなのに今は一言一句間違えずに思い出せる。
まるで記憶にはっきりとスタンプされたように。
「それは……」
おっぱいも同様に思い当たるもの、フシがあったらしい。確実にそんなことを言ったとか願ったな、という顔をしていた。
「嘘だったのか……?」
「ええと……あの時は……無我夢中で……」
「そう……か……」
「いいえ、なんというか……」
「いいんだ。いい。……別に嘘をつかれるのには慣れてる」
ため息をつく。
「……会社だけじゃないか…」
目が痛みとは別の理由で熱くなった。
「……夢でまで俺は上手くいかないのかよ。夢の中くらい俺に都合のいいことをしまくったっていいじゃないか。俺には望みを、夢とか妄想の中ですら叶えられないのか……」
さめざめと涙が出た。
ダークエルフが涙をぬぐってくれる。
「け、……蹴られたくらいで男が泣くな情けない」
「……うるせえ痛いもんは痛いんだよ! あと蹴った当人が説教すんな! ばかおっぱい!」
「だからわたしはおっぱいじゃない!」
「あの……」
ダークエルフが片手を上げた。
「よろしければ私のおっぱいではだめですか? 姉ほど大きくはありませんが。一応、おっぱいです」
「「えっ?」」
俺とおっぱいエルフが同時にハモる。
「待ってルナリア! あなたもおかしいわ、どうしたの!」
「恩人に泣いて頼まれているのを無碍に断れないだけです。さぁ」
ダークエルフが俺の手に手を添える。
「……どうぞ」
「いや、どうぞっつわれてもな……」
「あなたも断りなさい!!!!!!」
地面を蹴りやがった。
「あ……はい……」
あまりの剣幕にたじろぐ。
「でも、貴方様はおっぱいが揉みたいのでしょう?」
「……うん」
揉みたい。すごく揉みたい。
揉みたいのだが……。
なんかこのダークエルフ、ルナリアに見つめられると、おっぱいを揉みたいという欲望が自然としぼんで、揉む以前に、触れてはいけないという気持ちになってくる。
純粋でまっすぐできれいな瞳だ。
正義感と純真さをたたえた眼差しだ。
この目に見つめられているだけで、石の下でひっそりと暮らしているゴミ虫の気持ちがわかる。俺は石をひっくりかえされて太陽の光の元に晒されたゴミ虫だ。
そして太陽は君だなルナリア。
名前は月っぽいけれど……。
教会で罪人の懺悔を聞く聖女のようだ。
己のこれまでのせこい悪行が思い出される。
ああシスター。ゲストパスで出展ディーラーと同じタイミングでアメイジングフェスティバルに入場できたのをいいことに、企業ブースの欲しくなった限定フィギュア販売に徹夜組相当の位置で並んで、お1人様3個までのフィギュアを上限の3個まで買い、2個をネットオークションに出品して定価より高く落札してもらい、1個の値段をまるまる浮かせるようなことはもうやめます……。
かつて純粋であった自分が29年かけていかにずるくどす黒くよどんでしまったのかがありありと思いだされ……アメフェス? ……そういや俺アメフェスの会場にいたよな……。
今回は特別なセリフの入ったプレート付きの限定フィギュアを買おうとしてたんだ……あれ?
何か大事な事を思い出せそうになった所で、ルナリアがつかんだ俺の手を……やめろ、それに近づけちゃいけない!!!
それは欲望にまみれた俺が触れてはいけないものだ。決して汚してはならない神聖なものだ。
一面に積もった初雪の銀に、自分が最初の足跡を付けるのがはばかられる。そんな感覚だ。
「私も武家の娘です。ですから私の……」
だからそれはどういう理屈なんだ!
……と思っていると、
「ええい、わかった!」
おっぱいがルナリアを遮った。
「ルナリア、家長として姉として。こんな男にあなたを自由にさせるわけにはいかない」
おっぱいが俺達の前にどすんとあぐらをかいた。
「揉め!」
胸を張った。
すごい……。近くで見るとやはりすごい……。
「おやめください御前様!」
と、メイド長。
起きたらしい。
「いや! わからん! (その理屈は)わからん!」
と、けもの。
「言うな。私も武家の当主。一度口にしたことは撤回はしない。揉め!」
「いいの?!」
「妹を助けた褒美だ。揉むだけだからな……」
「おお……、おお……」
「あ、ちょっと待て、その前にこの腕の手錠をそのゴウレムで外し……あっ……」
(中略)
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少々先の時系列の話をしよう。
疲れた。
ミセリコルデにドリルミサイルを取りつけてやっていたが、あいつがドタバタ暴れるもんでパーツをいくつか床に飛ばしてしまったのだ。困った奴だ。
工房中の床を中腰で探して、全部見つけるのに30分はかかったからな。
なんか甘いものはないだろうか。
キッチンを覗くとガーネットがボウルと格闘していた。
生クリームを泡立ててるのか。
こいつのメシは旨いんだが、なんか調理シーンが殺気立ってて怖いんだよな……。
「なんだよ、全然膨らんでないじゃないか?」
「クリームが悪い。全体がすぐ堅くなっちゃって」
「力任せにやるからそうなるんだよ、まだ泡立ててないのがあるな? 貸してみろ」
ガーネットから泡立て器を借りる。
「俺もあんまり料理は得意じゃないけど、こういう混ぜる系の作業は得意だぞ。空気と混ぜるようにかくはんするんだ」
レジンのA液とB液を素早く均等に混ぜて型に注いだりするからな。
「やさしくやさしく、時々強く。やさしくやさしく、時々強く。やさしくやさしく、時々強く。やさしくやさしく、時々強く」
「上手いものね」
「俺の手先がどんだけ器用かは、覚えているだろう? 体で」
「……」
「ほーら、ぷっくり膨らんで、しっかりツノが立った」
「……喋らないで……」
「ぷっくり膨らんで、しっかりツノが立ったろ?」
「……胸見ながら喋らないで……」
「生クリームのツノがしっかり立ってる」
「だーかーらー!」
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時系列が元に戻る。
「俺は今感動している」
涙が止まらなかった。
「こんな素晴らしいものに触れたのは人生で初めてだ。最高だ」
「そんなの褒められても嬉しくない……」
「しっとりとなめらか、すべらかでそれでいて、手のひらにはりついてくるみずみずしさ……」
「口に出してしゃべらなくていい……」
「今、この手のひらの中心に当た……」
「実況しないで!」
「とにかく最高だ! 最高なんだ!」
「ねぇ、もう……満足したでしょう……?」
「いや。まだだ。まだ『あえて』『半分』残しているのはお前もよく分かっているだろう……?」
「……」
「今からが、真のスタート! 今こそ両手で…………あれ?」
「……」
「……おやおやー、おやおやー?」
「……」
「不思議ですなぁ……」
「……ッ」




