第27話 チェストバスター
社内は常にうるさい。
『うわあああああーっ、ああああーっ、ひいいいいいいいいぃぃぃぃぃっーぃ!』
3Dプリンターの出力ヘッドが上下する規則的な音。光造形機の耳障りなウィーンという機械音ピシュンピシュンと光を飛ばす音。自動の彫刻機がABSを削る音。たまに旋盤機の前に立った誰かがガラスに爪を立てるか歯医者のドリル音もかくやという不快さで何かを削る。
『助けてくれッッッ! 謝るッッッッ!! 私が悪かったッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!』
玩具原型の世界では、ここ数年機械化が急速に進んでいる。原型師の机にはリューターやデザインナイフではなくCADの動くパソコンが並ぶようになった。最近の他の会社の現場は見ていないが、玩具やフィギュアの開発会社、設計会社とはだいたいこんなものだろう。
『借金もすべて帳消しでいいッッッッッッッッ、望みのモノも全部やるッッッッッッッッッッッッッッッッ! 領地も返すッッッッッッッッッッッッ! 金ならいくらでもッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!』
粘土をこねる時代はだいたい終わった。まぁ、それでも人間の手にしか作れない物は少なくないだろうが……。
目の前で削られてゆく透き通った緑色の塊を見ながら、俺はぼーっと職場の様子を思い出していた。今はCAD、つまりデジタル3Dデータを3Dプリンターや光造形機で出力するのが立体物、フィギュア、プラモ、玩具作りの主流になってきている。……原型師なんて職業はもう10年後には無くなっているかもしれないな……。
『お前達には二度と関わらないだからーーーーーーーーッッッッ!!!!! お願いだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッ!!! 助けてくれーーーーッッッッッッッッッ! これを止めてくれーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!』
職場で毎日聞かされている電動の掘削音。その騒音を思い出させるがりがりという不快な音にまじって、中年の命乞いの悲鳴が混じる。
『いやあああああああああああああああ嫌だーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ、死にたくないーーーーーッッッッッッッッッッッッ!!! 嫌だああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!』
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疾風の組み換えがあと一瞬遅かったら、俺はミンチにされていたかもしれない。
巨大な爪の一撃を疾風の2刀が受け止める。
疾風の土台になっているのは俺が突きだした拳だ。
それに遅れてエメラルドドラゴンが飛んだ時に起きた衝撃波がやってくる。
「きゃあ……」
ダークエルフが、悲鳴を上げて、風に煽られ俺から離れる。
「おっぱい! 妹をちゃんと守っとけ!」
「私、おっぱいじゃない!」
「おっぱいがおっぱいじゃないとか言うなおっぱい!」
俺の背中で、おっぱいがダークエルフの盾になった。
ちらっと見たけど、筋肉すごいなおっぱい。筋肉をつけるとしぼむと聞いたけど、しぼまない体質のもいるんだな。
おっぱいが大きすぎてバストサイズを控え目にする手術をしたテニスプレイヤーが居たなと思い出した。
『我がエメラルドドラゴンは完全に殲滅に入った! この暴走はもう私にも止められないぞ』
改造エルフは勝ち誇ったように笑っている。
俺はさっきからムカムカが止まらなかった。
この夢はもう、忘れた嫌なことばかり思い出させる。嫌なことには無理せず目を伏せる。それが賢い生き方なんだ。なのに……。そればかりじゃない。あの改造エルフの顔……あいつに似てるんだ……。
ドラゴンが突きだしていたツメをひっこめた。それが予備動作だと俺にはわかる。案の定もう片方のツメがつっこんできた。
正拳突きをする時は、ただ突くだけじゃなくて、突かない方の腕の肘をひきしぼって背中に引っ張るといい。すると、突く方の拳が自然と前にのびる。
リーチと威力が格段に増すと、子供の頃兄貴に付いていった体育館でやっていた日曜空手教室で教わった。
「応ッ!」
俺は疾風の2刀をその爪の炸裂に合わせてカチあげた。
ひぃぃぃぃぃぃぃん!
再度衝撃波がはしる。
爪と刃とが斬り結ぶ。お互い押し合って離れた。
若干手がしびれた。
距離を取った。エメラルドドラゴンの巨大なツメに、2本の細い線が入っているのが見えた。
全力で斬った! ぶちかましたはずだが、線みたいなスレ傷ができた程度か。
こりゃ本当に、とてつもなく堅いな。
だが、歯が立たないわけじゃない。
俺の神経は疾風と連結している。その神経は疾風に持たせた2本の日本刀の刃にまで繋がっている感覚がする。
爪が欠けるとなんだかじんじんしたりする違和感があるのがわかるだろう。
そういうのが……、違和感が疾風の刀には無い。
相手はわずかだが削れて、こっちには傷が無いということだ。
勝つ。やりようはある。
だが、次のドラゴンの動作はやはり俺が予想した通りのものだった。
ドラゴンが口を大きく開き、その中が鈍く光る。
ドラゴンとか怪獣定番の火吹き攻撃!
ブレス、いや、ビームか!
口から圧倒的な熱量の、あたり一面が真っ白になるような光の柱が噴出し、俺達に向けて圧しつけられた!
俺=疾風は、2本の刀の柄を合体させ、両方に刃のある1本のナギナタに変える。
そしてそれを超高速で回転させて盾を作った。
剣圧でビームの荷電粒子を吹き飛ばし、ビームの直撃を防ぐ。盾で防いだ場所から漏れ出たビームが周囲一帯を白く消し飛ばす。
森が蒸発していく。
俺一人なら他にやりようもあるだろうが、背中側におっぱいとダークエルフが居るのだ。
後ろを見る。
おっぱいが背を向け、ダークエルフをかばっていた。
くそ。俺が、盾にならねば。
しかし、釘付けはまずいな。
このままどうにか射線をずらして、……でもどうやってやれば……。
それは突然のことだった。
思案をめぐらせているうちに、エメラルドドラゴンの足元、後ろ足の地面が大きく、それこそ、両足を地面に沈めるように陥没した。
何かが地面を掘り進んで穴を開けた感じだ。
陥没した足のそばに、ぷはぁと地面にでてくる顔があった。
動物……? ……のコスプレをした女?
「ハウ! 無事だったのね! 大丈夫?!」
と、おっぱいが叫んだ。
「全然!」
動物コスが答えた。
足場が崩れたことで、ビームの射線が上手い事俺達の上へそれる。
丁度いいことにドラゴンの胴体もこちらに向かって倒れ込んでくる感じになっていた。
今だ!
「うおおーッ!」
地面を蹴って、前に飛び出す。
業界に入って社長に最初に教わった事は、言葉づかいだった。
会社の業務は玩具の開発設計が主だ。
社会人向けのホビーもあるが、大抵の玩具は子供向け、子供の心を育てるものだ。
ひいては命を育てるものだ。
だから他人の命をないがしろにしようとする単語は使うなと言われた。たとえ冗談でも、普段からそういった言葉が出てくるようになった人間は、玩具を作るのに適さない。
俺は普段から気をつけてそして実際にここ数年使っていないであろうその単語を今、この夢の中だけ、解禁しようとおもった。
「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!!!!」
俺は疾風を乗せた拳をドラゴンの胸に叩きこんだ。
もちろん、反対の肘はワキを引き絞って背中へ思い切りひっぱっている。
インパクトと同時に、疾風がスラスターを全開にする。俺の殴りつける力を乗せた疾風の全噴射。
2対の刀を突きあげた疾風がドラゴンの胸に刺さった。
突貫。
吶喊。
超全力の突きだ。
疾風の土台になって、役目を終えた俺の体が、
ぱしん、
切っ先とドラゴンがぶつかった時に生まれた衝撃波を食らって飛ばされる。ショックウェーブが俺の顔と体に当たる。結構痛い。
『なんだねそれは?』
全身全霊全力の突き。それでも、疾風の刀は2つの小さな小さなくぼみをドラゴンの外皮につけただけだった……。
「そんな……」
おっぱいが絶望の声を漏らす。
「いや、とっかかりとしてはこんなもんだろ! 上出来だ」
尻餅をついてケツが痛い。
刀を突きだした疾風の体は今もなお、スラスターを全開にしてドラゴンに向かって突き進み続けている。
エネルギーはやはり俺なのか……お陰でだいぶムカムカが晴れてきてるよ。
『何を無駄な事を、笑わせる!』
「回れ疾風。チェストバスターだ」
背中のスラスターの位置を時計回りの方向に揃え、手足に移動させたアーマー兼ブースターも解放する。
ブルーインパルスのバーティカル・クライム・ロール。
力強く氷上を華麗にスピンする、フィギュアスケーター。
トゥシューズを立ててくるくると回るバレエのプリマ。
そして……、職場の彫刻機のエンドミル。
俺の思い浮かべたイメージを受けて、刀を突き立てたまま、疾風の体がその場で回転を始めた。
ぎいいいいいいいいいいいい……がりがりがりがりがりがりがりがりがり……。
不快な音と共に、
刀の切っ先が、エメラルドドラゴンの外皮に沈みこんでゆくのが見えた。
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『バカなーッ、バカな、嘘だ! これはザ・パワー=テンだぞ! 最強のゴウレムなんだぞ!! 神話の時代から誰も傷を付けられなかったんだ!』
デカブツが七転八倒するたびに、地面が揺れて心臓に悪い。
緑色のドラゴンは暴走モードに入っていた。
自分に一番近い動くものを自動で破壊する。おそらくそういうプログラムだ。
だから想定してなかったのだろう、自分の外皮を突き破り内部を掘り進んでくる敵というものを。
爪や尻尾を自分の胸に打ちつけ始めた、自分で自分を攻撃し始めたのだ。
しまいには口のレーザーも自分の胸目掛けて撃ちはじめる。ドラゴンがゴリラのように胸をドラミングする様子はおかしかった。
そのせいで疾風の開けた穴から目に見えてヒビが広がり始めた。
エメラルドで出来ているせいか、半透明なのでうっすら中の人の様子が見える。大声で悲鳴を叫びながら頭をかきむしってる。制御ができないというから、脱出装置も作動しないんだろう……。
緑色の巨人の体内を掘り進んで、自分の体、あの軌道だと股間に迫ってくるこぶし大のドリル。ケツの穴から突っ込んで脳天に突き抜けるコースだろうな。
『助けてくれ、謝る、借金もすべて帳消しでいい、望みのモノも全部やる領地も返す! 金ならいくらでも!!! だから、 お前達には二度と関わらないだから!!!!!』
「そいつも暴走モードに入った、もう俺にも止められない」
さっきの改造エルフのセリフを真似てみる。
エンドミルで思い出したが、俺のエンドミル……結局誰が折ったんだろう。会社に着いたら俺がセットしてそのままにしていたエンドミルが折れていて、誰も名乗り出なかった……、まぁ俺も放置していたのが悪いし、名乗り出づらいとは思うが。放置といえば塗装用のエアガンを掃除せずに帰る奴もいる。腹が立つ。
じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィーン
回転数が上がった。
『やだー、やめてー、止めてー、やだー!!!!』
あのエルフ、やっぱりあいつにちょっと似てるな。富山出身のあの不倫原型師に。ムカムカすることを思い出してしまって頭に血が上る。
ぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
回転数が上がった。
「どうして……パワー=テンなのよ……なんで……!?」
俺のとなりではおっぱいが呆けたようにぺたりと座り込んでいた。
「あなたは、あのゴウレムはなんなの……?」
おっぱいの手錠をけものっぽい女の子、ハウが外そうとしているがうまくいかないらしい。
「ハウ、私達は大丈夫、この方が居てくださるから……。だから、メイド長をはやく助けてあげて」
とダークエルフ。
「……」
「どうしたのハウ、はやくメイド長を……」
「……。……わからん」
ハウが無念そうに首を振った。
「……そんな」
「……」
「……それじゃ」
ハウは無言で答えた。
あのビーム、かなり広範囲に拡散したからな。俺の周囲は盾で防がれたが、射線上にあった木や森は熱線によって消し飛んでいる。
……まさか。
「ああ……いや……メイド長……」
おっぱいが俺の脚に倒れ掛かってきた。泣いていた。
ィィィィィィーーーーーーーーーーーン。
回転速度が臨界点を超えるのがわかった。俺に湧き上がる怒りを、沸いたそばから疾風が吸い取って推進力に変えていく。だから頭は冷静だった。
『こわいこわいいやだ死にたくないよ、母上ー、母上ーッ!!』
半狂乱になった改造エルフの叫び。
「だめっ!」
ダークエルフが俺の腕に抱きついてきた。
だから頭は冷静だった? 違うな、吸われても吸われてもなお怒りがおさまらない。カッとなっていたが、ダークエルフの良い匂いとやわらかさにようやく我に返る。クールダウン。深呼吸だ。
「……いいのか? お姫様」
このダークエルフのお嬢さんは、本当にお優しい。まぁ、元々俺もそれをやるつもりは無かったんだが、……今ので一瞬迷ったのは認めるよ。
エンドミルになった疾風武装形態が改造エルフの股間に到達する瞬間、俺は疾風の軌道を直角に変えた。
「フィニッシュだ!」
そして最大出力を出すように命じる。
疾風は、改造エルフの股間にぶつかるかぶつからないというギリギリのところから、へそのスレスレ、みぞおちスレスレ、むね、喉、アゴ、鼻にぶつかるかぶつからないかというスレスレを一瞬で掘り進んで、ドラゴンの腹から脳天へ抜けるコースを貫く。
『ほぶっ……』
改造エルフがまるでズボンのジッパーに(中略)の先端を挟んでしまったような声を上げた
いっけねぇ……(中略)の先端と鼻の頭をすこしかすったかもしれない。
エメラルドドラゴンの体を腹から頭に食い破って、疾風が飛び出す。
みし、みしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみし……。
突き抜けた箇所から何百何千ものヒビ割れが広がってゆく。
上空へ突きぬけた疾風が、2刀を振るった。
四肢を伸ばしきって空にとどまる姿は、花弁のようだ。
ぱんっ。
その次の瞬間、エメラルドドラゴンの全身が粉々にはじけ飛ぶ。
それは丘を覆うように生えた綿毛をつけた種子が、強風にあおられて一瞬で空を埋め尽くすように。それは満月の晩に珊瑚たちがいっせいに粉のような卵を海流に放つように。
かつてパワーナインであった緑の粒子が、キラキラと空一面に昇天していった。
「あー、すっきりした……」
俺はその光景を見ながら、ずっとずっと胸の奥につかえていた何か悪いものが外に吸いだされて燃やされたような、そんなすがすがしい気持ちを味わっていた。




