表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/164

第22話 その気高き心は誰にも汚されない

「ルナリア! ルナリア!」


 指の一つ一つが、ドアのような大きさだった。


 ガーネットの最愛の妹は、今デン侯爵が乗る猛々しき翡翠の巨大な手の中に捕まっている。


「ああ忌々しい。この小娘が私の首を刺したのだ……このままひねり潰そうか」


 ルナリアを捉えた手のひらが、握られてゆく。


「……ッ」


「悲鳴も上げない。ますます可愛げがない」


「手向かいの出来ぬ娘一人に! なんと非道な!」

 ガーネットが吼えた。


「花嫁泥棒。しかも貴族の身柄を誘拐した大罪人。領地の主である私の裁量でどう処分しても誰に文句を言われよう」

 デン侯爵は不敵に笑う。


 人馬型ゴウレムルビーアイから投げ出された彼女は、なおもルナリアを助けるために立ちあがり、ルビーアイから生まれた馬上槍を構えた。

 巨大な緑の巨人を見据える。


「気に入らんねぇ。とくにその目つきだ」


 猛々しき翡翠がハエでも払うようにもう一方の平手を振るう。


 巨大な指に当たったガーネットの体が飛んだ。わずかに残っていたルビーアイの残滓である人馬の鎧は完全に砕けた。


 飛ばされたガーネットの体を侯爵配下の装備型ゴウレム、リビングプレートが受け止めた。


「そのまま支えてさし上げなさい」


 ガーネットの背に立つリビングプレートが両手で彼女の両腕をつかむ。両腕をひっぱる形でガーネットを持ち上げた。


 足がだらりと垂れて十字になる。磔にされているようだった。


 猛々しき翡翠がルビーアイの胴体部分を見つけた。首のない馬の体だが、それでもなお優れた彫像であることがわかる。


「見事な業物だな」


 巨大な緑の手がルビーアイの本体を軽々とつかみ、ガーネットの目の前に突きだす。


「やめて!」

 悲鳴を上げてしまったガーネットの目の前で、


 ぐしゃり


 と握りつぶした。


 赤い馬の胴体はもはや原形をとどめていない。


 ガーネットは己が立ち向かう心が砕ける音を聞いた。


 その彼女の前に、もう片方の巨大な緑の手が突き出された。


 手の中に居るのはルナリアだ。


 目と目があった。ルナリアはガーネットに微笑んでみせた。

 姉さま、心配はいりません。ルナリアは平気です。


「さてガーネット殿。今ならば私の温情で賊どもはどうとでもすることができる」


「……。……さま」

 うなだれたガーネットがつぶやく。


「何かな? よく聞こえない? おい、離してやれ」


 ガーネットを掴んでいたリビングプレートが、その手を離す。

 地面にガーネットが投げ出された。


 ガーネットはデン侯爵に向かって、両膝をつき、体で恭順を示す。


「旦那様どうか私のご無礼をお許しください。賊に寛大なご処置を、旦那様」


 打算の末の哀願。


 くちびるが震えているのが、自分でもわかった。


 プライドを捨て、敵に屈する。それを妹に見られている。


 こんな姿を妹に見られたくは無かった。


 デン侯爵はガーネットを見て満足そうに笑った。


「わが伴侶ガーネット女史は、どんな目に合わせようとも心の折れぬ強い女性(ひと)


 ぶるる、とガーネットの肩が震える。


「お前はガーネット女史ではない。……ああ! お前は偽者であったか! ああ、我がいとしの花嫁は哀れ賊にさらわれ、行方をくらませてしまったのだ」

 芝居がかった声を出す。



「おのれ……」


 怒り。

 わずかにともった反撃の火を消すように、ガーネットの肩を装備型ゴウレム、リビングプレートが押さえつけた。


 リビングプレートの背後に隠れていたデン侯爵の配下達が姿を見せた。ルナリアのゲートキーパーに破壊されたリビングプレートに乗っていた4人だ。下卑た笑いを浮かべてガーネットの手を抑える。


「そいつは何をしでかすかわからん。首輪もだぞ」

「はい!」


 侯爵の配下の男達は馴れた手付きで、ガーネットの首に鉄の輪をはめ、彼女の腕を後ろ手にして手錠をかけた。

 首輪と手錠は背中で鎖で繋がれている。


 ガーネットはデン侯爵を睨み付ける。


「それでいい。もう一度折る愉しみが増えた」


 その態度が侯爵の嗜虐心を満足させたらしい。沙汰が決まったようだ。


「賊どもよ。お前たちには揃って私の経営する娼館で働いて貰う。なぁに客は皆、一度は夜会で顔を見たことのある名士たちだ。とびきり高給取りだから、お前たちの作った負債などすぐに返せる。そして私への無礼の数々帳消しにできるほど私を満足させる分稼いだら自由にしてやろう」


 ワイングラスに注がれた美酒を愛でるが如く、ルナリアを閉じ込めた拳を猛々しき翡翠=デン侯爵は揺らして眺める。


「その時には顔も体も、いや心ですらすっかり変わっているだろうがね」


「旦那も好きだねぇ」

 ハングドマンが来た。頭に布を巻き、赤黒い血がはっきりわかるように布に滲んでいる。


「お前にしてはずいぶんてこずったな」


「タマをつぶされかけましたよ……そっちはなんとか守れたんですが、耳をふっとばされました。剥いただけで手はつけてませんが、こんだけやられちゃ、落とし前をつけさせなきゃならねえ」

 ハングドマンは拘束しているメイド長を指した。


「あいつは俺にもらえませんか?」


「好きにしろ。あの男爵の使い古しに興味はない」


「さっすが旦那だ。話がわかる」

 ハングドマンは手を叩いた。


 勿体ねえ、女の良さがわからねぇとは……、でもおこぼれに預かれるんだから……ここはありがたくな。


「さて」

 猛々しき翡翠=デン侯爵は、捕まえたルナリアを器用に巨大な指でつまむ。


「この猛々しき翡翠、ただ巨大で頑丈なばかりではない、おどろくほど正確な動きも出来る」


 猛々しき翡翠のもう一方の腕が、ルナリアのドレスに指を添わせる。

 そのまま、ルナリアのドレスが引きちぎられた。


「ほら、このように」


 股間を隠す下着を残して、ルナリアの褐色の肢体があらわになる。


「今回は上手くいったかな? いやなに、前に試したときは乳房も飛ばしてしまってね。長く愉しむつもりが使い捨てになったものでね」


「……」

 ルナリアはまゆ1つ動かさなかった。


「これから何をするかわかるだろう? 娼館できちんと働けるかどうか、今から私自ら調べてあげよう」


 猛々しき翡翠=デン侯爵はルナリアを放り出す。ルナリアは地面に落ち、その体が一度だけ跳ねた。


「押さえつけろ」


 デン侯爵の命令に従って、屈強な4人の配下がルナリアの四肢を掴んだ。


 酒臭い。嫌なにおいがする。

 肌が赤くなるほど掴まれていたが、その痛みなど気にならなかった。なによりルナリアが嫌に思ったのは、下卑た視線と息遣い、にやけた笑い顔だった。


「ギャラリーは多い方が興奮するぞ?」


「けっ」

 と、シ・ビャッコはツバを吐いた。……見るに堪えない。


 自分たちの部隊、多くの姉妹を前線に残して逃げたハウ。裏切り者のハウは、緑の巨人に踏み潰され、地面にめり込んでいる。まだ魔法鎧は無事だったはずだが、いくら頑丈な獣人の体でもああなってはもはやおしまいだろう。


「アタイは先に上がらせて貰うよ。代金はあとで屋敷に取りに行く」

 言って、シ・ビャッコは消えた。


 猛々しき翡翠が、ルナリアの前で膝をつく。

 緑の巨人ゴウレムの手のひらに乗って、デン侯爵がルナリアの前に降りた。


 大の字に抑えつけられたルナリアの両足の間に立つ。


「これはこれは……やはり美しい。実に汚しがいがある」


「侯爵ッ! おのれ下郎! おのれーッ卑怯者が!」

 暴れるガーネット。控えていたリビングプレートが首輪に繋がれた鎖を引き上げる。


 デン侯爵を睨みつけるガーネット。


 侯爵は腰に下げていたムチを広げた。


 ガーネットに向かって歩きながら、何度か地面を叩く。


 ぱしんぱしんとムチが乾いた音を立てた。


 びゅん。


 侯爵のムチが飛び、ガーネットの胸を打つ。


「うッ」


 ガーネットの胸のドレスを再度裂き、両方の乳房があらわにされた。


「そこでよく見ていろ、次はお前の番だからな。姉妹揃って、片時も忘れる事のできない日にしてやる」


「お姉さま……」

 ひどく落ち着いた、いや凛としたルナリアの声が響いた。


「涙を流し、悲鳴を上げれば、この男を喜ばせるだけです」

 そしてルナリアはデン侯爵を見た。


「かわいそうな人。なんて哀れな人」

 ルナリアのまっすぐな目には慈しみすらあった。


 デン侯爵の配下の者たち、そしてハングドマンがその落ち着き払った様子にたじろぐ。


 どちらが、どちらを威圧しているのかわからなかった。


 デン侯爵は笑い出した。


「そのかわいそうで哀れな男のものに、これから純潔を散らされるお前はもっと哀れだな」


 侯爵はシャツを開き、ズボンを下ろす。そして、下着を降ろして股を広げられたルナリアの前に立った。


 異様な物をルナリアは見た。


 拘束されたガーネット、そしてメイド長もそれを見た。そして無念そうに目を伏せる。


「こわいだろう? 私は魔力が低いんでね、全身に魔石を埋め込むことで魔力を補填しているんだ。こんなふうに、全身、くまなく、すみずみまで、いろいろな先端までね。……一生忘れられん痛みを刻んでやる」


「下衆の喚きなど怖くありません。例えこの身がどれほどの辱めを受けようと……、私は」


「無理をするな震えているぞ?」


(誰か。お父様……ッ)


 デン侯爵がルナリアの最後の衣服に手をかけた。


「おのれ! やめろッ やめてくれ!」


 何か手は無いのか?


 妹を助け出す手段は無いのか?


 自分の身はどうなっても構わない。

 神が居ないのならば悪魔にだって願っても良い。

 どんな犠牲だって払ってやる。


 だからどうか妹を。自分の一番大切なものを助けてくれ。




 覚悟を決めたはずのルナリアはだが、願わずには居られなかった。


 助けて


 誰か助けて


 たすけて


 誰か


 誰か


 誰か


 あらわにされたルナリア。


 ずんッ、ぶちんッ。


 その時だ。


 ふいに響いた大きな異音にデン侯爵がすくむ。


 手をかけたルナリアの下着から、思わず手を離した。


 ずんッ、ぶちんッ。


 何かが外れる音がした。


「なんだ?!」


 音はデン侯爵の背後から聞こえた。四肢をもがれ、頭をつぶされたゲートキーパーからだ。


「!?」


 ずんッ、ぶちんッ。

 ずんッ、ぶちんッ。

 ずんッ、ぶちんッ。


 ゲートキーパー。その胸の部分に施されたベルトの彫刻が、ずんッ、ぶちんッ。と音を立てて破裂してゆく。

 胸の部分がゆっくりゆっくりと開いていく。


 ずんッ、ぶちんッ。

 ずんッ、ぶちんッ。

 ずんッ、ぶちんッ。


 ゲートキーパー。


 門番の名前を持つこのゴウレムは、ガーネットの父親が先祖から受け継いできた古い時代のゴウレムだった。父の代では、村の社の門を守るゴウレムであったという。


 だが、このゴウレムが本当に守っていたのは別のもの、ゲートキーパーの名前が示す文字通りの『門』だった。


 それが今、ルナリア達、の前で開こうとしていた。


「これは……」


 ゲートキーパーの残骸の上に、ゲートキーパーよりも一回り巨大な、黒い半透明の結晶が静かに浮かんでいた。

 空間を歪めて、かのゴウレムの中に保管されていたものだ。


 黒い石は卵のように見えた。


 石は内側から時折七色の光をにじませて、ゆっくりと自転している。


「は、はああああああああ……?!?!?」

 石を見て驚愕の声を上げたのはハングドマンだった。


「転移石だと!? なんだそりゃ、なんだよそのふざけたデカさはよッ!」


 転移石。触媒。次元の門。


 色々な名前で呼ばれるこの結晶体だが、ガーネットは父からこう教わった。


 願い石。


 強い願いに反応してその持ち主の願いを叶えるという。


 願い石。間違えようがない。子供の頃、ビンの中に浮かぶ砂のような粒を父に貰った事があった。


 亡くなった母親に会うことを願ったガーネットは、その晩の夢で母に再会する事ができた。


 だが、目の前に浮かぶ岩のような塊は、あの砂粒の何万倍も大きかった。


 ガーネットは願った。

 どうか、妹を助けて。この身はどうなっても構わないからと。


『我が妹を、私の家族を助けてください。この身はどうなっても構いません』

 石がガーネットの声で喋った。その願いを復唱するかのように。


 ぴし。


 そして表面に一本の亀裂がはいった。


「これ、召喚……だよな……儀式が始まっちまってる!!」

 ハングドマンが青ざめていた。


「何を言っているんだハングドマン?」


「あれは、召喚の儀式に使う触媒です! 異界から何かを呼びこむやつです! あいつ! 何かを呼びやがったんだ」


 ガーネットはハングドマンと呼ばれた男を見る。奴は『召喚』と言った。これから自分は何かを呼び付けるらしい。


 ガーネットの脳裏をよぎるのは昨晩の夢だった。


 ゲートキーパーの中から悪魔が生まれ、自分達の胸にツメを立ててゆく。命を取られることを暗示したあの夢だ。


 だがルナリアを救えるのならばそんなものは惜しくもなかった。



『お館様、どうか御前様とお嬢様を! 先帝陛下、どうかヴァルナリア様を! そして我が盟友をお守りください』

 メイド長の声で石が喋った。

 

 ぴし。


 そして表面に一本の亀裂がはいった。


『けものの神よ。御前様と皇女様。我が友を助ける力を。この命を差し出そう』

 ハウの声で石が喋った。


 ぴし。


 そして表面に一本の亀裂がはいった。


「お前ら、マジでなにやってくれてんだ!」

 おびえた顔でハングドマンがガーネットを、メイド長を見る。


 メイド長は笑った。

 さきほどまで散々自分をいたぶっていた強敵が慌てふためくさまが滑稽なのだ。



「あの触媒のでかさ! 旦那やべえよ逃げるんだ! 街1つがまるごと飛んでくるか、とんでもない化け物がやってくるやつだよ!」


「それで?」


「『霧の谷の女王』を呼び出して国が2つ消し飛んだのはおとぎばなしじゃないんですよ! 前の戦争で呼ばれた北の海の『星界生まれの恐怖』! あいつを呼んだ触媒よりもそいつはデカイ! やべえやつだ!」


「こちらにはザ・パワー=テンがあるのだ。何を恐れることがある!!」


「そのパワー=テンだってどっかから召喚されたかもしれないんですよ」


『こわい、こわいの……』


 泣くような声で、石が喋った。ルナリアの声だった。


『誰か、誰か助けて! お父様! 誰か! 助けて、助けて!』

 ルナリアの声で石が叫ぶと、亀裂が石の表面全てに走る。


 そして、そこから強烈な光と、風が吹きだした。

 吹きだした内側からの圧に耐えかねて、石はこなごなに吹き飛んだ。


 それでもなお、溢れだす光と風は止まらない。


「うおおおお?!」

「いわんこっちゃねえ、俺は辞めさせ……」


 強烈な光と風は誰もが立っていられないほど嵐の奔流となって、その場でぐるぐると渦を巻き、その場に居た人間を吹き倒してゆく。


「ルナリア!」


「お姉さま!」


 互いの姿を探すガーネットとルナリアは見た、光の奔流の中に居るあれは!


力なき者たちの絶望と無念。


それでも折れない少女の気高き心がついに発したか細い悲鳴は、

すり減ったひとつの魂をこの世界へと呼びよせた。


光と風。転移の渦の中心に現れた影の正体は?


次回「異世界の(元)原型師」 執筆快調!


死んだはずの心に怒りの血潮が通う時、空前絶後の俺TUEEEがはじまる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ