第21話 『アメイジングフェスティバル2017SUMMER』からの異世界転移
イベントの朝は早い。
睡眠時間は30分ほど。昨晩というか、今朝の酒が抜けないまま、夏とは言えまだ日の昇りきっていない時間帯に家を出ていつもと違う電車に長いこと揺られる。
出掛けに急に行くのが面倒くさくなる病気にかかったので家でストロングを1本空け、駅の売店で追加で一本買って長い車内で煽った。もちろんロングだ。
匿名掲示板に立っていたアメイジングフェスティバルスレと、小説投稿サイトを読んでいると移動時間は苦も無く消化できた。
現地の徹夜組は大変そうだなぁ。
待ち合わせの8時過ぎぎりぎりになって海浜幕張の駅に着く。イベントに向かう客やディーラーで改札まで人間が団子になっている。芋を洗うようだ。改札を抜けたところでアニメーターの友人が既に待っていた。
「すごいな。はじめてきたけどコミゲットくらい居るか?」
と友人。
「さすがにあそこまでじゃないけど、行列はあるよ。徹夜組と始発ダッシュは一緒」
会場となる大型ショーホールへ向かう道すがらそんな事を話す。アメイジングフェスティバルは盆と年末にある国内最大の同人誌即売イベントコミックゲットマーケットと比べて引き合いにだされることが多いが、1日の入場者数は1/3~1/4程度だ。
だがそれでも同じ場所に5万人超の模型・玩具マニア達やアニメファンがひしめきあうので、この手のイベントに慣れない人間が来ると軽いカルチャーショックを受けるだろう。
俺も実際、初めて参加した時にはすごいショックを受けたもんだ。渋谷駅前のスクランブル交差点なんか(上京して初めて行った時は驚いたもんだが)、目じゃないくらいの密度で人間がひしめきあったり列をつくったり、それでも目的のものを買うためにみんなお行儀良くしている。殴り合いでも起きたらそれこそつまみ出されて買えなくなるからね。
8時半すこし前。ショーホールに着くと一般入場を待つ来場者の長い列が伸び続けていた。
その列を尻目にショーホールの建物の中に入る。ゲストパスの入場手続きをして、関係者受付を通ると会場内だ。
このイベントでは、ショーホールのうち1~8番ホールまでをまるごと使う。
企業ブースのある123ホール、一般ディーラーの456、78ホールが大まかに区切られ、3つのエリアで行われる。456と78をわざわざ分けたのは開場後10分経過するまで2つのブロックをシャッターで閉鎖するからだ。
これは人気の限定商品やディーラーに客が集中するのを防ぐための事故防止の措置で、運営する老舗ガレージキットメーカー、今はテーマパーク運営もする総合商社の大海堂が長年の苦心の末に作られた防護措置だ。
俺たちが関係者受付から通された先は、456ホールだった。
開場まで残り1時間半。
ホール内では一般ディーラー参加者が届いた宅配便のダンボールを開封したり、自分のブースに完成見本を並べたりと、大慌てで設営を行っていた。
朝の空気のせいもあるが、鮮魚の市場にも似た独特の喧騒がある。
ゲストパスで入った人間は会場内の待機場所に9時半に集合しなければならないルールだ。
それまであと約1時間あるので、俺とアニメーターは別れて会場内を見物することにした。
俺は一般ディーラーブースの知り合いのところは会場後ゆっくり回るとして
(今知り合いと目が合ったけど……それは気のせいだ……。今は送ったガレキを引っ張り出してて忙しそうだしというか。あー、だからもう現場での袋詰めはパーツの入れ忘れと入れ間違いがあるから! 危険だからやめとけって。あとで交換とか補填でパーツ送る時に手間と小銭がかかるんだから)、
客が居ないうちに企業ブースを見ることにした。
開場後の企業ブースの新作展示には総武線の通勤ラッシュもかくやというほど、文字通り身動きがとれないほどのファンが殺到する。この5年くらい、みんなSNSにアップロードするためにスマホで(マニアは一眼で)写真を撮っていくのでとにかく見物人! その流れのハケが悪い。
そいつを人が居ないうちに見ておくのはゲストパスの有用な使い方なんだが、……今回はそれよりもっといいものを見つけた。
2016年に日本中を席巻した怪獣映画のプロップ(実際に撮影で使われた模型そのもの)。それが展示されているではないか。
近くに居た秋葉原大海堂ホビーロビーの店員さん(この場では運営スタッフさん)に軽く会釈して、鎮座していたラストシーンを飾ったしっぽのプロップを拝ませてもらう。
原型製作は「あのお方」か。
ありがたやありがたや。
公開前に駄作確定とファンの間では当然のように打ち棄てられていたものの、いざ公開されてみると監督の評価を再度押し上げたあの大怪獣映画。
俺は恥ずかしながらビデオスルーを決めていた。だが、今日一緒に来ているアニメーターが「アレは絶対にネタバレを踏む前に見ろ! 一生後悔するぞ!」と初日の晩に脅してくれたため、俺もネタバレを踏まずになんとか2日目に見ることができた。
超大作だった。1作目や続シリーズへのリスペクト、敬意と愛とが詰まった。
換骨奪胎だった。それもまさに言葉どおりの。
あの店員さんがその怪獣のデザインのアイデア元となったゴーヤの複製品を売っていたのであとで買うことにしよう。でも3000円は高くない?
とにかく。
平成最後の名作怪獣のプロップと、あと趣味で大好きな名作ロボット格闘ゲームの主役機体の2メートルオーバーのディスプレイをほぼ誰も居ない状態で静かに鑑賞できたのは超眼福だった。
ゲストパスくれてありがとねセンム。還暦おめでとうセンム。
でもあの人今年60には見えないよなぁ。
ゴッドブレスカンパニーの展示はまぁどうせSNSに大量にアップロードされるので別にいいかと思い、あとの時間は78にいって、456をブラつくことにした。
デッドリーコアラ、オルトロスプロジェクト 寝屋川システム。
この辺が今のアメフェスの有力ディーラーなのかな。ディーラーブース前にはディーラーダッシュ(ディーラー卓を取り、開場前に会場に入場した上で買い物を最優先にする客層)の人ごみができている。鶴の城さんあたりは早々に抽選システムを導入したからそういうのないけど。
ちなみにゲストパスの待機場所にはディーラーダッシュをする一般ディーラーがゲストパスの人間以上の数、混ざってるから、あそこを会場前に摘発するだけでも相当な数の厄介な人を駆逐できると思うよセンム。
俺は一般卓の間を悠々と歩いている。
今回は戦艦の擬人化に加えてけもののアレと過去の偉人英雄が戦うソーシャルゲームが多いなぁ、なんて思ってた矢先……胸に激痛が走った。
胸を押さえてしゃがみこんでしまう。
なんだこれ? なんだこれ?
座っているのもつらくなって、その場にごろりと横になった。胸を手で押さえると多少はラクなんだが、とにかく刺すようにズキズキ痛い。
まぶしい、高い天井の照明が見えた。
直前まですれ違ってた人たちがビックリして俺を見てるのが見えた。
まわりのおとがぼやけてきこえだす……。
全身から脂汗、そう、冷や汗とかじゃない。あぶらあせが出てきたのが自分でわかった。
深呼吸しながら横を見る。
丁度設営を終えてブースに座っていたコスプレの女の子が、驚いて俺を見ている。布面積がやたら狭くて青と紫の服とは呼べない水着みたいの着ててそのキャラだれだよ。ウィッグ似合っててかわいい……そんなのは些細なことだ。
至極ささいなことだ!!!!!
重要なのは!!!!!!!!!!!!!!!!!!
この位置からだとパンツとおっぱいが見えるラッキー!!!!!!
アメフェスはコミゲットと違ってコスプレの衣装に関する規制に表現者への歩み寄りがある。
その女の子のコスはとても谷間が! たわわが! 谷間で! すごく! たわわで! 谷間だった!
思考がまともにできてないのが自分でよくわかった……。
今の自分を、別の自分がすこしはなれた場所から見てる感覚がする。
これもしかしてやばいやつか、もしかしかくてもやばいやつだ。
やめてくれ、視界がだんだん、どんどん、暗くなってく。最後に見るのあの立派でたわわなおっぱいでもいいけど……そうだ、
自分が作った気に入ってるプラモを見ながら、
なんとか動く手でかばんをまさぐり、疾風の入った100均のタッパーを引っ張り出す、
疾風、
人生の集大成であるこいつを見て、俺は……。
あーダメだダメだ、眠いなぁすげー眠い。寝たら。
さっきまで真っ暗だったのに、急に視界がまぶしくなった。まぶしすぎてまともに目を開けていられないくらいだ。
あー、なんかすごい光がまぶしい…それに風がゴーゴー吹いてて台風みたいだ……。
これ……やっぱ。
避けられないのかこれは。
あー、本格的にこれは……。
空に向かって落下していく感じがした。というか今現在進行形で味わってる。
あの、おっぱい、色白で、やわらかそうで、でかくて、最高だったなぁ。
あー、おっぱいが揉みたい。それも色白ででかいの!!!
揉みたい。
おっぱい。
おっぱい。
吸いたい。
おっぱい。
おっぱい。
おっぱい。
『……助けて』
おっぱいで頭がいっぱいだった俺の耳に、女の子の声が聞えた。
確かに聞えたんだ。




