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第20話 潰える希望

感想ありがとうございました。大変励みになります。今後も頑張って書いていきたいです。

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン。


 地響き。


 猛々しき翡翠(エメラルド)が拳を振り下ろしたのだ。


 地面が大きく陥没し、土砂が巻き上がって雨のように降る。それが終わると巨大なクレーターが出来ていた。

 

 飛び去ったガーネットとハウは難を逃れたが、地面を穿ったはずの猛々しき翡翠(エメラルド)自身が、自分で作ったクレーターに巻き込まれていた。


 猛々しき翡翠(エメラルド)を操るデン侯爵も力の加減が掴めないらしい。


「大丈夫!? ルナリア」

 ガーネットは背中の妹に問う。


「はい……!」


「振り落とされないようにしがみつきなさい」


 ガーネットは屋敷の食客であるハウを見た。


 生前、彼女の父親はハウを真の武人と言っていた。


 ガーネット自身、戦うハウを見たのは初めてだ。だが先ほどの戦い様を見るにその言葉に間違いはないと確信する。

 

 しかし、だ。


 どんな攻撃も一切受け付けない巨大な敵を前に、ハウはどう戦おうというのか?


 ハウは爪を失った手甲を広げると、


 ひゅうう。


 と、呼吸を整える。


「目障りだぞ! 獣人!」


 猛々しき翡翠(エメラルド)。砦がまるごと動いているようなその巨体、門のような大きさのその拳、正拳突きが落ちてくる隕石のような圧でハウに迫る。


 ハウは紙一重でその拳から逃れると、緑の巨人の腹にもぐりこんで両足を地面に降ろす。


 不動の構えで、ハウは開いた両手を、敵の巨人の腹に打ち込んだ。


 ぼん。


 掌底打ちだ。

 手のひらの腹を当てることで、外部へのダメージではなく内部へ直接衝撃を加える拳法の技だった。


 巨体が迫ってくる速力、圧、その全てが受け止めたハウの掌でせき止められたことでそれらがハウの手のひらから反復し、緑の巨人の内部に跳ね返ったのだ。


「ご…」

 緑の巨人の中からうめきごえが漏れた。


 ハウの掌を起点に、巨大な緑のゴウレムの体がU字に折れていた。


 たまらずに巨体が大きくのけぞった。


「そう、そういうことなら」

 ガーネットは駆る愛馬ルビーアイに魔力を送る。


「ルナリア、口を閉じていてね。舌を噛むから…」

 馬の背の妹は無言で、体を掴む手を締めることでそれに答えた。


「サジタリアモード!!」

 馬型ゴウレムルビーアイの頭部が変形し、ガーネットの上半身を覆う鎧となった。

 そしてガーネットの両足は馬型ゴウレムの内部に取り込まれる。


 ガーネットは馬の下半身を持つケンタウロスとなっていた。右手にはルビーアイの頭部から生まれた槍を構えている。


 操作型ゴウレムの派生である騎乗型ゴウレムと、装備型ゴウレムの長所を複合させた、稀代のゴーレムマイスター、テーロス師の技であった。


 人馬となり、大地を蹴ったガーネットは、高々と跳躍する。


 同時に、ハウもまた次の技を仕掛けていた。


 相手は建物のように大きな巨人だ。


「まほう!」


 ハウの両手がオーラに包まれると、ハウは再び両方の掌を背中までひきしぼり、気合とともに緑の巨人の腹に打ち当てる。


 異界。この世界の人々が呼ぶ地球、そのアジア地域ではこの術を発勁と呼ぶ。


 気や、気合といったものを掌から体内に流し込み、相手を内部から破壊する体術の技であった。この世界には魔力の流れが存在する。ハウはより確実な自分の魔力を敵の内部を壊すように打ち込んだ。


 その数秒『前』、ガーネットが空中でジャンプの頂点を越え、落下を始めていた。


 軍馬型ゴウレムの重さに自分の体重を乗せ、それをさらに落下の加速で倍化させる。


「メテオスタンプ!」


 踏み砕くのではなく、衝撃と振動を内部に飛ばす。

 そう意識して、緑の巨人の背中を踏みおろす。ハウが発勁を飛ばしたのとほぼ同時であった。


 猛々しき翡翠(エメラルド)。その倒れた巨躯が地面にめりこみ、その場所を中心に地割れが起こる。


 逃れていたハウを背中に乗せ、ガーネットはジャンプする踏み台としてさらに緑の巨人の背中を踏み潰し、再度跳躍する!


 ガッ。


 緑の巨躯がさらにさらにめり込み、地割れが広がった。


「これで!」


 わずかでも時間は稼げるはずだ。

 あとはメイド長と合流して、ひとまずこの場を離れればいい。


 完全にデン侯爵とは敵対してしまったが、家名を棄て屋敷の家族たちと生きてみる。それも悪くないと思う心の余裕ができていた。


 メイド長の実力は知っている。要人警護の現場に居続けてきた武人であり、その力ゆえに父親の行軍に同行を許されてもいた。デン侯爵配下の手勢にも決して遅れを取ることはないはずだ。


「まぁ……そうは上手くいかない。いっちゃいけねえよ花嫁さん」


 ガーネットが向かうその先からゆらゆらと歩いてくる集団があった。


 ずぼッ。ずぼッ。ずぼッ。ずぼッ。ずぼッ。


 ゆらゆらと。カカシのようなゴウレムの群れが、歩くたびにその数を増しながらガーネットの眼前に現れた。


 カカシのゴウレム達は御輿のような何かを担いでいる。



 先ほど声を発した男はその担がれた御輿の上に不敵に腰掛けていた。


 その男が腰掛けていた先を見て、ガーネットとルナリアは声を失う。


「あぁ、イイ椅子だろ……?」

 ハングドマンはガーネットの視線を受けて答えた。


 カカシゴウレムが担いでいた御輿は、同じくカカシゴウレムを組み合わせて作られた構造物だった。その構造物の形状は、分娩台が一番近かった。


「座り心地はすこぶるいいぜ……すごくやわらかい。少々くさいがな」


 メイド長は分娩台にくくりつけられた、大股開きにされたポーズで拘束され、ゴウレムたちに担がれて運ばれてきた。


 メイド長の白い肌は今は赤黒く、蚯蚓腫れを起こし、その服も、かろうじて残っているのは、下腹部、股間を覆う下着だけだった。


 ハングドマンが生気を失い、うなだれたメイド長のアゴに手をかけ、その顔をガーネット達に見えるようにした。

「安心しろ、パンツを取らずに出来る事を全部やって愉しんだだけだ」


 ごぉああああああああああああああーッ


 ハウが野獣のような雄たけびを上げた。相手を怯ませるウォークライではない。打算も計算もないただの純粋な怒りからであった。


 ガーネットの背を蹴って、ハングドマンの眼前に躍り出たハウの爪撃は、

 ハングドマンを捉えることなく、

 空を斬った。


 同じく飛び出したシ・ビャッコのとび蹴りによって、ハウは撃ち落とされていたのだ。


「ふざけるんじゃないよ。とどめをささなかったなんて舐められたもんさ」


 刺さなかったのではなく。刺せなかったのだとシ・ビャッコと暗殺部隊の生き残りの面々が知るのはしばらく後の話だ。


 蹴り飛ばされたハウは地面を転がる。


 それを巨大な緑の足が踏み潰した。


「ごは…」


 神殿を支える石柱のような足。


 その足に踏み潰され、ハウの体が地面にめり込んだ。


「ああああ……イタイイタイ。この猛々しき翡翠を通してなお、腹を小突かれるような。不快な痛みをよくもよこしたな」


 緑の巨人ゴウレム。虫でも潰すように、ごりごりと足を擦り付ける。


 ハウの体が地面に埋め込まれてゆく。


 ガーネットは迷った。

 メイド長を助ける、ハウを助ける、いやどちらも無理だ、2人が作ってくれた隙はなんのためだ、誰を生かし、誰を逃がそうとしてこうなった? ……ならば、ならば逃げる。逃げて再び挑み、2人を取り返す。


 その秒の数分の一の逡巡を、ハングドマンは的確に捉えていた。


 ずぼっ。


 ジャンプしようとしたガーネット=ルビーアイの後ろ足を、地面からつくしのように飛び出したハングドマンズが捕まえた。

 

 空中で止まるガーネット。


 ぼふ。


 そのガーネット=ルビーアイを巨大な緑の手の平がはたき落した。


「ぎゃ」

 ガーネットの体が地面にたたきつけられる。彼女の体は同化していた軍馬ゴウレムからはじきだされた。


「う……ぐぅ!」

 地面に転がされたガーネットだが、必死に受け身を取って自分を攻撃してきた敵に向き直る。


 次の攻撃に対処するため、体に染みついた反射だった。


 だが、ガーネットの目は敵ではない別の物をそれより先に探していた。


 妹は!? ルナリアはどこ!?


「ね……姉さま……」


 巨大な緑の手の中に、ルナリアの体はあった。


「ルナリアッ!」


 猛々しき翡翠(エメラルド)=デン侯爵は手の中のルナリアを舐めるように見た。


「美しい、これは汚しがいがある……」


次回ようやく主人公が再登場、そして娘さん達のいる異世界へと旅立ちます。

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