第19話 愛馬ルビーアイの拓いた活路!
視界を覆い尽くすような緑の巨体。
末端肥大。胴体に比べて極めて大きな腕と足。まるで『もぐら』かトロールのように体に比べてやたらに大きな手。片手で大人を握りつぶせるようなサイズだ。
地響きを立てて、砦か屋敷がまるごと動いているかのように『猛々しき翡翠』が歩を進める。
だがそれよりもはやくルナリアのゲートキーパーは動き出していた。
磔にされた姉、ガーネットを一刻も早く解き放つのだ。
ゲートキーパーの黒い機体がガーネットへとせまる。
どずん。
その前に壁のような緑の塊がふりおろされた。
「はははは、ざんねんー!」
猛々しき翡翠の手刀と、それに連なる腕であった。
「いいえっ!」
その腕に飛び乗ったゲートキーパーは、腕を駆け上って猛々しき翡翠の頭上に躍り出る。
「まだです!」
ふりかぶったバトルアックスを、
ぶぉん!!
叩き潰れよと無防備な脳天に叩きつけた。
がきん!
だが、
こなごなに砕け散ったのは、バトルアックスの斧刃であった。
「まだまだー!」
ゲートキーパーは、巨人ゴウレムの両肩に、それぞれ足をつけて着地する。
足で首をはさみこみつつ、背中にマウントしていた長剣を逆手に構えると、
喉元目がけて突きさした。
「ッ!」
ぼりん!
刃先は喉を貫くことなく、ひしゃげたのは長剣のほうであった。
そればかりか、パワーテン、猛々しき翡翠の頭には、首には、かすり傷一つついていなかった。
「そんな……」
まったく歯が立たない。
「上で騒ぐのはやめてもらおうか、君につけられた首の傷に響くんでね……」
猛々しき翡翠の巨大な指が、幹からカブトムシでもひきはがすように、顔にはりついたゲートキーパーをぶちりともぎ取る。
巨大な腕に捕まったゲートキーパーは首をつかまれた猫のようだった。
それでも両手両足を振るってもがく。
そのもがく様がデン侯爵の嗜虐心を刺激し満足させたらしい。
「部下達を潰したのはこの左腕かな?」
左腕をもぎとった。
「生意気にも逃げ回ったのはこの左足か」
左足がねじきられた。
「足蹴にしたのはこの右足だな」
くしゃりと、右足だったものが粉々に握りつぶされる。
「私の顔を傷つけたのはこちらの右腕か?」
殴りつけられ、右腕はひしゃげた。
ゲートキーパーの四肢がもぎ取られていく様、その光景を見せ付けられたガーネットは、自分の大切な妹が命の危機に瀕していると同時に、掛け替えのない父との思い出が潰されゆく光景を見せられる二重苦を味わされていた。
「この、イタズラっこさんめ!」
ぴんと飛ばした人差し指で、ゲートキーパーの頭部分は弾けとんだ。
「さぁあ、悪い子がいるのはこの胴体かな?」
ぎりぎりと締め上げられるゲートキーパー。
胴体。その中には、生身のルナリアが入っている。
「……」
「ははははは、泣け、叫べ、わめけ、命乞いをしろ。それともこのまま……」
その時だ。
ゲートキーパーを飛び越えて、猛々しき翡翠の顔面に一撃を食らわせた影があった!
「全然、わからん!」
血のように赤いジャガーの魔法鎧。それをつけた拳闘士、ハウだった。
のけぞる猛々しき翡翠。
「シ・ビャッコ。役立たずめ!」
ハウはそのまま両手の手甲の爪を開いて、巨大な敵、そのを顔を目を滅茶苦茶にひっかきまわす!
たまらずに、侯爵は残った腕でハウを引き剥がしにかかる。
と、同時に、ゲートキーパーの胴体を掴んだ掌に迫る、もう一つの影があった。
愛馬のゴウレム、ルビーアイに乗った、ガーネットだった。
そう、ハウは侯爵に飛び掛る前に、ガーネットを捉えたゴウレム達を斬り倒していたのだ。
解き放たれたガーネットはすぐさまルビーアイを呼び出し、その背に乗った。
軍馬ゴウレムルビーアイは、跳躍とともに、ゲートキーパーを捉えた侯爵の腕をしこたまに蹴りつけた。
たまらずに、はなす巨大な腕。
落ちるゲートキーパー。
そのさなか、コクピットを開いたゲートキーパーの中から、ガーネットはルナリアを拾い上げ、愛馬の背中に乗せた。
「ハウ! ルナリアを助けた!」
「小癪な!」
「わからんッ!」
猛々しき翡翠の胴体。
その前に×字に閃光が走る。
ぎゃきいいいいいいいいいいいいがりがりがりがりガッガッガッ!
ぎゃきいいいいいいいいいいいいがりがりがりがりガッガッガッ!
耳をつんざくような音が二重に響く!
ハウが巨大な両腕の爪で侯爵の駆る巨大ゴウレムを斬りつけたのだ。
だが。
猛々しき翡翠は無傷であった。かすり傷ひとつない。
そればかりか、ハウの両手の手甲の大爪が無い、けずりとったはずが、削られていたのは仕掛けた大爪のほうだった。
爪は刃先を失い、武器としての機能を失っていた。
「子猫のつめとぎかね! どうした? きずひとつつかないじゃないか?
あはははは! 無様なものだな」
「通じる手はもうないの?」
ルナリアを背中に抱きつかせたガーネットが、屋敷の警備兵であるハウに策を求める。
「いや、わからん」
ハウは不敵に笑った。




