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第12話 異世界の男爵令嬢(姉)の夢見

 ガーネットの結婚の日が迫っていた。

 ガーネットとルナリアはデン侯爵家へと出向く際のドレスを探していた。目当てのものは衣裳部屋の奥にあった。


「お母様の最後のドレスか。丁度2着ある。赤と緑、どちらがいい?」

「お姉さまには赤が似合うと思います」

「この緑は貴方の目の色に近いかしら」


 姉妹はお互いに着付けを手伝い合い、ドレスをつけた。

 そして二人並んで姿見鏡の前に立つ。

 ガーネットのほうがすこし背が高い。


 ガーネットは自分の容姿に疎い。透き通るような白い肌、背中のあたりまで伸ばした金髪。青い瞳にとがった耳。学生時分に告白を受けた際は、戦女神のようなあなたのお姿に一目ぼれしましたと言われたことがある。


 鏡に写る自分の姿を見て、ガーネットは自分の顔が死んだ母親に驚くほど似ていることに気付いた。美しく大好きだった母親。亡くなる前に父にドレス姿をもっと見せてやればよかったと悔やむ。


「……うふふ」

 姿見を見ていたルナリアが、ガーネットにドレスを見せるようにふわりと回った。

 ガーネットの白い肌に金髪とは対照的にルナリアは褐色の肌に銀髪。エメラルドの瞳。ガーネットが明るい太陽だとすればルナリアは夜の月のような神秘さを持っている。

 同じなのはアーモンドの形のとがった耳だけか。


「ドレスのサイズは大丈夫みたいですね」

「胸のあたりがすこし…いいえかなりきつい」


「私のほうは……胸のところはぴったりです」


「……」

「……」

 姉妹と言えど、お互いのバストのサイズ差には思うところがあるらしい。ルナリアは姉の大きな乳房を羨ましく思うし、ガーネットは男たちの下卑た視線を集めるしかない自分の胸がコンプレックスで、妹の主張するくらいの胸を羨ましくおもっていた。あと巨乳の悩みとして可愛いデザインの服が無い。軍人を目指していた頃は邪魔で仕方が無かったものだ。

 2人が心中で葛藤していたその時、ガーネットのドレスが「ばちん」と悲鳴をあげた。内側からの圧に耐えかねて、胸についたボタンがひとつはじけ飛び、べちっとルナリアの額に当たる。

「……」


 ルナリアが無言でボタンを拾った。


「ありがと。あとでサイズを調整しなきゃね……(この空気どうしたものかしら)」


 その時、開け放たれたドアをノックするものがいた。


「ごはん」

 警備兵の獣人ハウだ。


「今用意しましょう(ナイス。よくきてくれたハウ)」


 窮乏する男爵家にあってなお、食客のハウは何もしない。

 背はこの屋敷の中で一番低く、少々ずんぐりしている。虎か猫を思わせるような毛深い体で、手足は毛に覆われ、毛皮には黒い輪の模様が入っている。着ているのは自分の模様と同じフリフリのドレスだ。

 獣人の最大の特長は耳が4つとしっぽがあることだ。人間の耳の部分に人間のようなアーモンド型の耳が一対、そして頭の上に獣の耳が1対ついている。しっぽは尾てい骨のあたりから生えているらしい。


 ハウの役目は要人警護。ようは警備員であり、用心棒。客分待遇。有事の際には命をかけて戦うが、平事は一切何もしない。

 今日も何もせず寝ていたが、それは英気を養っているのだそうだ。

 メイド長いわく、仮に寝ていても周囲の異変がわかるそうで、伊達に耳が4つあるわけではないらしい。


「メイド長はどうしたの?」

「わからん」

 とハウ。

「さっき町に行きました。遅くなるので、昼の食事は外で済ませてくるとか」

 とルナリア。

 質草をみつくろって町へ出かけたのか。


 3人は厨房に移動する。

「朝の豆のスープが残っていたわ。これをいただきましょう」


 料理はハウを抜かした当番制。今のガーネットの唯一の趣味だ。いかに美味しく、そして材料をかけないかに腐心している。

 朝と同じ味付けではつまらないので、庭に生えていたハーブをあらかじめ干しておいたものを入れて味を変える。食べられる草とそうでない草の知識はずいぶんこの家の食卓を助けた。こういうの貴族としてはどうなんだろう……だが背に腹は変えられない。


「お味はどう?」

「まほう」

「そう。ありがと」

 魔法のように旨いそうだ。ハウは2杯たいらげると、食堂を出て居間に向かった。昼寝の続きだ。


「洗い物手伝いますね…」

 とルナリア。

「ねぇ、このまま2人でおやつでも作らない?」

 ベルン家の借金はすべてデン侯爵家が飲み込むことになり、四六時中追われていた金策の手間が無くなり、今は時間に余裕がある。

「私、パウンドケーキが食べたいです」

「いいわね」


 2人でエプロンをつけ、肩を並べて生地をこねるのは楽しかった。

 いつだったか、姉妹はメイド長と一緒に父親の帰還に合わせてケーキを焼いていたのを思い出す。


 最後の晩餐は思いのほか盛大になった。

 メイド長が気を利かせて、奮発してきたのだ。今ではめったに並ぶことのない肉や卵、果物がテーブルに広がっている。普段は飲めないワインも出てきた。


 メイド長は本来同じ卓には座らないのだが、ガーネットが命じて全員で料理を囲んだ。


 夕餉を終えて、入浴を済ませそれぞれ自分の寝室に帰る。


 ガーネットがベッドに入ったとき、枕を持ったルナリアが、扉の前に立っていた。

「今日はここで寝てはいけませんか?」

「あなた、そんな甘えん坊だったかしら」

 聞き分けの良い妹。手の掛からない妹だったが、今日はそれもなりをひっこめたようだ。気持ちは自分も同じだ。少しでも長く一緒にいたい。


 結婚式まではまだ日はあるのだが、明日からガーネットはデン侯爵家で寝泊りすることになっていた。

 本人は出戻る気でいるが、ひとまず今日がこの屋敷で暮らす最後の夜になる。


「いいわいらっしゃい」

「えへへ」

 2人で同じシーツをかぶる。

「これもなんだか懐かしいわね」


 その晩。ガーネットは夢を見た。

 あの夏の高原にいた。いるのは子供の自分ではなくて今の自分だ。

 ルナリアと、メイド長、ハウも居た。


 目の前に父の愛機、ゲートキーパーがたたずんでいた。

「なにが…?」

 将軍との一騎打ちで負った破損が痛々しい。破損した部分から、みるみるうちにヒビが走り始め、

ついに、ゲートキーパーはこなごなに砕ける。

「きゃあっ……」

 悲鳴をかみ殺した。


 ゲートキーパーが立っていた場所に人影が見えた。


 現れたのは黒髪に真っ黒い瞳の男だった。その目がぎらぎらと舐めまわすように自分を、そして妹を見ている。

 男が全身から放つ情念の邪悪さから、それの正体が悪魔なのだと、確信した。

「俺…ィ………セロ…。モットだ……俺……」

 悪魔はかぎづめを伸ばすと、その場にいたメイド長とハウに飛び掛り、つめを胸につきたてた。

 力なく倒れる二人。


 それでも飽き足りない悪魔は自分と妹の胸にかぎ爪のついた手を伸ばした……。


 心臓をえぐりとろうというの…。


 ガーネットはルナリアを抱きしめて庇う。


 だが抵抗むなしく、二人の胸に巨大なかぎ爪がつきたてられ……。


 ……。


 ひどい悪夢だった。


 寝汗をかいて飛び起きる。

 まだ朝は遠いらしい。

 となりではルナリアがすーすーと幸せそうに寝息を立てている。


 妹のほうは良い夢をみてくれているようだ。


「……お姉さま……」

 寝言だった。


「こわいけど大丈夫……痛いのはさいしょだけでした……だからにげないで……」


 ……。


 ……一体この妹はどんな夢を見ているのだろうか……。


 たいてい夢とは支離滅裂なものだ。脳が処理できない記憶を見せているだけ。意味はない。

 寝言に答えるのは良くないとも聞くし。


 汗ばんだ寝巻きをかえ、今度こそガーネットは眠りについた。




 翌朝。


 これからガーネットはデン侯爵家に向かう。


 メイド長が念入りにガーネットにメイクアップを施し、たけを直したドレスを着付ける。


「まぁ……」

 その美しさは、改めてルナリアが見惚れるほどだった。

「まほう」

 とハウが褒めた。


 ベルン家の扉を叩く音がした。

 全員で外に出ると、門の前には馬型ゴウレムが引く、立派な馬車が停まっていた。


 ガーネットは連れにきたデン伯爵家の召使に会釈をすると、

 家族たちに向き直った。


「行ってきます。では式でまたね」

 式の当日はルナリア達も呼ばれることになっている。

「お姉さま、お元気で」

「あとは頼んだぞ、メイド長」

「はい」

「ハウもみんなをよろしくね」

「わからん」

「そんなこと言わないの」


 ガーネットは馬車に乗り込み、馬車はゆっくりと歩き出した。


 馬車を取り囲むのは衛兵用のゴウレムたちだ。その数は8体。装備型で中に衛兵のゴーレムマスターが入っている。


 窓から、外を歩く衛兵ゴウレムの背中を見ながら、留置場に運ばれる囚人とはこんな気分なのだろうかと、ガーネットは考えていた。


 デン伯爵はベルン家からとりあげた領地に別宅を構えそこに住んでいる。

 別宅についた後、今晩の事を考えるとガーネットの気は重かった。


 別宅に向かう中間地点、森沿いの見通しの悪い道に差し掛かった時のことだ。

 ふいに、外の様子が騒がしくなった。

「後衛は隊列を乱すな! 前衛は展開ッ! 馬車にちかづけさせるなーッ」


 ゴガッ!


 鈍い音がし、それから大きなものが宙を舞って

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああーッ」

 悲鳴とともに飛び去っていく。

 遠くで大きくて硬いなにかが、ずしんと落下する音が聞えた。


「衛兵、これはなにか?!」

 ガーネットが窓から外を見て叫ぶ。

「馬車強盗であります。ただいま応援を呼びましたが、お逃げ下さぐわあああああああああああああああああああああああああああ」

 姿が消えたかと思えばそのまま叫び声がどんどん遠くなる。


「……馬車強盗!?」


 衛兵ゴウレムが、もう一体、また一体と宙を舞ってはべちん、ごちんとゴウレムだったものに変えられていく。


「我々は馬車強盗だ! その馬車金目のものが入っていると見た。貰っていくぞ」

 何かを通して叫んでいるのか、くぐもってはいるが女の声だ。どこか、いや確実に聞き覚えがある。


 馬車強盗を名乗ったその3人組の姿に、ガーネットの目は釘付けになる。 


 2人は覆面を被っている。

「手向かいをすれば手加減ができるかわかりませんよ?」

 片方はメイド服を着た大きな女。その乳と尻がただれたように大きいのに腰だけがきゅっと締まっている……。

「わからん。さっぱりわからん」

 もう覆面の片方は背の小さい、フリフリの服を着てしっぽの生えた獣人……。


 そして先ほどから衛兵ゴウレムを投げ飛ばし続けているあの熊のように大きなゴウレムは……。


 なんだかとってつけたような角やトゲが頭や肩に生え、マントを羽織っているがアレは……。


「ゲートキーパー……」


 ナゾの覆面集団のあやつるゴウレムは、ガーネットの乗った馬車を抱えあげると、馬車ごとさらっていった。

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