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第11話 異世界の男爵令嬢(姉)の悩み


 ガーネット・ベルンのため息が止まる日はなかった。


 執務室の机に広がるのは、ベルン家の資産の台帳だ。

 残りの総資産を把握するための何度繰り返したかわからないソロ盤を弾き終えてガーネットはこめかみを押さえて机にひじをついた。


 ……どうしたものか。


「御前様……」

 気が付けばメイド長が目の前に立っていた。

 メイド長は銀ぶちの眼鏡に泣きぼくろのある長身の女性だった。彼女は8歳のあの日に父が連れてきて、そのまま屋敷のメイド長になった。


 家庭教師=ガヴァネスとしてガーネットを指導したこともある。今は妹であるルナリア専属のガヴァネスだ。教師というよりどこかの校長に収まっていそうな貫禄がある。

 自分より10は年上のはずだが、そのプロポーションは初めて会った頃から一度も崩れたことはない。それどころかバストとヒップがより豊かになり、この頃ウエストはますます引き締まっているような気がする。 


「キイが、いとまを申し出てきました」

「そう…」

 この数ヶ月。メイドや使用人たちには給金を払えていない。それでも離職する人間が少なかったのだがは父親の人望だったと思っている。だが恩だけでは腹は膨れない。ついに今月になってひとり、またひとりと辞めていき、最古参のメイド長とハウを除けば、キイは最後のメイドだった。

 

「キイのお母上はご病気でしたね……」

「ええ、その看病のためにも実家に戻るいとまが欲しいそうで」

 ガーネットは胸につけていたカメオを外し、それを愛しそうにしばらく見る。

「これを…」

 メイド長に差し出した。

「いいのですかこれは……?」

 ガーネットが学生時代に後輩達から贈られたカメオだった。


「お給金と退職金を今少し待ってもらうためのつなぎです」

「ですが、こんな高価なもの……」

「今までよくやってくれたあの子を、このまま送り出すわけにはいかないもの」


 ベルン家がここまで困窮するようになったのには訳がある。


 軍のトップであるカタリナ将軍を相手に、突如父親が決闘を挑んだのだ。


「我はゲートキーパーの、オー・ウル・ベルン。貴殿に対し決闘を申し込む」


 乱心した父は愛機、「ゲートキーパー」を呼び出し乗り込むと、ゴーレムマスターの名乗りを上げて武器を将軍に向けたという。


「我は苛烈なる紅玉のオーグ・カタリナ。その決闘、受けよう」


 将軍もまた、自分の駆る国内最強の10体のうちの1体、ザ・パワーテン「苛烈なる紅玉」を呼び出し、同じようにゴーレムマスターの名乗りを返す。そして武器を向け決闘を受けたのだ。


「「互いの命、尽きるまで!」」


 かつて戦争で大きな武勲を上げ、国難を救った英雄と、彼を育てた将軍との一騎打ちである。

 

 父の駆る「ゲートキーパー」と、将軍の駆るゴウレム「苛烈なる紅玉」は、互いに装備型のゴウレムであった。通常のゴウレム同様、魔力を飛ばして遠隔コントロールすることもできるが、真価を発揮するには装着する必要があった。


 ゴウレムに魔力をこめて念じると、その背中が開いてマスターを体内に吸い込む。マスターは全身に鎧兜をつける要領で、ゴウレムと一心同体となる。

 

 この2体の戦いは一昼夜に及び、刺し違える形で父親が勝利した。


「見事なりウル・ベルン。……どうかベルンの罪をすべて許したまえ」


 絶命する直前にカタリナ将軍がはなった言葉は、王の耳にも入った。

 一命こそ取りとめたものの、父親もまた重傷を負い、二度と立ち上がられない体になっていた。


 貴族同士の決闘は重罪である。

 男爵家は取り潰しこそ免れたものの、莫大な罰金刑が科せられた。


 重傷を負い、領主として執務力を失った父に代わるため、ガーネットは軍属となる道を蹴って所領に戻ってきた。

 そうでなくとも司令官を討った大罪人の娘には、軍隊に居場所などなかったであろう。


 ガーネットは父を支え領主代行の任を務めた。

 領地を担保に借金をし、さらに私財を処分して国への罰金は支払うことができた。


 だが、折悪く領地を水害が襲い、徴収できる算段の作物や税を軽減せざるを得ないばかりか、備蓄食料を領民に開放しなければならなかった。

 そんな年が2年ほど続いた。


 ガーネットが学園を出てから5年の月日が経った。

 ついに父親が亡くなった。決闘時に受けた怪我が元で長い長い治療の末であった。


 父親の死後から1年。

 ベルン家の負った負債は増えるばかりであった。


 ベルン家の負った負債を肩代わりしたのがデン侯爵家である。

 父の存命の頃は中年の好好爺を演じてきたデン侯爵であるが、父が亡くなるや否やその本性を現し利息をつりあげてきた。


 領地は支払いきれなくなってきた利息のかたに次々と切り取られてはデン侯爵家のものとなり、今は領地を失って屋敷を持つのみとなった。

 それでも借金はいまだ完済できず、利息は日に日に増えていく。

 ベルン家の台所は火の車。使用人達に給金も払えない。


 膨れていく借金を打開する手段が浮かばなかった。ルビーアイをガーネットに贈ったゴーレムマイスターテーロス師の計らいで、ゴウレム作りの事業をはじめたこともあった。だが、機材に投資したところで立ち行かなくなてしまう。指示を出すはずのテーロス師が急逝したのだ。


 本来寄宿舎に入るはずだったルナリアは、ベルン男爵の娘という好奇の目から避けるため、未だに家におり、家庭教師を務めるメイド長のもと教育を受けている。ルナリアは16歳の誕生日を迎えた。


 どこかの貴族の養子になることで名前を買い、名前を変えさせることができれば別の人生、今よりもより安全な人生を歩ませてやることもできるだろうが、疲弊した今のベルン家にはその持参金を出す余裕もない。


 愛馬ルビーアイはつてを使い、買取手を探してもらっている。


 執務室の椅子に背中を預けたガーネットの視線に、父の残したゴウレム「ゲートキーパー」の姿がはいった。ゲートキーパーはメイド長の手配で修理が行われ、見た目上は決闘を行う以前の姿を取り戻している。だが、乗り手を失い、内部にダメージを負った今、これには鎧飾り以外の使い道は残されていないだろう。


『あのお父様の形見も……、いいえ』


 ガーネットは頭を一瞬よぎった考えを振りはらった。

 ゲートキーパーだけは、父とルナリアと駆けたあの夏の思い出だけはどうしても手放せない。


『でも、思い出はなくなりはしない。あの子の、ルナリアのためならば何をしても……』


 八方手を尽くしたのだが、万策つきたのである。今ならば父も許してくれよう。



 そんな折、ベルン家に届いたのが、ガーネットの嫁入りの打診であった。


 送り主はデン侯爵家である。

 ベルン家から利息を吸い取り続けている金貸しの貴族であった。


「初夜権か……」


 ガーネットがため息を吐くようにつぶやいた。

 報せを持ってきたメイド長の眉がぴくりと動く。

 普段は何があっても表情一つ変えないのにと、ガーネットは思った。


「要は私の(中略)が欲しいだけでしょ。なら借金をすべて肩代わりしてもらって、そうして飽きた頃に暇を貰って離婚か。せいぜいあばずれになって追い出されればいいわ……」


 ガーネットは借金を結ぶ際と、それ以前に父と共に出た夜会でデン侯爵には直接会っている。自分の手をべたべたと触りながらダンスに誘われたものだ。


 細面で背も高かった。いわゆるいい男の部類に入る顔だったが、自分よりも15は年上のはず。他の女性の人気はあったが何故か自分は心ひかれなかった。


 ……だが。


「私が嫁げば、そしてあのこが望むなら、この家はルナリアに残してあげられる。それに侯爵に頼めば、親戚筋の家の名前を買って、あの子は名前を変えて学校に通うことができる。……大学というのができたと聞くし」


 自分の年は24歳。異界人が持ち込んだ男女同権の概念によって晩婚も一つの選択肢になりつつあるが、この世界の貴族としては行き遅れている部類に入る。

 武芸の修練に明け暮れ、男を寄せ付けなかった学生時代。そして領主として呼びもどされてからは執務に追われついに色恋を経験することは無かった。


「そうね。きっと、ルナリアが学校を出る頃にはきっと、私は出戻っている。それならあの子に望んだ道を進ませてあげられる……」


 これも運命かもしれない。


「私ルナリアが。あの子が幸せな人生を送れるならなにしたっていいのよ……」


 借金の肩代わりを条件にガーネットは婿入りを承諾することにした。


 そのやりとりを、執務室の扉の前でルナリアが聞いているとも知らずに。


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