第1話 異世界の原型師とプラモデルの娘達
俺は烏丸からす。
もちろん本名じゃない。ペンネームだ。昔。……いや大昔か。模型雑誌に作例を載せたときにつけたペンネームを普段からそのまま使うようになった。
模型誌の作例仕事は、オーダーされたプラモデルを組み上げ、写真を撮ってもらい、それに解説の文字をつける。4ページで5万円の仕事だった。模型誌の仕事なんてワリに合わないから名前を売りたい新人じゃなきゃやるもんじゃない。
気が付けば29歳。もうすぐ30になる。
俺の勤め先の主な業務は玩具の開発。
仕事は少々珍しいかもしれないが、どこにでもいる会社員だ。
そのどこにでもいる会社員が、今いるのは『異世界』。
エルフの国だ。
今日もエルフの貴族の屋敷にある、割り当ててもらった俺の部屋で目が覚めた。広い部屋に高い天井、中世ヨーロッパ風の寝室だった。木造建築。どこかなつかしい木材の良い匂いがする。
目覚めは日本で起きるのとなんら変わりはない。
だがこの異世界「ならでは」のことがある。
それは……。
起きようとして、被っていた掛け布団、その上に人形が2つ、置いてあるのが目に入った。
手のひらに乗る大きさの人形だ。身長はレギュラーサイズのジュースの缶くらい。これは約1/12サイズの美少女型のプラモデルだ。
2つともプラモデルではあるのだが、まるで生きているかのように寝ているポーズをつけて置かれている。
まぁ、……こいつらは実際に生きているんだけどね。
俺はその2つを傷つけないようにそっと両方の手のひらに乗せる。
人形達が、うーんと伸びをしたり、寝返りを打ち始めた。手のひらがこちょこちょくすぐったい。
俺が起きたのに合わせて、俺の魔力が自然と流れ込んだからだ。
この異世界「ならでは」のこと。それは人形が動き出すということだ。
人形の片方。褐色の肌に銀髪の長い髪をした人形が、エメラルドの瞳を開けた。
目が合った。
<おはようございます、お父様>
「おはよう疾風」
褐色に銀髪。疾風は俺がダークエルフの女武人をイメージして作りこんだプラモだ。
いいよね異世界。
<んあー>
フランス人形のようなかわいい口をあけてもう一体のプラモがあくびをする。
<おはようなのカラスマパパ……>
緑色のカールした髪に白い肌、ピンクのほっぺ。やはりポンパドールだ、なんと愛らしい。
「おはようコルデ」
最高だね異世界。
お父様に、パパ……。
こいつらを作ったのは俺なので、こいつらからすれば俺は親ということになる。しかし、プラモデルに父親と呼ばれるのは慣れないもんだ。
もっと言うとプラモデルがしゃべること自体おかしいんだが。……そこはそれ、この世界ではそうなのだからしょうがない。
この世界では、生き物を模して作られた彫像は、作り手の魔力と意思で生き物のように動き出すのだ。
「ん゛んーッ」
<ぎゅーっ>
<ふぃーッ>
3人で一緒にぐいーっと肩と首を伸ばす。
親子っぽいというか、家族っぽいかな?
疾風は飛行ユニットを背負い、ふわふわと飛び立つ。
<みんなに知らせてくるの>
コルデはサイドテーブルから飛び降りると、廊下に出て行った。
疾風が飛びながらカーテンを開けてくれる。そして窓も。
俺は深呼吸がてら、疾風が開けてくれたカーテンの外の「異世界」の景色をしばし楽しむ。
この屋敷、丘の上にあるので見晴らしがよい。
今日も遠くに怪獣のような巨人が動いているのが見えた。
運河を遡行してくるデカイものが見える。
水夫の巨人ゴウレムが、腰まで水に着けながら、帆船にかけたロープを引いて運河を遡行してくるのだ。
百手巨人とも呼ばれるヘカトンケイルゴウレムが、たくさんの腕を使って古くなった鐘楼を取り壊しているのが見えた。
「何度見ても、すごいな異世界」
巨大な人型の物体が、実際の景色にまぎれて動いているのを見るのは圧巻だ。
日本人なら誰でも知っているあの特撮のヒーロー、銀色の宇宙人。ビルよりも大きなあの巨体が実在するとこんな感じなんだな。
しばし感慨にふけっていると……
<おまたせなの!>
コルデが、3人目の小人、もとい小人のようなプラモデルの、ちぃネットを連れて寝室に戻ってきた。
2人はシルバーのトレイをおみこしのように担いできた。トレイの上には湯気の立った熱いコーヒー入りのカップが乗っている。
<パパコーヒーなの>
<父上、どうぞ>
「はい、ありがとう」
ちぃネットは、金髪のロングに青い瞳。まるでエルフの騎士のような姿をしている。
ソーサーを受け取り、ゆったりコーヒーを飲む。
苦い。そして、やっぱり他人に入れてもらったコーヒーは旨い。
ちょっと…いや、派手にソーサーにこぼれてるけどね……。
「俺は着替えて行くから、先に下りてなさい」
<<<はーい!>>>
プラモデルたちは、廊下へかけて行った