第7話 戦いの火蓋
018年7月23日 千葉県 習志野駐屯地
「はぁ…正体もわからない、弱点もわからない、有効な武器もわからない…一体どうしろってんだ」
八重山羽々輝一尉は、自室でデスクに向かいながら、1人で愚痴をこぼしていた。
敵のことを何も知らないのに、対策案など浮かぶはずがない。
軍事基地を狙った点から考えても、飛翔生物はある程度の知能を有している可能性が高い。
知能があるなら目的もあるはずだ。
それがわかれば打開策も見えてくるのだが…。
八重山はデスクに乱雑に置かれた飛翔生物の写真達と、にらめっこを続けていた。
突然、バン!という音と共に部屋の扉が勢いよく開かれる。
八重山は思わず飛び跳ねる。
「八重山一尉!!」
「おいおい!ノックくらいしろ」
無礼な部下に、八重山は少し苛立った。
だが、部下は只事ではない、という様子だった。
「大変です…六山市が…」
報告を聞いた途端、八重山の表情は固まり、苛立ちは一瞬で消え去った。
すっかり日は傾き、辺りは暗闇に包まれている。
明美の運転する車には、峰人、雛、隼太、そしてセーネが同乗している。
車は六山市を離れ、鴨川市方面へ向け移動している。
道は避難する車でごった返しており、夜明けまでに鴨川市に到着できるかどうかも分からない。
反対車線では、警察や自衛隊の車両がひっきりなしに通過している。
もう日付が変わる頃だろう。
雛と隼太は、疲れからかぐっすりと眠っていた。
「ところで、例の竜騎士を見つけられずにお困りですよね?」
セーネが明美に聞こえない程度の声で、峰人に話しかける。
「ああ、そうだな。自衛隊もとんでもない数だ。先に見つけるのは無理そうだ」
「そ、こ、で!私のドラゴンの出番というわけです」
セーネが自信たっぷりに言う。
探し物が得意なドラゴンなのだろうか。
「私のドラゴンは、他のドラゴンを探知する能力を持っているんです。範囲は限られていますが…。こういう場合にはとても便利だと思います!」
「マジかよ…そりゃ凄いな」
褒められて嬉しかったのか、セーネは満面の笑みであった。
とにかく、打開策が見つかったことは大きい。
「さっきから何の話ししてるの?」
明美が2人に質問をした。
小声なので内容までは聞かれていないようだが、ずっとヒソヒソと話していれば不審に思われるのも当然だろう。
「いや…何でもないよ」
「そう…」
峰人がはぐらかすと、明美は大して興味もなさそうに再び運転に集中する。
峰人は小さくため息を漏らす。
同年代の少女と秘密の会話をしていれば、変な勘違いをされるのは目に見えている。
さらに30分ほど走った。
だが、未だに鴨川市には到着しない。
心なしか、さっきよりも道が混んできたように思える。
とうとう疲れが限界に達したらしく、明美は近くのパーキングエリアに車を停める。
「ちょっと朝になるまで待ちましょう。私も眠くなってきたわ」
数分もしないうちに、明美は眠りに落ちてしまった。
きっと疲れが溜まっていたのだろう。
「さあ、いよいよですよ」
セーネがそう言いながら、車のドアを開ける。
皆が寝静まった今がチャンスだ。
セーネに続いて峰人も外へ出る。
そこで大きく体を伸ばした。
何時間も窮屈な車の中にいたためか、何とも言えない解放感を覚えた。
空は黒い雲に覆われており、月や星は見えない。
周囲にも何台もの車が停まっている。
おそらく彼らも車中泊をしているのであろう。
冷たい風が吹き、セーネの緑がかった長い髪の毛が、小さくなびく。
「ところで、お前のドラゴンの"探知能力"ってやつはどのくらい使えるんだ?」
「知りたいですか?」
そう言うと、セーネは不敵に笑った。
よほどの自信だ。
「メフィア!来てください!!」
セーネがそう叫んだ数秒後に、はるか遠くの空に何かが現れた。
それは凄まじい勢いでこちらに迫ってくる。
…そして、聞き慣れた声もした。
「おい!離せ!ちょっ…お前ふざけんな!!」
黄緑色に輝く鱗を持つ美しいドラゴンが、徐々にこちらに迫ってくる。
そしてその足には、見知ったドラゴン…グリフォスが、文字通り鷲掴みにされていた。
はっきり言って、それはかなり不恰好だった。
黄緑色のドラゴン…メフィアが、ゆっくりと降下してくる。
そして着地する直前に、グリフォスをボロ雑巾のように投げ捨てる。
「メフィアてめぇ…後でぶっ殺してやるからな」
グリフォスはメフィアに向かって悪態をつく。
「貴方はちょっと警戒心が無さすぎるわ」
メフィアが口を開く。
その声は、とても柔らかなものであった。おそらくメスのドラゴンだ。
「てかお前…何やってんだよ」
峰人は、目の前に投棄されているグリフォスに声をかける。
「俺は目立たない場所でゆっくり寝てただけだ。それなのに、気付いたらどう言うわけか雲の上だ」
そう言いながら、メフィアを睨みつける。
そんなグリフォスに構うことなく、メフィアは峰人の方に視線を向ける。
「こんばんは。貴方が旭峰人ね。お会いできて嬉しいわ。私はセーネと契約を交わしたメフィアよ」
先ほどと同じ穏やかな声で、峰人に挨拶をする。
そんなメフィアに若干戸惑いながらも、峰人は軽く会釈をした。
「どうですか!?私のドラゴンの探知能力は。隠れていたグリフォスもいとも簡単に見つけちゃうんです!」
「俺を実験台にするな小娘!!!」
グリフォスはまだ文句を言っている。
だが、この能力があれば簡単にあいつを見つけられるだろう。
「んで、お前らは何者なんだ?」
峰人は疑問に思っていたことを口にする。
彼女たちがどういう存在で、どこから来たのか、ということだ。
「私たちはレジスタンス。人竜大戦で、ギデオン軍と戦った組織よ。そして今は、彼らからこの世界を守るために戦っているわ」
メフィアは丁寧に答える。
「じゃあ…異世界人なのか?」
「私はこの世界で生まれました。異世界人の血は流れていますが…。でも、メフィアはれっきとした異世界出身ですよ」
今度はセーネが答えた。
異世界が滅んだ後、レジスタンスもまたこの世界に拠点を置いた、ということのようだ。
今度は峰人がグリフォスに話しかける。
「じゃあ、お前もレジスタンスなのか?」
「馬鹿を言うな。誰があんな腑抜けた組織に入るか」
その言葉に、セーネの表情が歪んだ。
「ちょっ…腑抜けとは何ですか。私たちは平和的な組織なんです」
「何が平和的な組織だ。俺に言わせりゃただの臆病者だ」
「カルディア様やレジスタンスのメンバーは貴方を必要としていたんですよ!」
「俺をボスにするなら考えてやると言っとけ」
またも峰人の知らない単語が登場した。カルディアとは名前だろうか。
「私たちレジスタンスの指導者よ。最古のドラゴンと言われているの」
まだ何も質問していないのに、メフィアが気を利かせて教えてくれた。
どうもこの世界は知らないうちにドラゴンだらけになっているようだ。
「ここにいたか…おーい峰人!」
話をしているうちに、隼太が来てしまった。
峰人とセーネが去った時、実は隼太は目覚ましていた。
こっそり彼らをつけてきたのだ。
「やば…あ〜隼太。車に戻って…」
「お〜!!あの外骨格…昼間のドラゴンじゃん!」
そのまま隼太はグリフォスに駆け寄って、一切の物怖じをすることなく外骨格をスリスリと撫で、挙句の果てに馴れ馴れしく話しかけ始めた。
「名前はグリフォスだっけ?」
「ああ、そうだ。お前が隼太だな。ドラゴンが好きな変人の…」
「おう、よろしくな…って変人って何だよ」
「言ったのは峰人だ」
「あの子は誰だい?」
「私の友達の隼太です!」
「へぇ…もう友達ができたのかい」
メフィアとセーネも、隼太について話している。
どうやらセーネとは友達になっていたらしい。ほんの少ししか話してないはずだが。
「あー悪いけど隼太、これから戦いになるから、車に戻っててくれ」
「そうだ!隼太も一緒に来てみませんか?」
「え!?いいのか!?」
セーネのとんでもない提案に、流石の峰人も焦りを見せた。
「え…おいおいセーネ、それは流石に危ないだろう!?」
「俺が守ってやるから安心しろ。行くなら俺の背中に乗れ」
何を考えているのか、グリフォスまでもが同調し、姿勢を低くして隼太が乗るのを待っている。
「マジかよ!!ありがとう!!」
「ちょっと待てって!!」
隼太も見学で同行することが決まったので、彼は峰人と共にグリフォスに搭乗する。
合わせてセーネもメフィアに乗った。
「準備はいいかい?じゃあ行くよ」
メフィアの言葉と共に、2体のドラゴンは空の彼方へ飛び立った。
八重山は、既に六山市内に到着していた。
辺りは自衛隊のトラックやジープ、装甲車で埋め尽くされている。
空では、無数のヘリが轟音を立てていた。
「お疲れ様です、一尉」
部下たちが敬礼で出迎える。
彼らの表情は、酷く緊張していた。
それもそのはずだ。
これから、この場所で、国内における史上初の実戦が行われようとしているのだから。
それも相手は正体不明の怪物ときた。
「目標は見つかったか?」
「北幡神社の敷地内で熱源を感知。目標である可能性が高いです」
「…よし、特殊作戦群を集めろ。現場指揮は俺がとる」
「了解」
北幡神社の本殿は、台地の頂上付近にあった。
そしてこの台地全体が、神社の敷地となっている。
このどこかに、例の飛翔生物は潜んでいるということになる。
八重山は、特殊作戦群30名を率いて台地を登っていた。
周囲は高い木々に囲まれており、非常に不気味な雰囲気だ。
ライフルのフラッシュライトが無ければ、おそらく何も見えないだろう。
敵は間違いなく潜んでいる。
今も我々を見ているかもしれない。
額からは冷たい汗が流れ、呼吸が早くなる。
ガサッという音が、何処かから響いた。
その場にいた全員が一斉に銃を構え、トリガーに指を当てる。
360度くまなく見渡すが、敵の姿は見えない。
ただの野生動物だろうか?
それにしては違和感がある。
「上だ!!」
隊員の1人が、この上ないほどの声で叫んだ。
ほぼ同時に、全員が銃口を頭上に向ける。
彼らが見たのは、こちらに向け飛び込んでくる巨大な生物だった。
「あの竜騎士はレジスタンスじゃないのか?」
「ええ、その通り。レジスタンスには協力せず、単独でギデオン軍と戦う者もいたのよ」
「こいつみたいにか?」
峰人は自身の乗るドラゴンを指差す。
「そうね。まあ、彼らに直接聞いてみないことには何も分からないけど」
「やっぱあいつらは倒すべきだと思うか?」
「出来ればそうしたくはないわね」
メフィアは複雑な表情で前を見据えていた。
「隼太、景色見なくていいのか?これに憧れてただろ」
隼太は先ほどから一言も発さず、ただ峰人の背中にしがみついていた。
「いや…やっぱ流石にちょっと怖い…」
隼太が怖がるのも当然だった。
今、彼らは雲の遥か上、成層圏付近を飛行していた。
「だからさ…俺初心者だし…あんまり荒っぽいことは…」
「見つけたわ。例のドラゴンよ」
無情にも、メフィアが自慢の探知能力を発動させる。
「よし、分かった」
そのまま2体は、地上へ向けてほぼ垂直の急降下を行う。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
隼太の懇願は、濁流のような上昇気流の中で儚く消えていった。
八重山は、激しく困惑していた。
彼だけではない。他の隊員だってそうだ。
「飛翔生物の排除」。それが彼らの任務のはずだった。
だが、飛翔生物と共に降りてきたのは、年端もいかない少年であった。
金色の髪や緑色の瞳から、日本人でないことは明らかだ。
だが、本当に人間なのだろうか。
人間に擬態して攻撃を躊躇させてるだけかもしれない。
少年が、右手を軽く宙にかざす。
すると、黄色く輝く粒子が、瞬く間に輝く剣を形成し、手の中に収まった。
隊員たちは一様に驚愕の表情を浮かべる。
これで、この少年がただの人間でないことは明らかになった。
隊員たちは、改めて少年と飛翔生物に銃を向ける。
「今すぐ武器を下ろせ!さもなくば攻撃する!」
八重山が少年に警告する。
だが、少年は剣を下ろすそぶりを全く見せず、冷たい声で言い放った。
「俺たちは邪魔をする人間には容赦はしない。ギデオン軍は俺たちが滅ぼす」
「…ギデオン軍だと?」
八重山には理解ができなかった。
ギデオン軍などという組織は聞いたことがない。
「速やかに投降しろ!発砲許可は出ている!」
八重山はさらに声を荒げる。
もし攻撃があれば、本気で撃つつもりだ。
「引き下がらないのなら…敵とみなす!!」
少年は剣を構える。
飛翔生物の方も、ワニのような口に炎を纏わせている。
「射撃用意!!」
八重山が全隊員に命じる。
こちらも黙って殺される気はない。
攻撃してくるつもりなら、こちらも容赦なく反撃する。
国民の生命を脅かした奴だ。排除する理由に不足はない。
八重山は黙って、敵を睨み据える。
突如、空から轟音が響く。
ヘリのものではない。ジェット機のものともまた違う。
その音が、徐々に大きくなっていく。
その場にいた全員が、視線を上に向けた。
バキバキッという破壊音と共に木々の傘を突き破って現れたのは、新たな2体の飛翔生物だった。
どちらも、対峙していた個体よりも若干大きい。
「見つけたぞ…トラブルメーカー君」
一方の…青い飛翔生物が、あの少年に語りかける。
仲間というわけではなさそうだ。
その青い固体から、別の少年が降りてきた。
その少年もまた、右手に剣を発現させる。
そのまま戦うのかと思われたが、少年は自衛官たちのほうに向き直った。
「俺たちは敵じゃない!味方だ!あいつを止めるために来た!!」
少年の語りかけに、隊員たちはさらに困惑を深める。
こちらの少年は、服装も現代的で、日本人であることがわかる。
だが、信用して良いものか。
「一尉…指示を…」
隊員から命令を求められるが、何も言うことができなかった。
その時。
こちらを向いていた少年が、勢いよく吹き飛ばされて、木々にの間に消えてゆく。
金髪の少年が、彼に斬りかかったのだ。
「どいつもこいつも…俺の邪魔をするな!!」
金髪の少年が、怒りの声を上げた。




