第6話 竜騎士
2体のドラゴンは、今も殺し合いを続けていた。
一方のドラゴンが火炎攻撃を行う。
だが、それは標的に当たることなく、近くの森林に隕石の如く降り注ぐ。
このまま市街地に移動すれば、大被害が出ることは明らかだ。
地上にはまだ大勢の人がいた。
逃げ惑う者もいたが、殆どは空中で繰り広げられる壮絶な戦いにただ目を奪われていた。
「グリフォス、一旦あいつらを引き離そう!」
「ああ、名案だ」
グリフォスは2体に向けて火球を放つ。
それはどちらにも当たらず上空へ飛んでいくが、牽制であるため問題はない。
2体は一旦戦いをやめ、こちらに注目する。
直後、一方の黄色いドラゴンがこちらに猛スピードで突っ込んできた。
そのまま口で火球を形成し、グリフォスに向け繰り出す。
グリフォスは特に慌てる様子もなく、冷静に火球を放ち、攻撃を相殺する。
2つの火球の衝突により、凄まじい熱と共に荒れ狂う炎の波が空に拡散した。
「ふん…まるで経験不足だな」
グリフォスは上昇しながら、吐き捨てるように言う。
峰人はそれを聞いて安心した。
竜騎士になって最初の敵が強敵では、たまったものではない。
爆炎の中から、ドラゴンが飛び出してくる。
グリフォスはすかさずそのドラゴンの首筋に照準を合わせる。
赤いドラゴンと戦った時と同じ戦法だ。
勝った…!
そう思っていた。
だが、黄色いドラゴンの背中から、突如として何かが宙に飛び出してきた。
いや、正確には"ドラゴンの背に乗っていたもの"だ。
人間!?
峰人とグリフォスが正体に気付いた時には、もう遅かった。
その人間は右手に剣を発現させ、グリフォスの翼を斬り裂いた。
「ぐおっ!?」
予想外の出来事に、グリフォスの動きが大きく鈍る。
人間はそのままグリフォスの背に飛び乗り、剣を突き立てる。
「クソっ待て!!」
峰人も慌てて右手に剣を発現させ、突進しながらその人間に斬りかかる。
間一髪、グリフォスに刃は届かなかった。
峰人の斬撃によりその人間は少し吹き飛ばされる。
峰人は首元を狙い、再度突進する。
だが、次の攻撃は完全に見切られていた。
剣はいとも簡単に受け止められ、鍔迫り合いが起こり、火花が散らされる。
峰人は両腕に精一杯の力を込めるが、刃は徐々にこちらの方に接近している。
ここで、相手の顔がはっきりとわかった。
その人間は、峰人と同年代くらいの少年であった。
髪は金髪で、男性にしては若干長髪と言える。
服装は、現代日本のものとはとても言えない。むしろ、ファンタジーなどのおとぎ話の中で見るものだ。
翼を斬られたグリフォスはバランスを失い、きりもみ状態で落下していく。
すると横から、茶色いドラゴンが迫ってくる。黄色のものと戦っていた個体だ。
「チッ!!」
少年は小さく舌打ちをして、茶色いドラゴンの方に向き直る。
そのまま少年は茶色のドラゴンに体当たりされ、吹き飛ばされる。
地面へと真っ逆さまに落下する少年を、黄色いドラゴンが追いかけていく。
グリフォスも依然落下し続けている。
地面はもうすぐそこだ。
グリフォスと峰人は、高く積まれた足場に叩きつけられた。
その衝撃で、足場はガラガラと崩壊し始める。
見る限りだと、これは工事用のものだ。
建築現場だったのだろう。周囲にはたくさんの重機が並んでいる。
15m程度の高さはある足場の上部は、墜落により完全に破壊された。
全身にズキズキという痛みが走るが、鉄骨に串刺しにされなかっただけ幸運だった。
「峰人、無事か?」
「まあ、生きてはいるな」
「じゃあ大丈夫だ」
グリフォスは親切なのか冷たいのか分からない。
多少の傷は竜騎士の力ですぐに回復するから、ということなのだろうが。
「それより、あの人間は何だ?あんなのがいるなんて聞いてないぞ」
「ギデオン軍は人間と契約は交わさない。あいつは別のやつだ」
「じゃあ何なんだよ?」
「俺に聞かれてもな…」
2体のドラゴンは重機やプレハブ小屋を破壊しながら、地上でぶつかり合っている。
すると突然、目にも留まらぬ速さで茶色のドラゴンの翼が切り落とされた。
茶色のドラゴンが驚き、後ずさるが、今度は首筋の辺りに斬撃が叩き込まれ、鮮血が地面に吹きかけられる。
驚き、たじろぐ茶色いドラゴン。
その隙をついて、黄色のドラゴンがその大きな口を無理やりこじ開け、全力の火炎攻撃を流し込んだ。
「おい、何で俺たち見物してるんだ?早く止めないと…」
「ちょっと待て、翼が修復されないとどうしようもない」
「おっそいなぁ…」
火炎攻撃をまともに食らった茶色のドラゴンは、動くこともできず地に伏していた。
火炎は体内を直接破壊し、胸の部分の鱗が内側から砕け散ってしまっていた。
そこからは、何かの光が漏れている。
「おいグリフォス、あの光は何だ?」
「あれが…"竜の輝き"だ」
竜の輝き…ドラゴンの命の源だ。
ドラゴンを絶命させるには、この"竜の輝き"を破壊するしかない。
先ほどの少年が、自身の剣を"竜の輝き"に突き刺す。すると、光は消え、ドラゴンの体はピクリとも動かなくなる。
少年は剣を引き抜くと、安心したように息をつく。
グリフォスの翼が完治したのは、それとほぼ同時だった。
「行くぞ峰人!!」
1人と1体は、雄叫びをあげながら突撃する。
戦いを終えて気を緩めていた黄色いドラゴンと少年は、対応が間に合わなかった。
少年は辛くも峰人の斬撃を受け流すが、その反動で態勢を崩してしまう。
その好機を逃さず、峰人は左手から火球を放った。
黄色いドラゴンは、グリフォスに向け火炎攻撃を放つ。
だがグリフォスはいとも簡単にそれをかわし、自身の屈強な尻尾で敵の首をはたく。
さらにグリフォスは近くのショベルカーを手にし、黄色いドラゴンの顔面に向け投げつけた。
峰人は仰向けに倒れ込んだ少年に馬乗りになり、首に刃を向けている。
「お前は何だ!?どこから来た!?目的は何だ!!?」
少年は取り乱す様子もなく、冷静に峰人の顔に視線を向ける。
「俺は別の世界からやって来た。ギデオン軍をこの手で滅ぼすために。邪魔する者には容赦しない!」
少年は再び右手に剣を発現させると、峰人に向け振り上げる。
峰人は何とかその攻撃を受け止めるが、即座に後ろに回った少年はその首に剣を突き立てる。
経験の差が如実に現れた結果だ。
黄色いドラゴンはグリフォスに圧倒されていた。グリフォスは黄色いドラゴンを仰向けに倒して首にのしかかり、鋭い牙で喉笛を噛み千切ろうとする。
「セイバーを離せ、青いドラゴン。こいつの命が惜しければな」
金髪の少年は鋭い目でグリフォスを見つめる。
刃を峰人の首に向ながら。
「悪ぃグリフォス…勝てなかった」
「いいや、最初にしてはよくやった」
グリフォスは視線を峰人から少年に移す。
「おい人間、お前がそいつを殺せば、お前の相棒のドラゴンを殺す。奉命の契りは交わしているんだろう?こいつが死ねばお前の命もない。つまりお前が生き残る道はただ一つ、そいつを解放することだ」
「騙されないぞドラゴン。こいつを離せば俺たちを殺すつもりなんだろう?」
「ならばどうする?お前の命が俺の手の内にあるのは本当だぞ?」
緊迫した空気が、彼らを包んでいる。
命の駆け引きだ。
誰一人音を立てず、風の音だけが響く。
その静寂を破ったのは、遠くから響くサイレンの音だった。
これだけの騒ぎだ。警察が出動するのは当然だろう。
「くっ…」
少年は観念し、ゆっくりと峰人の首から剣を離す。
「お利口だな」
グリフォスもまた、黄色いドラゴンを放した。
「エアル!乗れ!早くここから離れよう!」
その声を聞くと少年は、黄色いドラゴンの背に乗り、あっという間に飛び去る。
まもなくここにも警察が到着するだろう。
「俺たちも早く行くぞ、峰人」
彼らもまた、急いで空へと飛び上がった。
峰人の通う森園中学校の周りには、多くの緊急車両が停まっていた。
救急隊員が、負傷した人々に手当を行なっている。
テレビ局の中継車も、そこら中に停まっている。
保護者が自分の息子を探し回り、教員が対応のため走り回っていた。
野次馬やマスコミが押しかけ、警官がそれを押しとどめている。
「お兄ちゃん…?お母さん!お兄ちゃんがいたよ!」
聞き慣れた声が、遠くの方から響く。
振り返ると、そこには明美と雛が心配と安堵が入り混じった表情で、こちらを見つめている。
峰人は急いでその声の方に駆け寄る。
「母さん!?どうしてここに?」
「どうしてって…あんたが心配だったからに決まってるじゃない!」
そうだ。母さんは俺が竜騎士として戦っていたことなど知らない。
心配するのも当然だ。
雛は峰人に勢いよく抱きつく。その手は、かすかに震えていた。
「それで、今はどんな状況なの?」
「詳しくは知らないけど…亡くなった人はいないみたい」
それを聞き、峰人は胸をなで下ろす。
「あと…はいこれ」
明美が、峰人に水の入ったペットボトルを手渡す。
支給されていたものを取ってきてくれたのだろう。
「あぁ…ありがとう」
峰人はその水を一気に飲み干す。
冷たい感覚が喉から胃に落ちていく。
「とにかく、しばらくはここにいましょう。家に帰っても危険だと思うし…」
峰人は、人混みから少し離れた草むらに、ゆっくりと腰掛ける。
今になって、疲れがどっと押し寄せてきた。
初めて本格的な殺し合いをやったのだから、当然のことだった。
『皆さん!ご注目ください!』
拡声器を使った警官が、周囲の人々に話し始める。
『この町は、依然危険な状態です!ただ今、飛翔生物駆除のため、自衛隊が出動しました!市民の皆さんは、安全が確認されるまで、町の外へ避難していただきます!』
やはり自衛隊が動くようだ。
これだけの事態になっては、もう仕方ないだろう。
「グリフォス…やばいぞ。自衛隊が出動するみたいだ」
峰人はグリフォスにテレパシーを飛ばす。
『ふん…自衛隊があいつを片付けてくれれば楽なんだがな』
「何をバカなこと言ってんだ!犠牲が出るかもしれないし、政府に竜騎士が敵だと思われたら、ギデオン軍と戦うどころじゃないぞ!」
『あー…確かにそれはマズいな。だが、お前はあいつらがどこにいるのか知ってるのか?』
峰人は言葉に詰まった。
確かに、奴らがまだこの町にいるとは限らない。
下手に動けば、こちらが先に自衛隊に見つかってしまう。
『とにかく、今はどうしようもない。俺はちょっと寝るから、何かあったらまた連絡しろよ』
「は?寝るって…おい!」
その言葉を最後に、交信は一方的に絶たれる。
全くなんてお気楽な奴だ。
峰人は心の中で悪態をつく。
「よう、誰と話してたんだ?」
さっきとは別の聞き慣れた声が、背後から響く。
隼太の声だ。
「俺のガールフレンドだ」
「あのドラゴンか?」
「まぁ…そうだな」
峰人のつまらないジョークは、簡単に流された。
「それで、お前の新しい友達は一体何なんだ?」
「異世界から来たらしい…本人によれば」
「異世界!!!!!?」
隼太の目が途端に輝く。
「それで、あいつとお前はどうやって知り合ったんだ!?」
「それはだな…」
峰人はこれまでのことを洗いざらい話す。
ドラゴンに襲われ、"契約"によって救われたこと、人竜大戦や、ついさっきもドラゴンと戦っていたこと。
隼太はその一つ一つを、食い入るように聞いていた。
「へぇ…そんなことが現実にねぇ」
「ああ、俺も自分で言ってて信じられない」
それを聞き、隼太は笑い出す。
それにつられて、峰人も笑った。
「今度俺もドラゴンの背中に乗せろよ?」
「ああ、約束してやる」
他愛もない会話をしながら、2人は人ごみの中へと戻る。
「あら、隼太くん!」
「ども〜!」
明美は笑顔で挨拶をし、隼太もそれに答える。
隼太は何度も峰人の家を訪れていたので、家族ともすっかり顔見知りだ。
「隼太くんのお父さん?」
「今日は市外に出てて、道も混雑しててこっちに来られないみたいで」
「じゃあ私たちと一緒にいらっしゃい!ここにいたら危ないわ」
「いいんですか?」
「勿論よ!」
どうやら隼太も一緒に来ることになったようだ。
峰人は今後について、じっくりと思慮を巡らせる。
どうやってあの竜騎士を探す?
自衛隊に見つかった場合は?
彼らはドラゴンについてどこまで信用してくれる?
考えるべきことは山ほどある。
「こんにちは!あなたが竜騎士の旭峰人さんですね!」
不意に、少女に大声で話しかけられる。
峰人はこの上なく驚く。
なぜ名前を知ってる?なぜ竜騎士のことを知ってる?そもそもこの女は誰だ?
疑問が濁流のように湧いてくる。
だが何より驚いていたのは、母の明美であった。
突然竜騎士などという単語を聞かされたのだから、当たり前だ。
「あ…あははははは!!この子俺の友達なんだ!ちょっと変な子だけど!少しあっちで話してきていいかな??隼太、一緒に来てくれ!」
苦しすぎるいい訳だが、今はこれ以上のものは思いつかない。
峰人は少女の手を引っ張り、母から離れる。
「峰人、この子知り合いか?」
「知り合いじゃない。一方的に知られてたみたいだけどな…で、お前は何者だ?」
「あ、申し遅れました私、セーネと申します!」
セーネと名乗る少女は、相変わらずの笑顔で答える。
「いや名前じゃなくて、一体お前は何なのかって聞いてるんだ!」
「あっどうも初めまして!峰人さんのお友達ですか?」
峰人の質問を無視し、隼太に握手を求める。
「ああ、俺は宮原隼太ってんだ」
「よろしくお願いします!隼太さん!」
「隼太でいいぜ!」
隼太とセーネは笑顔で握手を交わす。
「俺の!話を!聞け!」
峰人の苛立ちは、いよいよ最高潮に達する。
セーネはようやく峰人の方に向き直る。
そして、自身の手の甲を見せる。
そこには、峰人と同じ竜騎士の紋章が浮かんでいた。
「え…じゃあお前…」
「お察しの通り、私自身も竜騎士です。貴方と、貴方が戦った竜騎士に会うためにはるばるやって来ました」




