第4話 未知からの闇
同日 日本 山口県 岩国航空基地
また、夢を見ていた。
戦場にいた頃の夢だ。
フランク・マーティン海兵隊大佐は、管制塔の椅子で目を覚ました。
これまで職務中にうたた寝などしたことはなかったが、今日だけは何故か違った。
眠っていたのは30分くらいだろうか。
外は相変わらず暗い。
今日は月も星もあまり見えないようだ。
それにしてもリアルな夢だった。
燃えるような暑さ、土の匂い、どこからともなく響く爆音、極限の緊張感。
全てがあの頃のままだった。
もう5年以上見ていなかったのだが、今日に限ってどうしたものか。
14年も前の話になるが、日付も曜日も正確に覚えている。
2004年 5月23日 イラク
マーティンは自らの部隊を率い、いつも通り哨戒任務にあたっていた。
装甲車8台ほどで、どこまでも続く砂漠地帯を駆ける毎日だ。
無論、道は舗装などされている筈もないので、車体は常にガタガタと揺れる。
そしてそれが何時間も続くのだから、さすがに気分が悪くなってくる。
この地に来てから、敵に遭遇したことはなかった。
本当にこんな所に敵がいるのだろうか。
それでも任務は任務だ。手を抜くわけにはいかない。
「隊長、1kmほど先に村が見えます」
不意に、監視係の声が無線から響く。
窓から顔を出してみると、確かに数軒の家が確認できた。
こんな所に村があったとは…
そのまま部隊と共に村へと進入していく。
近くで見ると、そこそこ規模の大きな村だということが分かった。
石造りの家が、そこら中に点在している。
だが、マーティンは違和感を覚えた。
静かすぎるのだ。
誰かが生活していた様子はあるが、肝心の人の姿が見えない。
我々を恐れて出てこない?
そうではなさそうだ。まるで人だけが忽然と姿を消したようだった。
しばらく進むと、道の中央で何かが燃えているのが確認できた。
大量の布切れのように見える。
何故こんな所に布切れが?
こんな所で布切れを燃やす意味がわからない。
さらに近寄ってみる。
いいや、布切れではない。
人間だ。人間が焼け焦げているのだ。
おそらくここの村人だろう。
誰かが虐殺を行ったのだ。
「RPG!!」
突然、誰かが大声で叫ぶ。
すると同時に、すぐ目の前の車両が爆発し、炎を上げる。
敵襲ーーーー!?
そう思った時には、周囲は武器を持った集団に取り囲まれていた。
銃口はこちらを向いている。
「総員!交戦しろ!ここを突破するぞ!!」
四方八方から銃声や悲鳴、爆発音が聞こえる。
敵は優に100人を超えている。
非常に不利だ。撤退するしかない。
「司令部!司令部!民兵の待ち伏せだ!支援要請!支援要請!!」
結局、あの戦闘では半数の部下が死んだ。
救援が到着するまでの30分は、悪夢を見ているようだった。
今でも自分が生きていることが信じられない。
マーティン自身は、全滅を免れた功績を認められ昇進した。
確かに昔は勲章や昇進を求めていた。
だが、今はバッジを貰っても、新たな階級章を貰っても、まぶたの裏に浮かぶのは部下たちの屍だ。
祖国に帰った後も、毎晩悪夢にうなされた。
一時は引退も考えたが、彼には軍以外に居場所はなかった。
だから、戦いとは無縁のこの日本に赴いたのだった。
その甲斐あってか、最近はあの悪夢も消え、ようやく眠れるようになっていた。
だが、その悪夢が突然蘇った。
まるでフラッシュバックのように。
「大佐、大丈夫ですか?」
部下の1人が心配げに声をかける。
マーティンの顔は冷や汗でびっしょりだった。
「ああ…すまない。ちょっと疲れてるみたいだ」
そうだ。今日はさっさと切り上げてベッドに入ろう。
最近は睡眠時間もまともに取れず、疲労がたまっていた。
きっとそのせいだ。
マーティンはそう自分を納得させる。
当然、遠くからドンという爆発音が響き、管制塔の強化ガラスが細かに揺れる。
驚いて外に目を向けると、閃光と共に大きな炎が上がっていた。
一体なんだ?事故だろうか?
その直後、再び閃光が起こる。
今度は4つ同時にだ。
事故ではない。
そう理解するのに時間はかからなかった。
部下たちが慌ただしく動き始める。
「どうした!?何があった!!?」
『巨大な生物です!飛翔生物がハンガーを攻撃しました!!』
巨大な生物だと?一体何が起こっている?
地上では大勢の兵士たちがパニックに陥っていた。
目の前で、稲妻のような光が施設に直撃し、巨大な爆発と共に一瞬で消滅してしまう。
「総員!敵襲だ!直ちに戦闘態勢を取れ!!」
すでに基地のあちこちから火の手が上がっている。
ここにいては危険だ。
「総員退避!直ちに避難しろ!!」
マーティンは管制塔にいる全員に向けて叫ぶ。
だが、もう遅かった。
管制塔の屋根を意図も簡単に破壊し破壊し、30mはあろうかという巨大な生物が顔を覗かせる。
体の至る所が不気味に発光し、ビリビリと電流が漏れている。
殺されるーーーーー。
そう思ったが、生物はそうはせず、管制塔上部のアンテナに手をかける。
直後、管制塔内のディスプレイ全てが暗転した。
生物が何をしているのか、マーティンには分からなかった。
20秒ほど経つと、その生物はアンテナから手を離す。
「ビフレストか…」
生物から不気味なほど低い声が発せられる。
マーティンは腰のホルスターから拳銃を取り出し、生物に向けて2、3発発砲する。
それでどうにかなるとも思えなかったが、これ以外に彼に出来ることはなかった。
顔に銃弾を受けた怪物はゆっくりとこちらに振り向く。
やはり効いていないようだ。
マーティンには、その怪物が一瞬笑ったように見えた。
すると怪物は勢いよく管制塔から飛び立ち、それにより発生した強烈な風圧がマーティンたちを襲う。
「大佐!塔が倒壊します!!」
ふと目をやると、床や壁に大量の亀裂が入っている。
刹那、下の方からガラガラという破壊音が響き、 空が一気に遠くなる。
管制塔は支柱から崩壊し、土埃を上げながら地面に吸い込まれていく。
部下たちの悲鳴が轟く。
何度となくあの悪夢の中で聞いたような…。
だが、決定的に違う点がある。
これは決して夢などではなく、今起こっている現実だということだ。
2018年7月14日 千葉県 六山市
峰人は今日も山を登っていた。
普段ならば、土曜日に山に登るということはない。
だが、先週までとは状況がまるで変わってしまった。
それどころか、事によっては世界がひっくり返るかもしれない。
空想上の存在と信じられていた生物、ドラゴンが実在し、そいつと契約を交わしてしまったのだ。
しばらく歩くと、そのドラゴンの姿が見えてきた。
「よう峰人、遅かったな」
「こっちにも色々やることがあるんだ。勘弁してくれ」
この青いドラゴン…グリフォス。
契約を交わしたと言っても、こいつの素性は全く分からない。
「あぁ、分かってる。"お前は一体何者なんだ?"って聞きたいんだろ?」
峰人は驚いた。確かに今まさに聞こうとしていたことだったからだ。
「まさか…心が読めるのか!?」
「いいや。最初の質問はいつも同じだからな」
「あぁ、なるほどね」
グリフォスは「どうだ」とでも言いたげな目をしている。
面倒臭そうな奴だが、悪い奴ではないだろう。
「俺たちドラゴンは、この世界の生物じゃない。違う世界から来たんだ」
「それって異世界ってやつか!!?」
峰人はいきなり食いつく。
ドラゴンに続いて異世界まで存在しているというのか。
「まあ、そうだな。そして俺は次元を超えてこの世界にやってきた」
「おお…!」
峰人は既に目を輝かせて聞いている。
「ドラゴンは何千年も前からこの世界を訪れていた。
そして時に人間と契約を交わし、歴史の裏側で世界を動かしていた。
歴史上名の知れた人間は、ドラゴンと契約していた者も多い」
「何でドラゴンは人間と契約するんだ?みんながみんな胸に風穴が開いて死にかけてたわけじゃないだろ?」
「ドラゴンとしての本分であり、使命だからだ。ドラゴンは本来、人間と共に未来を築くために存在している。どんな人間と契約するかはそのドラゴンに委ねられる」
「へぇ…俺を選ぶなんてお目が高いね」
グリフォスは峰人の言葉を軽く無視する。
「なあ、もっと竜騎士の力を使ってみたくないか?」
その言葉に、峰人は口元を緩める。
是非ともやってみたいことがあったからだ。
"これ"をやらなければ竜騎士になった意味がない。
「いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!!」
峰人はグリフォスの背中に乗り、大はしゃぎする。
地面はもはや遥か遠くだ。
グリフォスは巨大は2対の翼を羽ばたかせていた。
空気抵抗もほとんど無い。
おそらく竜騎士の力のおかげだろう。
視認するのもやっとな程に小さくなった街と、間近に迫った大空に、峰人はただ感嘆していた。
両手を広げ、風を感じる。
何という素晴らしい光景だろう。
山、川、町、海…。
それが遥か遠くまで続き、その果ては空との境界になっている。
曲線を描く地平線は、"地球"というものを感じさせるには十分であった。
「ははは!最高だなグリフォス!」
「全く…人間は何故揃いも揃ってこれをやりたがるんだ?そんなに飛ぶのが好きなのか?」
「馬鹿だなぁお前…人間は大昔から自由に空を飛ぶことを夢見てたんだぜ?
興奮するに決まってるだろ!!」
「フッ…そうか。じゃあもっと楽しませてやる」
「え?何…うわっ!?」
突如、グリフォスが地上に向け垂直に降下し始める。
グリフォスが持つスピードと、地球の持つ重力が重なり、とてつもない速度で落下していた。
「おいおいおいおい!!お前正気か!?」
峰人は若干パニックに陥っていた。
グリフォスを必死に制止しようとするが、止まることはない。
それどころかぐんぐんと加速している。
雲を突き抜け、海面が迫る。
竜騎士の力があっても、さすがに上昇気流を感じる。
あっという間に、海面ギリギリの高度にまで落ちていた。
峰人は思わず、恐怖で両腕で顔を庇う。
だが、グリフォスは海面に激突する寸前で水平飛行に移った。
大きな水しぶきを上げながら、海面すれすれを飛んでいる。
「どうだ?スリル満点だろ?」
「はっはっはっはっは!!!クッソ楽しい!マジ最高だ!!」
峰人は先ほどまで恐怖していたことも忘れ、大喜びしている。
グリフォスは大きな橋の下をくぐると、再び上昇した。
「ははは!行け!雲の上まで!」
ドラゴンと竜騎士は、そのまま再び空の輝きの中へ消えていった。
太陽はもう西に傾き始めている。
グリフォスは先ほどとは打って変わり、ゆっくりと静かに飛行していた。
峰人は沈む夕陽を見ていた。
同じ夕陽でも、山の頂上から見るものとはまるで違う。
互いに言葉は交わさず、風の音だけが響いていた。
「なぁグリフォス、聞きたかったんだけど…」
沈黙を破ったのは峰人だった。
「お前はどうしてこの世界に来たんだ?」
「ああ、その話をしなければな…」
陽は徐々に地平の彼方へ沈み、闇が空を包み始める。
「かつて俺たちの世界は平和そのもので、人間とドラゴンが共存していた。
だがドラゴンの中には、人間を劣等種と見なし、支配しようとする者がいた。やがて彼らは"ギデオン軍"を組織し、人間や対立するドラゴンを襲い始めた。
それは徐々に大きな争いとなり、"人竜大戦"と呼ばれる大戦争に発展した。
長きに渡る戦争は世界を荒廃させ人類は滅亡し、そして生き残ったドラゴンの多くは、この世界へ渡った」
峰人はその話に真剣に耳を傾ける。
どうやら思った以上に事情は複雑なようだ。
「それで、お前はこの世界で何してたんだ?」
「しばらくは契約者と共に過ごした。人間同士の戦争にも参加した。だがある日、ギデオン軍の最高幹部ゾルダーが現れた。
奴はこの世界にあるというオリジン・ストーンを求めていた」
「オリジン・ストーン?」
「我々の世界では、全ての源とされていた石だ。異世界転移にもこの石の力が使われる」
「へぇ…凄い石なんだな」
「その中でも大型のものがこの世界にあると、奴は言っていた。小石程度のサイズでも異世界への扉を開けられるから、実在すればその力は計り知れない。何に使おうとしてたのかは分からないが…。
70年以上前俺は奴と戦い、封印することに成功した」
ギデオン軍、人竜大戦、オリジン・ストーン…。
情報量の多い話だ。
「お前を襲ったドラゴンはギデオン軍だ。今になって再び奴らが現れ始めた。何を企んでるのか…」
ギデオン軍がこの世界に?
ということは、この世界でも人竜大戦が起こるというのか。
そうなれば手に負える事態ではない。
峰人は胸の中に大きな不安を抱いた。
家に帰ったのは、月が昇り始めた時間帯だった。
「お帰り、お兄ちゃん」
11歳になる峰人の妹 雛は、笑顔で出迎える。
「あら峰人、遅かったのね。早く夕ご飯にしましょう」
2人の母である明美もまた、優しく迎える。
女手一つで兄妹を育てる、強い女性だ。
二人に笑顔で答えながら、峰人は何気なくテレビのリモコンに手を伸ばす。
『番組の途中ですが、ただ今行われている伊川首相の緊急会見の模様をお伝えします』
何だ?緊急会見?
峰人が疑問に思っていると、伊川首相が登壇し、会見が始まった。
『昨日夜、山口県の岩国基地が攻撃を受けました。日米双方に多数の死傷者が確認されています。何者による攻撃か、目的が何なのかは依然判明しておりません。政府は国家安全保障会議を招集し、全力で対応にあたっています。さらなる攻撃も想定されるため、国民の皆様はテレビ、ラジオの情報に注意し…』
まさか、ギデオン軍か…?
峰人の不安は、早くも現実のものになろうとしていた。




