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第3話 邂逅

一体どうしてこんなことになってしまったのか。

ただ、近所の山に登り、景色を楽しもうとした。ただそれだけだ。

こんなところで死にたくなかったし、無論死ぬ覚悟などある筈もなかった。

たった15年しか生きていないというのに。

高校にも行けると思っていた。

やりたいことだってある。

あぁ…こんなことになるなら、もっと色々好きなことをしておくんだった…。



ドラゴンの爪は、峰人の体を貫いた。

だが、急所はギリギリ外れていた。

いや、ドラゴンがわざと外したのだ。

最後まで恐怖と苦痛に苛まれるように。


「げはっ…う…お…おえっ…」


呼吸がうまく出来ず、思わずえずく。

すると、口から大量の血が吐き出された。周囲には大きな血だまりが形成されている。

もう峰人の体には血はいくらも残っていないだろう。

内臓も、もはや形を成していない筈だ。それでも彼は、命の消えかけた体を這いずらせ、ドラゴンの毒牙から逃れようとする。

生物としての本能が、諦めることをしなかった。

必死に腕を動かして怪物から離れようとするが、その腕すらもだんだんと麻痺してくる。

意識が薄れてくる。

だがここで意識を失えば、間違いなく死ぬことになるだろう。

背後からドラゴンのケタケタという楽しげな笑い声が聞こえる。

もう痛みはない。少し熱さを感じるだけだ。

頭がぼうっとして、強烈な眠気が襲ってくる。体が重い。

命の灯火が消えていくのを感じる。

峰人は抵抗をやめ、ゆっくりと自身が流した血の海の中に頭を倒した。


バキバキッという、木々がなぎ倒される音が聞こえる。

ドラゴンに追われた時に聞いた音によく似ている。

その音が、徐々にこちらに迫ってくる。

そしてその直後、巨大な青い影が峰人の頭上を飛び越えた。


突然、赤いドラゴンに何かが激突し、その巨体が宙を舞う。

直後に地面に叩きつけられた赤いドラゴンは、混乱しながらも状況を確認しようとする。


彼の目の前には、自身よりも大きい、青い鱗を持ったドラゴンの姿があった。

頭部は見るからに頑丈そうな外骨格に覆われている。

その姿を、彼はよく知っていた。

かつて何体もの仲間を葬り、最強のドラゴンの一体に数えられた存在ーーー。


「貴様…グリフォス!!!」


赤いドラゴンはさっきまでの余裕を失い、大声で叫ぶ。


「人間をいたぶるのがそんなに楽しいか?バジ…」


青いドラゴンーーーグリフォスは嘲るように言う。


「…貴様の首を取れば、 俺の名も大きく上がるってもんだ」


バジは威勢良く吠える。


「馬鹿な奴だ…あの世で悔やみ続けろ!!」


グリフォスがそう言い放った直後、バジは勢いよく飛びかかり、口から火球を繰り出す。

遅れてグリフォスも火球を放ち、それを相殺する。

火球同士のぶつかり合いにより大きな爆発が発生し、黒い煙が周囲を覆う。


ーーーもらった。


バジは煙の中に飛びかかり、グリフォスの首筋に噛み付こうとする。

だが、そこにグリフォスの姿はなかった。


馬鹿な…!?


バジは慌てて、周囲を見渡す。

奴の姿は見当たらない。逃げたか?

いや、奴に限ってそんな筈はない。


「誰を探しているんだ?」


背後から低い声が響く。

バジが振り返った時には、もう遅かった。


グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


グリフォスの鋭い牙が、バジの首に突き刺さる。

バジは逃れようと暴れるが、化け物じみた強靭な顎がそれを許さない。

グリフォスはそのまま、バジの喉笛を噛み千切る。

鮮血が飛び散り、グリフォスの顔にも返り血がかかった。


「ぎ…貴様ぁ゛……!!」


バジは憎しみを込めて敵を見上げる。

喉が損傷しているので、上手く発声が出来ない。


「さっき人間の子供を襲ってた時は随分と楽しそうだったじゃないか。クソみたいな趣味を持ってやがるな…。だがドラゴンとは何度戦った?」


グリフォスの口が、メラメラと燃え始める。

そして炎はたちまち、巨大な火球となる。


「よ…よぜ!!」


バジの懇願も虚しく、火球が放たれる。

大きな爆発の後、さっきまでドラゴンであったものの肉片が、あたり一面に散乱した。


「ふん、種族の恥さらしが」


グリフォスは吐き捨てるように言った。




「…い!にん…ん!……りしろ!」


青いドラゴンが、何かを叫んでいる。

どうやら襲っては来ないようだ。

先程から何かを訴えている。


「おい!大丈夫か!?」


一体どこをどう見れば大丈夫に見えるのか。

半死半生どころではない、8割方死んでいる状態だ。

心配してくれるのは有難いが…。

…ん?待てよ?ドラゴンが俺を心配している…???

峰人は驚いてドラゴンの顔を見上げた。


「おお、まだ生きてたか」


青いドラゴンは意外そうな表情だった。きっともう死んでいると思ったのだろう。


「人間、まだ生きたいか?」

「え…あ、あぁ…」


ドラゴンからの質問は意味が分からなかった。病院まで運んでいってくれるとでも言うのか。


「ならば、俺と契約を交わせ。

生命力が向上してその傷を修復できる」

「な…け…契約???」


意識が混濁していてよく理解出来ないが、それが助かる方法のようだ。

どういう事情があってこのような提案をしてくるのか分からない。

ドラゴンの中にも慈善活動家はいるということか。

とにかく、選択肢は他にないだろう。


「交わす…交わすよ………!!」


これで助かるのだろうか。

今はこのドラゴンを信用するしかない。


「あ、そうだ。契約条項とか説明した方がいいか?」

「いいから早く!!」




契約の効果は、驚くべきものだった。

完全に致命傷であった胸の傷が、瞬く間に治癒したのだ。

穴は完璧に塞がり、傷跡すら残っていない。

呼吸が整っているところを見ると、内臓まで修復されているようだ。


「良かった…ありがとう。契約って凄いんだな」

「ああ、だがこれだけじゃないぞ。お前はドラゴンの能力の一部を使えるようになったんだ」


ドラゴンの能力?口から炎でも吐けるのか?


「右手の甲を見てみろ」


言われるままに、峰人は自身の手に目をやる。

するとそこには、青白く輝く紋章のようなものが浮かんでいた。

綺麗に象られた円の中には、複雑な模様が刻まれている。

いわゆる魔法陣というものに近いかもしれない。


「うわっ!何だこれ!?」

「契約の印だ。そのマークは我が種族のシンボルみたいなのだな」


しばらくすると、その紋章は静かに消えていった。

まさしくファンタジーだ。

峰人はさっきまで死にかけていたことも忘れ、興奮を覚える。


「じゃあ次は、剣を出してみろ」

「剣?」


峰人はキョトンとしてドラゴンを見上げる。

普通の人間は剣など持ち合わせていない。

峰人の疑問に気付いたのか、グリフォスは加えて説明をする。


「竜騎士の契約を結んだ者は、ドラゴンの力が宿った"竜剣"を自由に召喚できる。とにかく念じてみろ。難しいことじゃない」


自由に召喚とは凄い。是非ともやってみたい。


「よーし!剣よ出ろ!」


峰人は勢い良く右手を空に掲げる。

しかし、特に何も起こらない。


「あー、右手に剣を持つイメージを浮かべろ」

「あぁなるほど」


言われた通りにやってみる。


右手に剣…右手に剣…。


すると、どこからともなく発生した青白い粒子が徐々に物体を形成し、あっという間に剣の形になった。

全体が鉄のような素材で、刃は見るからに切れ味が良さそうだ。

剣自体はそれほど重くない。

黒い刀身のところどころが青白く輝いている。


「マジかよ…」


あまりに非現実的な出来事に、峰人は恍惚とした表情を浮かべる。


「この剣はこっちの世界では"エクスカリバー"と呼ばれていたらしい。大昔に竜騎士団を率いた男は、後に王となったという」

「へぇ、イカすだな」


峰人は手触りを確かめるように、剣を左右に振るっていた。


「この他にも手から火球を発射する技とかもあるぞ。どうだ人間、気に入ったか?」

「ああ、すげぇ気に入った!」


峰人は確かに心の底から喜んでいた。

夢物語だと思っていた力がこんなにも簡単に手に入ったのだから、当然だ。

このまま竜騎士となり、ドラゴンと共に世界を旅し、巨悪と戦う。

この上ないロマンだろう。

だが、こんな力を受け取るわけにはいかない。


「悪いなドラゴン。確かに凄い力だし、最高に気に入ったよ。でもな、俺には家族がいて、普通の生活があるんだ」


竜騎士の力などを持っていては、もう普通の人生を送れなくなることは明白だ。

この力のために、普通の生活を捨てることなどできない。

ましてや父親のいない峰人の家庭ならば尚更だ。


「助けてくれたことは本当に感謝してる。でも、この力は受け取れない。

だから契約はまた他の人間を当たって…」

「あー…悪いんだが、契約は一度交わせば解除は出来ない」

「え?????」


峰人は自分でも驚くほど素っ頓狂な声を上げる。

どういうことだ?契約を解除出来ない??


「契約というのは一度結べば基本的に一生有効だ。申し訳ないが…どうしようもない」

「えええ!?おいおいおい!冗談だろ!?今後の俺の人生どうするんだ!!?」

「あぁ、言い忘れてたが、この契約は"奉命の契り"って言ってな、もしドラゴンの身に何かあったら、契約した人間の命も失われる」

「はぁ!!?言い忘れんな!一番大事なとこだろうが!!!」


冗談ではない。

ドラゴンが死ぬと人間も死ぬ?

そしてそれが一生続く?

つまりドラゴンの命を守るために、人間は半ば強制的に協力しなければならないということだ。

無論、ドラゴンと争うなどもっての外だ。

"命を救われた"というよりは、"命綱を握られた"と言った方が正しいのだろう。


「これ…脅しみたいな契約じゃないか。本当に解除する方法とか無いのか?」

「まあ、あるにはあるな。1つだけ。ドラゴンは力を使い果たすと、最低でも数十年の休眠を要する。その時に契約は消滅する」

「良かった。じゃあ今すぐ眠ってくれ」

「嫌だよ。さっき目覚めたばっかだぞ。そもそもお前が説明も聞かずに契約を承認したんだろう」

「それは仕方がないだろ!説明聞いてるうちにこの世とさよならしちまうわ!」


峰人は自分の将来を憂い、死んだ魚のような目で空を見上げる。


「…まあ、過去の契約者で、契約したことを後悔して死んだ奴はいないから大丈夫だ…多分」


あまりに不憫な様子の少年に、グリフォスはなだめるように言う。

こうなってはもう、受け入れるしかなかった。


「そういえば、名前はグリフォスでいいいのか?」


峰人はふと思い出したように聞く。

さっきのドラゴン同士の会話の中で名前を聞いたが、まだ確認を取っていなかった。


「ああ、そうだ。それで、お前の名前は?」

「俺は峰人。旭峰人だ」

「よし。よろしくな、峰人」

「あぁ…よろしく…。しかし参ったな、もうとっくに夜だし、服もボロボロだ。母さんになんて言われるか…」


こうして、1人と1体の壮大な戦いと冒険の物語は、図らずも始まった。

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