表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

第20話 エピローグ

「峰人!!」

「お兄ちゃん!!」


グリフォスの背に乗って市ヶ谷駐屯地に到着するや否や、母と雛が駆け寄って両手で峰人の体をギュッと抱きしめた。

それは息苦しいほどであったが、不快感は全くない。

まるで、何年も生き別れていた家族がようやく再会を果たしたような雰囲気であった。

母も妹も、涙を流しながら再会を喜んでいる。

諸般の事情は、自衛隊により事前に説明されていたため、峰人があれこれ言う必要はなかった。

もっとも、何がどうなっていたのか峰人自身もよく分かっていないのだが。

とにかく、今は生きて帰れたことを心から喜ぶことにした。


「はぁ……腹減った」


抱擁が終わると、峰人はそう呟いた。

思い返してみれば、この数日間まともな食事を摂っていない。

しかも、体には疲労が限界まで溜まっている。


「じゃあ、家に帰りましょう。すぐにご飯を作るわ」


母の優しい言葉に、峰人が微笑んだ。

やっと、家に帰れる。






2017年7月30日 防衛省 統合幕僚長室

林統幕長から突然呼び出された八重山は、部屋に置かれているテレビで伊川首相の緊急会見の様子をじっと見ていた。

内容は勿論、先日の名古屋襲撃事件についてだ。

記者たちが我先にと挙手をし、伊川首相に質問をぶつけている。


『総理!つまり六山や名古屋に出現した飛翔生物は、知的生命体であるということですか!?』

『その通りです。彼らは"ギデオン軍"と名乗り、人類支配のため我々に攻撃を仕掛けたと推測されています』

『列島新聞社の長谷です。ギデオン軍が再び襲撃してくる可能性はありますか?』

『目下のところ、調査中であります』


八重山は意外に思っていた。

ドラゴンに関する情報は、殆ど隠蔽されるものと予想していたからだ。

だが実際は、ギデオン軍についてやその目的、果ては異世界に関することまで言及してしまった。

政府の真意までは測りかねたが、大方再びこのような危機が訪れた時に即応できる態勢を整えるためだろう。

そう、この事件はまだ完全には終わっていない。

ギデオン軍の副官ノヴァの死骸は、未だに見つかっていない。

海自の護衛艦3隻を撃沈した後、その消息を完全に絶っていた。

無論、言及されなかった部分も少なくない。

ビフレスト社やアメリカの関与、旭峰人の存在など、この世界の人間が深く関わることだ。

特にビフレスト社に関しては、その目的は分かっていない。


突然、部屋の扉が開かれると、


「呼び出したのに待たせてすまない」


と言いながら林統幕長が入室してきた。

八重山は即座に起立して敬礼しようとしたが、それを手で制し、「座っていろ」と合図した。八重山は素直に従う。

林統幕長は八重山の向かいのソファーに座ると、話を切り出した。


「君への勲章の授与や昇進に関しては、また後日話そう。それより…」


林統幕長の表情が険しくなる。


「ビフレスト社についてどう考える?」


やはりか、と八重山は思った。

林統幕長もビフレスト社については気がかりだったらしい。

ドラゴンとの関わりについて会社の上層部に掛け合っても、「関知していない」の一点張りだった。

しかし、これほどの案件だ。何も知らなかったとは考えにくい。


「彼らは何かを隠しているのでしょう。何故ドラゴンを研究していたのかも謎のままです」


ゾルダーにより破壊された海底施設を調査したが、手がかりは一切見つからなかった。

全ての答えは、暗い海の底に消えてしまった。


「ああ。もし、かつてアメリカが試みたように、ドラゴンの兵器転用を行おうとしていたとしたら……」


その言葉に、八重山は激しい胸騒ぎを覚えた。

もしかすると、我々が気付かぬうちに、新たな危機が忍び寄っているのかもしれない。









2017年9月3日 千葉県 六山市

日が西に傾き始めた頃、峰人は家を出た。

ドラゴンと出会った日以来、これが日課になっている。

森園中学校は完全ではないにしろ再建されていたため、無事に始業式を執り行うことが出来た。

時々肌をさする冷たい風が、秋の足音のように思えた。

暖かい季節が好きな峰人にとってはあまり歓迎できることではない。


今年の夏は特に忙しかったように思えた。

名古屋での戦いの後も政府に呼び出され、色々な人間に色々なことをあれこれ質問された。

彼らも仕事でやっているのだろうが、こちらも殆ど何も知らないまま戦っていたのだ。まともに答えられる訳がない。

医学的な検査もいくつか行われたが、答えは皆同じ。「よく分からない」だ。


先日はグリフォスと共に何と内閣総理大臣と面会してしまった。

総理直々に感謝状が手渡されたというのに、グリフォスは終始つまらなそうにしていた。彼にとってはどうでもいいことだったらしい。


マスコミには公表されておらず、情報もしっかり統制されているため、記者に追い回される心配は無用だった。


何より嬉しかったのは、政府が旭家への金銭的支援を約束してくれたことだろう。

彼らなりの謝礼、ということらしい。

父の事故死以来、死亡退職金と保険金での生活であったが、それにも漠然とした不安を抱いていたところだった。

そんな折の金銭援助の話は、願ってもないものだ。

母は「子供達を大学に行かせられる」と大喜びだった。

ドラゴンとの出会いもまんざら悪いものではなかった、という訳だ。



「おい峰人!おせーよ!」

「あぁ、悪い悪い」


いつもの山の麓では、隼太が首を長くして待っていた。

あの事件以来、彼もグリフォスと共に遊ぶようになった。

隼太は「UMAは最高だなぁ」などと言いながらグリフォスの背に乗っていた。存在がバレたらもう未確認生物ではない気がするが。


山の頂上付近に到着すると、2人の前に青い鱗を持ったドラゴンが現れた。

勿論、驚いたりはしない。彼らにとってはとうに見慣れた存在だ。


「おい遅いぞお前ら」

「峰人のせいだって!」


隼太は、グリフォスともすっかり仲良くなっていた。

どういう訳か、グリフォスは隼太のオカルト談義に興味を示した。

それを機に一気に話が弾んだようで、隼太が新しい話を持ってくるたびに会話を膨らませていた。

「ヒマラヤ山脈にイエティを捕まえに行こう」などと計画する彼らを峰人が慌てて止めたのは先週のことだ。


峰人と隼太が、グリフォスの背中に跨る。

それを確認すると、グリフォスは体を伸ばすように翼を広げる。


「それで?今日はどこに行く?」

「ん〜、まあ適当に飛んでくれ」


隼太の注文を聞くと、そのまま空へと飛び上がる。

2人の全身に激しい風が当たるが、彼らに恐怖はまるでなく、むしろアトラクション感覚だった。

グリフォスはそのまま、ぐんぐんと高度を上げていく。



「「おおおお…!!」」


しばらく上昇すると、少年たちは感嘆の声を上げた。

沈みゆく太陽と、赤く染まった空と雲。

もちろん夕焼けを見たのは初めてではないが、遥か上空からの眺めは地上から見るそれとは比べ物にならない。

手を伸ばせば届きそうな位置にある太陽が、地平の彼方に落ちていく。

夕焼けがこんなに美しかったのは、初めてグリフォスの背に乗った時以来だ。


夜が訪れようとしている。

誰よりも天に近い場所で夜を迎えたい、峰人はそう思っていた。


「グリフォス」

「ん?」

「今日は最高高度に挑戦してみないか?」


峰人の提案にグリフォスはニヤリと笑うと、そのまま直角に近い角度で急上昇を始める。


「おいおいおいちょっと待てちょっと待て!!!」

「掴まってろ隼太!!」


ぐんぐんと高度を上げ、雲の中を突っ切っていく。

乗り手にとっては恐怖と爽快感が混在する、何とも不思議な感覚のものであった。


「雲の上まで行け!!」


その言葉とほぼ同時に、ドラゴンは雲のさらに上へと到達する。

煌めく星々が、グリフォスの青い鱗を一際輝かせる。

果てしなく広がる星空は、見るものに世界を感じさせた。

この光景を見れば、竜騎士となったことへの恐怖や後悔など吹き飛んでしまう。


これから先、再び強大な敵が現れるかもしれないし、命の危機も訪れるかもしれない。

だが、それでもーーーー。


「グリフォス……いつか、世界中の空を回ってみよう」

「あぁ、そうだな」


1人と1体の壮大な戦いと冒険の物語は、まだ始まったばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ