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弾ける桜に生きた人々  作者: 鷺ノ森思織
6/6

【彼女は語った、真実】


翌朝、楢木野麻梨香の遺体が発見された。

嘉手納真央子に続いて、またも有名な人物の死に街一帯が騒めいた。

そして疑惑の目は、小須田羽菜に一身に注がれた。

二人に共通した人物といえば、小須田羽菜の他にはいなかったからだ。

すぐに警察に連れて行かれ、再度話を聞かれたという。

私が彼女を労う言葉をかけると、小須田羽菜は「大丈夫よ」と笑った。

嘉手納真央子の死について、小須田羽菜が無関係である可能性は高く、無実だろうと私は信じていた。

しかし、今度は楢木野麻梨香までもとなると。私とて、疑わずにはいられない。

そして、そんな私の元に、一通の手紙が届いた。楢木野麻梨香の死から、二日後のことだった。

差出人は、楢木野麻梨香だった。

茶色の小封筒にボールペンで書かれた、端正な文字の羅列。


ーーーーーーーーーー

拝啓 鷺ノ森思織様


突然のお手紙、失礼致します。

F女学院大学部所属 楢木野麻梨香です。

以前に一度、直接お会いさせていただいておりますゆえ、顔くらいは覚えておられるのではないでしょうか。

此度は、唐突な私の死に驚かれたことでしょう。嘉手納真央子の件のすぐ後ですから、貴女は小須田羽菜のことを大変気にかけているでしょう。

そんな貴女にお教えしておきたい事柄が御座います。そのために、筆をとった次第です。


鷺ノ森思織さん。

貴女は小須田羽菜が嘉手納真央子、そしてこの私 楢木野麻梨香を殺めたと勘ぐられると思いますが、それは事実であります。

嘉手納真央子、そして私は、小須田羽菜という一人の少女の手によって、奈落へと落ちたのです。


しかしそれは、彼女の悪意からなる行為では御座いません。断じて。

私は感謝しなければならないのです。

ああ、私を殺してくれて心から有り難う、と。

もし、貴女がこの手紙を手にしている時、本当に私がこの世から去っているというのであれば、私は願いを叶えたのです。

恋い焦がれた永遠を、手に入れたのです。

私は、小須田羽菜に殺されることで、我が想い人 嘉手納真央子と一つになることができたのですから。

本当に小須田羽菜には感謝しかない。


ここで貴女は、はて? と思われるでしょう。楢木野麻梨香の想い人が嘉手納真央子とは、これ如何に? と。

そうなのです。

全ては私の思い通りなのです。

私はずっと、嘉手納真央子と共にあるために小須田羽菜を思うふりをしてきたのです。

私が本当に心から愛していたのは、嘉手納真央子その人です。


ここからは、私の自慢にもならない下品な生き様について、稚拙な文章ながら記させて頂きたいと存知ます。


まず初めに。

私が高等部一年生の頃の話です。

真央子と同じクラスになりました。中等部の頃から部活動も同じで、私にとって彼女はよく目につく同級生というカテゴリーに名を連ねておりました。

その頃、私には恋人があり、真央子の恋心にも気付かずにいました。

今思えば、寂しいことをしたし、言ってしまったなと後悔しています。

真央子の私への好意に気がついたのは、二年生に進級してからのことです。

私の父は楢木野クリニックという医院で医院長という座についており、院内のことは何でも把握しておりました。

ある夜の晩御飯の後のことです。

私は父の口から、真央子が父の病院に厄介になっているという話を聞かされました。

私は事実を本人の口からちゃんと聞きたいと願い、翌日、彼女を呼び出し、問い詰めました。その時のことです。

「私達、友達じゃない」

そう言った時の真央子の顔を見て、やっと気付いたのです。

F女学院は名の通り、女子校ですから、私の周囲でも同性愛者は珍しくありませんでしたので、すぐに彼女の気持ちが恋情であるのだと察しました。

けれど、彼女はそれきり、私の干渉を拒んだのです。

それから私は、彼女の願い通り、廊下で見かけても、同じバスに乗っていても、街ですれ違ったとしても、決して声はかけませんでした。

しかしそうなってくると、余計に彼女のことが気になって仕方がなくなり出したのです。

もっと早くに気付いていれば。

もっと早くにこの気持ちになれていれば、と自身を深く恨んだものです。

いつしか私の方が、嘉手納真央子を好きになっていました。


そうして月日が過ぎ、我々の前に小須田羽菜が現れました。


横目で真央子を追っては、声をかけられぬジレンマに唇を噛んできた私にとって、真央子と親しげに過ごす羽菜の存在はその上なく鬱陶しいものに他なりませんでした。

ああ、その場所は私の場所なのに。

本来なら、私が真央子の視線を独り占めできたはずなのに。

そんな気持ちが私を覆います。

そこで私は思いつきました。

小須田羽菜を私のものにしてしまおうと。さすれば、真央子と羽菜が一つになってしまうこともあるまいと。


それからというもの、私は羽菜へのアプローチを始めました。

どうか、真央子ではなく私を愛してくれないかと試行錯誤しました。

それでも羽菜の口から真央子の名前を聞かなくなる日はこなかった。

それがどうしたことだろうか。

ある日を境に真央子と羽菜のツーショットを見る機会がなくなりました。

それもそのはずです。

真央子自体が学校から消えたのですから。


その理由はすぐにわかることとなります。また、父が教えてくれました。

真央子が病魔に蝕まれ、楢木野クリニックに入院していると。そう、聞かされました。

私はすぐさま、真央子の見舞いと称して会いに行きました。

こんな機会でもないと、もう真央子と話せる時はこないのではないかと思ったからです。

頭を下げ、嫌だとは思うけれど私と話してくれないかと懇願すると、真央子はそれを受け入れてくれました。

それから、私は羽菜には何も告げずに真央子との逢瀬を重ねることになるのです。

こんなにも幸せな時間はなかった。

羽菜に秘密というのも、なぜだか興奮を煽られた。

今、真央子は私だけのものなのだと。

悦に入っていたわ。

けれど、それではまだ未完成だった。

小須田羽菜に嘉手納真央子をきちんと諦めさせなければならなかった。

嘉手納真央子に小須田羽菜と別れる決意をさせなければならなかった。


私は羽菜に、小児科の子供達と一緒に遊んでやってくれないかという口実で、真央子のいる楢木野クリニックへ誘い込んだ。

ここで羽菜は、真央子の現状を知る。

そして真央子は羽菜を思って、自分から彼女を遠ざけるだろうと推測していた。

わざとバス停に待つ羽菜に見つかるように窓際を歩いて、真央子の病室へ向かった。ちゃんと羽菜がこちらを向いたのを確認して、歩き出した。

案の定、羽菜は私の後を追って真央子のいる病棟の方へやってきた。

羽菜は私から本を借りていたのです。

それを利用して、「今度会えた時にでも返してくれれば」と話しておいたの。

そうすれば、律儀な羽菜なら、きちんと次に会う時に持ってくるだろうと踏んでいたわ。

本当は私の後を追わせて、真央子の病室までおびき寄せるつもりだったのだけれど、偶然にも彼女の知り合いの生徒がいたらしくて、その子の口から真央子が病院にいることを聞かされたようでした。

運良く、私が引き合わせる手間も省け、二人は久方振りに病院の冷たい廊下の上で再会することとなったのです。

彼女達は、少し話をして、それから、真央子が私との過去について羽菜に話し始めました。


それは、真央子が私に好意を抱いていたのに、私がそれを受け入れはしなかった……というような、端的に言うとそんな感じの話よ。

病室の外で聞き耳を立てていた私は苦しかったわ。

もし、真央子が言うようにあの頃、私に惹かれていたのだとしたら、私はなんて勿体無いことをしていたのだろうと。

そして真央子は、私の思惑通り、羽菜に私と一緒になるように告げました。

しかし、羽菜がそれを受け入れなかった。

貴女の本心が知りたいと、真央子に我儘になるようせがんだのです。

そして真央子もそれに答えた。


「貴女に殺されたい」

それが真央子の望みだった。

愛する人の手で一生を終えたい。

先の短い彼女だからこその望みだった。


私はそれを聞いた時、絶句したわ。

だって、真央子がいなくなったら元も子もないもの。

そんなことがしたくて、真央子と羽菜を引き剥がそうとしたんじゃないわ。

でも、真央子の望みを羽菜は承諾した。

眩暈がしたわ。

「愛故に」その一言で禁忌を犯そうとする、彼女達の仲に。

「愛故に」その一言で何もかもを一緒に背負いこめてしまう、彼女達の信頼関係に。


それでも、諦めきれる私ではなかったのです。

「私は欲しいものは手に入れたい性質なの。手段こそ問えど、叶うならなんでもこの手中に収めたいと願うわ」

そのようなことを、以前に羽菜に話したことがある。確か真央子が死んですぐ後、私と羽菜が二人きりで話をした時のことよ。

私のことも殺してほしいと頼んだ時のことだったわ。


全ては演技だった。

全部が全部、嘘っぱちだった。


真央子にかけた労りの言葉も。

羽菜にかけた暖かな囁きも。

全部、私が欲しいものを手に入れるためだけに用意された、台詞でしかなかった。

羽菜は私の殺害を渋々であったけれど、許諾したわ。

私は死にたかった。

真央子が死んだ場所で、真央子が死んだように。

そのために、同じ場所で同じような夜に、小須田羽菜の手によって死ななければならないと考えていました。

私はただそれだけのために、小須田羽菜の罪を増やした。悪い女よ。

少なからず、彼女への愛着もあったの。

初めは真央子を取り返すために近づいたようなものだったけれど、いつしか羽菜を素敵だと思う心にも気付いていた。

でもね、私は真央子と一つになるという夢を叶えたくて叶えたくて致し方がなかった。


今晩、私は羽菜に殺されるでしょう。

死ぬ間際に、私は羽菜にキスするつもりでいます。

それは、どれだけ願っても果たされなかった真央子へのキスでもあるのです。

あの人が重ねた唇に私の唇を重ねることで、私はやっと真央子に触れられるのだと思っています。


歪んでいるでしょう。

何もかもがおかしいでしょう。

常識ではないと思います。

今回私が貴女宛に筆をとったのは、貴女が羽菜の親友だと見込んでのことです。

これを読んでいる時、羽菜がどのような状況にあるかは、今の私にはわかりかねますが、おそらく、あまりよろしくない立場に立たされているであろうことは安易に想像がつきます。

それもそうよね。

真央子の次に私だもの。

羽菜が疑われないはずないわよね。

羽菜は真央子の願いを全て叶えるつもりでいたわ。

羽菜は犯罪者ではない。

真央子の願いを叶えた天使である。

そんな真央子の意を汲んで、自首はしないつもりでいた。

もし、今、羽菜が警察に追われる身になっているのだとすれば、同封されている手紙を見せてください。


鷺ノ森さん。

貴女も真央子を愛した一人なのだとしたら、どうか、彼女の願いを叶えて。

私達と、秘め事を共有しましょう。

これは決して罪じゃないの。

美しいまでに儚い、乙女のあるべき姿よ。

そして、こちらの手紙を読み終わった際には、どうか燃やし尽くして欲しい。

羽菜に見せるかどうかは貴女に任せるわ。どうせもう私はいないのだし、どう思われようが関係ないもの。


それじゃあ。

長々と興味もない話を続けて悪かったわね。脈絡もなく、読みづらかったでしょうけど、私は文系ではないし許してね。


楢木野麻梨香

ーーーーーーーーーー


同封の手紙にはこうあった。


ーーーーーーーーーー

警察関係者各位様


私、楢木野麻梨香はこの度

親友 嘉手納真央子の自殺という信じ難い事実に直面し、生きていく自信をなくしたことをここに記します。

かけがえのない、宝物のような親友を失い、私は、上手に息が出来る気がいたしません。

今回、このような手紙を書いたのは

小須田羽菜さんにあらぬ誤解がかからないためであります。


嘉手納真央子、そして私。

二人が続けて亡くなれば、小須田羽菜さんが何らかの形で疑われてしまうのは目に見えています。

しかし、私は言いたい。

楢木野麻梨香は、自殺であると。

この文面は私自身が書き連ね、何も、小須田羽菜さんに強要され書いているなんてことは一切ありませんし、小須田羽菜さんにもこの手紙のことは何も話していません。


この手紙が届く頃には、私はもうこの世にいないでしょう。

人間として、生きる権利を自ら放棄するという馬鹿げたことをして、大変申し訳なく思います。

それでも、生きてゆかれないのです。

わかっていただけないこととは思いますが、何卒、納得のほど、お願い致します。


楢木野麻梨香

ーーーーーーーーーー


署名の隣には、ご丁寧に拇印まで押してあった。赤いそれは、もしかすると血液なのかもしれない。

私は、小須田羽菜、嘉手納真央子、楢木野麻梨香の三名に対して、平伏するほかなかった。

ここまで人を愛するということが、果たして私にもできようかと。

やり方はきっと間違っていた。

もっと他にも、平和的な解決策もあったはずだ。それでも、こんな方法を選んでしまう彼女達に、可愛げすら感じてしまう。

おそらく私も、どこかしらの点で通常とは異なっているのだと思う。

誰しもが常識から一歩はみ出ているのだと思う。

私は常識的な人間を羨望したりはしないし、むしろ哀れむだろう。

結局私は、同封された警察関係者各位宛の手紙を警察署に届けた。


無論、もう一方の手紙の存在は出さずに。


「何故、楢木野麻梨香は貴女に手紙を託したのか」と問われた際には、「おそらく、私が小須田羽菜さんと親しくしていたからではないでしょうか。それに、楢木野先輩とは一度、二人でお話をさせていただいたこともあるので、私に宛てることを思いつかれたのでは?」と適当に吹聴しておいた。

そして、警察はしばらくして、楢木野麻梨香の死は自殺だと断定した。

嘉手納真央子の死も自殺とされ、小須田羽菜は解放された。

街一帯からは、未だに疑惑の人物として心無い視線に蝕まれている小須田羽菜だが、彼女は特段苦しんではいない。

心の奥底には、我々部外者には触れることさえできない、二人の美少女との妖しげな絆が刻みつけられているのだから。


私は、もう一つの手紙を燃やした。

小須田羽菜に見せることもなく、手紙にあった通り、燃やし尽くしてみせた。

こんな事実、小須田羽菜には必要ないからだ。

彼女はどんなに悪女だと揶揄されようと、嘉手納真央子と楢木野麻梨香の愛情さえあれば、気にせず笑い続けられるはずだろうから。

彼女達の死から、早いもので二年が経ち、小須田羽菜もこの春から大学部へ進級する。

今でも彼女は『嫌疑の悪女』として、それなりにその名を馳せている。

嫌がらせは後を絶たず、祖父が営んでいた駄菓子屋『たま』も看板をたたむ運びとなった。


ある日彼女が言った。

「私、思織先輩がいてよかった。もし思織先輩がいなかったら、私も身を投げていたと思うもの。嘉手納先輩の、楢木野先輩の元へ、私も行きたいと願ったと思うもの。でも、思織先輩がいるから、私は辛うじてここにいられる。ここで笑っていられる。貴女だって本当は、私なんかと一緒にいたくなんかないのかもしれない。けれど、それでもいつも共に行動していてくれるのは、貴女が天使だからよ。嘉手納先輩は素敵な人に思われていたんだわ」


その言葉が、私にペンをもたせた。

この子をこのままにしておけない。

小須田羽菜こそが天使であり、あの嘉手納真央子が愛した女神であり、楢木野麻梨香さえも心から憎めなかった心優しい少女であると、全てを知る私が伝えなければならなかった。


私の愛した人、嘉手納真央子。

そんな彼女が愛した人。

救えるのなら、救わなければ。

私はあの世でも、嘉手納真央子とちゃんと顔を合わせられないのだから。


この物語は、断じて私の物語ではない。

愛に翻弄されたか弱き少女のための。

愛故に殺されたがった二人のための。

物語である。


私は、彼女達を心から尊びます。

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