06 サボり魔とマドレーヌ
「室長、お仕事をなさって下さい」
「えー」
第二特務室室長補佐官になって丸二週間。
つまりはご飯係になって二週間経ったという事だが、この二週間で感じた事は「この人仕事しないな」である。
元々閑職な為に仕事量がそう多くない、というのもあるのだが、彼女はまずせっつかれなければ仕事に手を出そうとしない。
具体的に言えばご飯かおやつを餌にぶらさげて渋々するくらいの面倒臭がりだ。
シェフ紛いの事をするのに抵抗はやはりあるものの、このままぐうたらさせておく方がヴィルフリートの仕事を蔑ろにしている事になるため、結局のところ料理をせっせと貢いでいるのであった。
思惑通りに働いているのは自覚している。
「今日のおやつはマドレーヌですよ」
「頑張ります!」
ただまあエステルも思惑通りに動いているため、どっちもどっちである。
俄然やる気を出したエステルにひとまず安堵の吐息を落としつつ、椅子に体を預け机に脚を載せてだらしない格好をしているエリクに視線を走らせた。
彼は彼で仕事をしていないのだが、手早く先に終わらせてぐうたらしているのであれば、ヴィルフリートも何も言えなかった。
第二特務室の仕事も、見た感じ他の部署と変わりない。
多少違うのは王国各所の魔物の被害の報告など魔物についてのものが回ってくるといったところだろう。
基本的に宮廷魔導師は部署によって大まかに魔法研究か魔導院そのものの運営、魔物の対処の三つの業務に分かれる。
第二特務室は魔物の対処について任されている部署、らしいが……それでも殆ど仕事は回って来なかった。
戦闘職は魔導師の花形であるものの、その殆どが別の実働隊に任されているのが現状。
故にただ飯食らいの第二特務室、という蔑称が出来上がっている。
「……一つ聞きますが、他にも人員居ますよね、此処」
「居るぞー、その内出勤してくるんじゃねえのかな」
「適当な……」
「マルコとレティは気が向かないから来ないそうです」
「駄目駄目じゃないですか」
欠勤の理由が酷い。出勤拒否が出来る職場だというのが驚きである。
仕事熱心だったヴィルフリートからしてみれば有り得ない事で、会う前からその二人のイメージがサボリ魔で固定されそうだ。
エステルは食べ物さえ与えれば仕事はする少女なので、ちょっと単純で可愛い食いしん坊認識で済んでいる。
欲を言えばもうちょっと仕事に真面目に取り組んで欲しくはあるが、これ以上はエステルも嫌がるので諦めていた。
「それに比べて私はちゃんと出勤していますから、偉いと思いませんか」
「お仕事をしたら褒めます」
「けちですね」
ぷく、と頬を膨らませたエステルであるが、流されては仕事にならないのでヴィルフリートはスルーしていた。
因みに第二特務室室長であるエステルは今十七歳だそうだ。
三歳年下の、それも十代の少女がこうして一つの部署を仕切っているという事に驚きは隠せない。
実力はあるらしいものの、エステルの能力は未知数だ。ワイバーンは易々殺せる、それだけはこの間の会話で理解したが、全容が把握出来ない。
かつての同僚達に聞いてもほとんどエステルの事を知らないらしく、そもそも第二特務室室長として認識されていない事が多い。
……まあ、お腹すいたとふらふらしている、まだ幼げな少女が、掃き溜めと揶揄される第二特務室の室長だとは誰も思うまい。
式典等の公の場にも姿を見せる事がないのも、認識の薄さに一役買っていた。
「……そもそも仕事が殆ど回ってこないからちょっと頑張るだけで終わってしまいます」
「それは仕方ないです」
「ですのでサボってお出かけしても問題ないと思うのですよね」
「問題大有りだと思うんですが」
のんびり仕事をするのは問題ないが、勤務時間にふらふら出掛けるのは問題になるだろう。
エステルの言い方からそれが日常茶飯事のようにうかがえて補佐官としては頭が痛くなる。
第二特務室に勤務し始めて二週間。
たった二週間なのに何回も脱走しかけて留めているヴィルフリートとしては、目を離すと何をしでかすか分からないので結局エステルにべったりしていた。
「まあ私に仕事が回ってこないのは良い事です」
「お仕事嫌いですもんね、室長」
「ええ、嫌いです」
少し、瞳を伏せて笑ったエステルは、悲しげにも取れる。
けれど直ぐに表情を戻して仕方なさそうに書類を読み始めて、退屈そうに欠伸をこぼしていた。
一瞬翳った表情は気になったものの、深く追求する事もないだろうと言葉を飲み込んで、ヴィルフリートはエステルの為にお茶を淹れ始めた。




