04 ワイバーンは食べ物です
どうしてこんな事をしているのだろうか。
「これ絶対補佐官の仕事じゃない」
配属二日目。
はらぺこ上司エステルが「お腹すいたから仕事なんてさぼってやります」とのたまったため、エリクに頼まれて厨房に立つ事になっていた。
ちゃっかり材料が用意されている辺り作らせる前提であろう。
補佐官の仕事に辿り着く前に「まずは腹ごしらえです」と期待に満ちた眼差しで厨房に見送られたので、もうやるしかない。
どうなってるんだこの職場。
特に規則もなさそうな緩い職場。そもそも大きな厨房が併設されている辺り色々とおかしい。
エステルに聞けば「室長権限で作ってもらいましたが、作り手が居なかったので手入れだけして放置してたんですよね」との事で、そういう権力はあるんだ、とか権力って恐ろしい、とか複雑な気持ちである。
(……これが仕事か)
仕事としてしなくてはならないと思うと、やや気が進まない。ため息が出る。
やや不満はありつつもエプロンをつけて調理に取りかかるヴィルフリート。
執務室の方からお腹の音が聞こえたような気がしたのでさっさと作ってしまおうと、とりあえず材料全部確認しようと保冷庫を開けて――閉めた。
「室長」
執務室に戻って、机にべったりと貼り付いているまだあどけない少女に、声をかける。
「うぅ……おなかすきましたー。なんですか……?」
「保冷庫にある肉は何ですか」
無造作に切られた肉。みなぎる何かがこもっている気がする、というかまず一般では出回らないような肉だった。
普通の肉ではないと分かったのは、明らかに牛とか豚ではないと肉質だったので、すぐに判断出来るからだ。あと匂いが違う。何というか独特の臭みがあるのだ。
「うーんと……先日狩った魔物のお肉です」
「狩った」
「ワイバーンですね、多分」
「ワイバーン」
「お仕事でちょちょいと」
「ちょちょいと」
どうしてだろうか、軽々言ってのけるには内容がおかしい気がした。
ちなみにワイバーンは山岳地帯に生息する稀少な竜種であり、人里には基本的に降りてこない生き物である。
希少さもさる事ながらワイバーン自体気性が荒く、狂暴で下位の魔導師では仕留められないような強さを誇る。
それを、ちょちょいと。
(いやうん、特級魔導師だとは分かっていたけども)
別に、ヴィルフリートも問題なく倒せるだろうが、ちょちょいとと言い切るには討伐に時間がかかるだろう。
有望視されていたとはいえまだまだ二十歳の若造とも言われる彼は、魔力こそ人並外れたものがあるが、まだまだ才能は磨き途中。
一級にまでは登っているが、特級には程遠い、そんなヴィルフリートは、特級の実力に格差を思い知らされていた。
「ワイバーンのお肉って美味しいのですよ! 食べごたえありますし!」
「そりゃ高級品ですからね……」
勿論、稀少性と、ワイバーンには魔力が蓄積されており魔導師にとっては栄養源として扱われる、それに加えて濃厚な旨味があるために非常に高値で取引される。
流石のヴィルフリートも、初めて手に取った。まさかこんな形で手にしようとは。
「……これ使っていいんですか?」
「どうぞ。私では調理しようとしても消し炭にするので」
案の定エステルが料理下手な事が露見した。
そもそも自分で料理出来たらヴィルフリートに頼まないと分かっているので、これは想定内だ。
「……俺も初めて扱う食材ですので、失敗したら申し訳ないですね」
「大丈夫ですよ、ヴィルフリートならきっと美味しく調理出来ます!」
果たしてその信頼はどこからやってくるのだろうか。
一度料理を、それも簡単に作れるパンケーキを作っただけ。それなのに、彼女は純粋にヴィルフリートを信じていた。
人を疑う事を知らない、という訳ではなさそうだが、信頼するのが早すぎる気がする。
「……まあ、程々の期待にしておいてください」
期待をするな、とははらぺこ状態でひもじいアピールをするエステルに言えず、それだけ何とか返してヴィルフリートは厨房に戻った。
さて、このワイバーンをどうするべきか。
普通に焼いて出すのは芸がないというか、あの可愛い顔で骨付きのままかぶりついている様を見たくないというか。
滋養強壮にも良い、魔導師の力になる竜種の肉。
加熱しすぎるとぱさぱさになるのはどの肉でも共通なので、火加減に気を付けて調理しなければならない。
(……というか、ワイバーンって耐火性あったよな。あれは鱗だけで肉には問題ないよな?)
切実に、食材辞典が欲しい。
けれどこの場にある訳がなく、ヴィルフリートは腹をくくってとりあえず出来る調理法を試す事にした。
散々悩んだ結果、出来上がったのはローストワイバーン。何だか響きだけで強そうな料理である。
ローストビーフの作り方で加工したものだ。火の温度はフライパンで焼いた際の焼け方を見て、それよりも高めに設定しているが。
ワイバーンの主な調理方法なんて知らないし、煮込むにしても時間も足りなさそうでそのまま焼くくらいしか出来なさそうだし、とりあえずこうしたのだ。
肉を前日から仕込むとか色々なレシピはあるものの、時間もなかったので塩胡椒は多少多めに揉み込んでおくものにした。
こんな機会は二度とないであろうが、エステルに何を任されるか分かったものではないので、食材の勉強をしようと心に誓うヴィルフリートだった。
(……自分でもあっさり誘導されている気がする)
何にって、エステルの食欲を満たさせる方向に。
まだ二日目だというのにエステルの食事係であろうとする矜持が出来上がりつつあり、自分でも戦慄していた。
複雑な心境に口を閉ざしつつ、寝かせ終わった肉を取り出す。
表面は一度焼いているのでこんがりと焼けているが、果たして中の肉はどうだろうか。
ナイフを入れて試しに端を切ると、火は通りつつも赤みがほんのり残る肉はしっとりとした断面が現れる。ぱさつきは見られない。
牛肉とそう変わらない扱いで良いのだろう。ワイバーンは体内での浄化機能が強く体温も高いため、毒性があったり寄生虫が居る等はないらしく、問題はない。
初めてワイバーンを加工したものの、そこまで癖のある食材ではなくて助かった。
偶にあるのだ、火の入れ方を間違えれば水分が一気に抜けてパサパサカピカピになる肉や、包丁を入れる場所を間違えると叫びだす魚やら何やら。全部魔物であるが。
母親が気分で仕入れた食材で酷い目に遭った覚えがあるので、内心ひやひやしていたのだ。
火加減は上出来だったので、あとは素材の味を生かすようにシンプルな味付けにする事にした。
ソースは焼く際に肉の下に敷いた香味野菜と肉汁と赤ワインで作ったグレイビーソース。
赤ワインはとんでもなく良いもので、というか飲むのにも躊躇いそうな高級品で使用が躊躇われたものの、まああるものは使って良いそうなので遠慮なく使わせていただいた。
お陰で赤ワインを入れてアルコールを飛ばす際に芳醇な香りで一瞬酔いかけたのだが。
ローストワイバーンだけでは皿に彩りがないため、付け合わせはマッシュポテトや塩茹でしたインゲン、グラッセにしたニンジン。
ついでにトマトとパプリカも盛り付けて少しでも野菜を取らせる事にする。
(あんまり野菜食べなさそうなんだよなあ)
あんまり肉肉しているメニューでは栄養も片寄るのでローストしたワイバーンの肉は薄くスライスしてサラダに飾る。
一応小洒落た風に薔薇の花を模して巻いて載せてみたものの、恐らくはらぺこエステルの手にかかれば即座に分解されそうな気もした。
彩りよりも味、鑑賞よりも食欲なのはお腹の合唱でいやでも分かる。
……おそらくこれでは足りなさそうな気もしたので、丁度用意されてあったブリオッシュと(多分間食用に用意されていた模様)じゃがいものポタージュを用意しておく。
きっとこれで足りる筈だ。多分。
エリクに聞いた限りかなり食べるそうではあるが……何とかなる、筈。
これだけの量ともなれば一人で作業すると結構に時間がかかるのだが、不思議と疲れはしない。
そもそも実家の手伝いで大人数の食事を作っていたので、苦ではなかった。
(というか、こんなので良いのか)
出来る料理の中では手軽で比較的上品なものを選んだものの、彼女の口に合うかどうか。
「ヴィルフリートー、まだですかー」
「はいはい今お出ししますから」
厨房の入り口で我慢出来なくなったのか、切なげな声と腹の虫を響かせるはらぺこ上司。
専属のご飯係は苦笑しながら出来上がったものをトレイに載せて、執務室に足早と戻った。




