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12 新たな先輩

 何なんだ、この状況は。


「僕が居ない間にエステルに取り入るなんていい度胸だと思うんだよね」


 朝出勤したら、見知らぬ少年に絡まれていた。

 肩甲骨まで伸びた白髪は束ねており、整った顔立ちなのは良いが不機嫌そうに吊り上がっている赤目。一度見たら忘れないような目立つ外見をしている少年だ。恐らくエステルよりも年下に見える。


 ヴィルフリートは彼に全く見覚えはないので初対面であると思うのだが、何故かいちゃもんをつけるように迫ってきていた。


 エステル、という言葉から、我が上司様の知り合いである事は間違いないと思うのだが、ヴィルフリートには誰だかさっぱり分からなかった。


 いや、何となく想像はつく。第二特務室に居るのだから、先日エステルが言っていた第二特務室に勤務する人間の誰かだろう。

 少年であるからに、名前的にマルコだと思われる。


 しかし、少年の言はいちゃもんにも程がある。


 取り入った覚えは全くない。むしろエステルが勝手に気に入ってなついてくるのだ。

 ヴィルフリートからすればご飯パワー恐るべし、といった感じなのだが、この少年は何を勘違いしているのだろうか。


「……何してるのですか二人とも」


 幸い、就業時間ぴったりにエステルがやって来た。お腹の音も伴って。


 相変わらずのはらぺこ具合に、もう少し慣れてきたら朝ご飯も用意しようかな、とか板についてきたご飯係のお仕事に苦笑。認めたくはない……という気持ちもなくなってきているのは、エステルがあんなに喜んでくれるからであろう。

 食事の意味ではあるが拠り所にされているのは、嫌という程でもないのだ。


 どうせお腹すかせているだろうからと作ってきたサンドイッチがあるので、後で渡すとして。

 ひとまず、この少年をどうにかしてもらおう。


「エステル!」

「マルコは何してるのですか」

「彼が僕の居ない間に変な事をしていないか問いただしていたんだよ」


 ヴィルフリートにとってははた迷惑ないちゃもんだったのだが、少年は大真面目にエステルに訴えている。

 エステルは困ったように眉を下げていて。


「通達したでしょう。私の補佐官で、ご飯係です」

「聞いてない」

「聞いてないでなくて聞きたくないの間違いでしょう。研究に熱中してここにこなかったのはマルコでしょう」

「仕方ないじゃん」


 拗ねたような声音で唇を尖らせているマルコと言われた少年は、矛先をこちらに向けるように睨んでくる。


「僕はこんなの認めない! エリクからこんなやつの家に泊まったって聞いてるんだからね!? はれんちだ!」

「はれんち」

「とにかく駄目だからね! 出会って間もない男の家に泊まるとか、ゼッタイ駄目!」


 ……正直マルコの言う事はごもっともでヴィルフリートとしては頷きたいのだが、最近エステルはこういう女の子なんだなという事で諦めてきてもいるので、曖昧に肩をすくめるしか出来ない。


 見るからに自分よりも年下そうな少年に常識を説かれるのは複雑であるものの、エステルにもっと言ってやれという気分にもなる。


 ぷりぷり怒っているものの、元々幼げな容貌のために怖いとかそんな気持ちは全く湧かない。

 エステルも同様らしく、いやこれは性格もあるのだろうが実にのほほんとしていた。


「マルコ、大丈夫です。ヴィルフリートはご飯が美味しくて良い匂いがして優しいのですよ」


 エステルにとってのヴィルフリートの価値はご飯と良い匂いに集約されている気がするものの、突っ込む気は失せていた。


 もう彼女に何を言っても無駄だと経験則で分かっていたし、そもそも餌付けされているからなついているだけなのだ。

 代わりに、マルコが顔を紅潮させ肩を怒らせているので、突っ込みを任せても良いだろう。


「あのねエステル、君は仮にも女の子なんだよ? もし何かあったらどうするんだい。男はケダモノって言うだろう」

「でもヴィルフリートだし……」

「でもじゃない」


 何だかマルコ少年がまともな人間に見えてきた。


 とても正しい言い分ではあるしごもっともだ。むしろエステルの信頼と懐き方がおかしいのだ。

 補佐官兼ご飯係という立場のせいなのか、かなり早くに親しみを持たれているが、普通ならもうちょっと警戒もするだろう。それだけエステルの中でご飯が心を占めている、というのが分かるのだが。


「……マルコ、何でそんなに怒っているのですか。私の目は確かですよ」

「そりゃあエステルの勘と感知能力は凄いけど、そういう問題じゃなくてね? 男の人と密室で、それもその男の自宅で、その上泊まるとか、普通はおかしいから。何かあっても仕方ないレベルだからね!?」


 どうしようか、ヴィルフリートとしては彼に全面同意なので何も言えない。良いぞもっと言ってやれ、と応援したいくらいだ。


 自分だから手出ししなかったし仕方なく泊まらせはしたが、世の中に潜む、というか男に潜む狼はそんな無防備な子兎をあっという間に食べてしまう事があるのだ。

 エステルの認識が甘すぎるので、この際叱り飛ばして欲しい。


 とりあえずマルコがエステルを叱っている間に仕事の確認をしようとしたら、今度はヴィルフリートが睨まれる。


「そこの君も! 何で我関せずなの! 君が泊めたんだよ!? エステルを止めなよ!」

「いやそれについては申し訳ないんですが……。俺もエステル様には常々距離感について言っていますが、寝入ってしまわれるとは思っておらず。エリクさんにも確認をとって仕方なく泊めました。余分には触れていません」

「……ヴィルフリートまでー」

「エステル様、俺も男ですので無防備にされると目のやり場に困りますから。次からは気を付けて下さい」

「次からは寝巻きを持っていきます!」

「そういう意味ではなくてですね!?」


 宿泊施設か何かだと勘違いしていないだろうか、彼女は。


 エステルの一言にマルコがまなじりを吊り上げた。頬がひくひくと引きつっているのは、怒る直前だろう。

 自分の考えに疑問を持っていなさそうなエステルが胸を張っているので、ヴィルフリートは額を押さえて叱責が飛ぶのを覚悟した。




「……何を揉めてるんだ、アンタら」


 結局、遅れてやって来たエリクが仲裁するまで、エステルのとんちんかんな返答とマルコの叱責を受け続ける羽目になるヴィルフリートであった。

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