01. 死を覚悟したその時に
張間翔はヒーローである。
いや、この言い方は少し語弊がある。
正しく言うと、張間翔はヒーローのような少年である、だ。
困っている人がいれば、その人物が例え自分を良く思っていない者であろうと、必ず手を差し伸べた。頼もしく勇ましい笑顔で、人を元気付けた。自分が困っている時に誰も助けてくれなくても、翔は変わらず人を助けた。
幼稚園にいる時からそうし続け、小学3年生になった翔は、周りからヒーローと呼ばれるようになった。
今日も翔は、いつも通り人助けをする、筈だった。
友達と公園で遊んでいた翔は、砂場にいた少女があげた悲鳴を聞きつけて、少女のもとへ駆け寄っていった。
「どうしたの?」
ひどく怯えている少女を安心させるように、笑顔を浮かべて尋ねる翔に、気付いているのかいないのか、少女はじっと前を見ている。
「す、砂…砂が……」
「砂?」
震えた手で、自分が作ったらしい砂の山を指さす。翔は少女と同じように砂の山を見つめるが、特に変わりはない。
「砂が、どうしたの?」
意味が分からず困ったように笑うと、少女は大きな目から大粒の涙を流しながら、翔を見上げた。
「砂が…お、おそってきた…!!」
「へ?」
今度こそ大きな声で泣き喚く少女に翔は慌てふためきながらも、少女の言っている意味が分からず、途方に暮れる。
-砂って、動くものだっけ…?
まだ8年しか生きていないが、それでも砂が動くなんてことはあり得ない、と理解している。
少女の見間違いだろうと考えた翔は、気を取り直して、少女を落ち着かせようとした。
その時に
翔の目の前で、砂の山が、砂場全体が、激しく波立った。
砂はゆっくりと一つに集まっていき、何かをかたどっていく。
翔はその光景に、呆然と立ち尽くすしかなかった。今まさに否定したことが、自分の目の前で起こっている。あり得るはずのないことが、まるでさも自然現象かの様に起こっている。
-うそ……
目の前で起こっている光景に驚き、何の行動も起こせない翔を余所に、砂は段々形になってくる。
そう長くはない時間をかけて、砂は、とうとう竜の形に完成した。
-ガァァァァァァァァァッッッッ
激しい咆哮を唸らせて、砂の竜は大きく首を振り、目の前にいる子供を見る。その眼は、飢えた捕食者のようにぎらついていた。
-逃げないと!
咆哮によって我を取り戻した翔は、足が竦んで動けない少女の手を引っ張って向こうに走る。かけっこで毎回一番をとる程には足の速い翔だが、恐ろしさに震える足のせいで、今は上手く走れない。
それでも必死に翔は走るが、その後ろを、悠々と砂の竜が近づいてくる。
と、翔に引っ張られてぎりぎり走っていた少女が、足をもつれさせて転んだ。手を繋いでいた翔も、その子に引っ張られて後ろに倒れる。
「いっ……」
大きく尻もちをついた翔の上を、巨大な影が覆いかぶさる。
恐る恐る上を向くと、やはり砂の竜が傍に来ており、2人を見下ろしていた。
音を発することなく、ただただ二人を見続けるそれに、少女は酷く恐怖に駆られ、気を失った。
砂の竜は、倒れ動かなくなった少女を見遣るが、それをどうしようとはせず、翔の方に視線を移す。
「ぁ………」
只見られているだけ。それだけなのに、翔の心を恐怖が蝕んでいく。今なら自分一人でも逃げられそうだ、と感じているのに、足が全く動かない。まるで、地面と足が融合し、同一のものになったかのようだ。
限界にまで開かれた瞳からは涙が流れ続け、身体中の穴という穴から、水分が抜けていっている。
喉は乾き、まともな言葉も発せない。
そんな翔を、砂の竜は見続ける。顔が青くなり、身体の震えが激しくなっていく翔を、まるで余興のように楽し見る。
長い時間が過ぎた。
そう思ったのは翔だけで、本当は数分も経っていなかったとしても、翔にとっては何時間、何十時間のものに感じられた。
その間、砂の竜はピクリとも動かずに翔を観察していた。
そして、怠慢な動きで首を翔の顔に寄せる。
-怖い、怖いよっ……誰か、助けて…
砂の竜の生暖かい鼻息が、翔の顔に吹きかかる。
必死に翔は助けを願うが、誰も来てはくれない。この時になって初めて、翔は、今まで自分が助けてきた人達のことを恨んだ。
-どうして僕は皆を助けていたのに、皆は僕を助けてくれないの?酷い、酷いよ
ヒーローと言われようが、翔はまだたったの8歳なのだ。甘えたがりの幼い子供なのだ。
人が聞いたら醜い言葉だと言うが、こんな状況で、こんなに小さい子供である翔が思うには、当然のようなものだった。
皆への恨みと怒り、そして悲しみが押し寄せてくる。
絶望的状況
今の翔を見たら、誰もが真っ先に思うであろう。
翔が沢山の思いに捕らわれていることを、歯牙にもかけないそれは、ゆっくりと、口を広げる。
余興に飽きた砂の竜は、最大の目的、食事に行動を移らせたのだ。
鼻の先で広がっていく口に、翔はとうとう降伏を示した。
乾燥した眼に瞼が触り、発せられた痛みを無視して、翔は、静かに目を閉じた。
時間は不安定ですが、なるべく連日投稿を心掛けていきたいです




