婚約破棄は、TPOを弁えて行いましょう
フォレスタ王国第一王子ウンベルト・ディ・フォレスタは、アチェーロ男爵の一人娘ローザ・ディ・アチェーロと結婚するべく、婚約者であるジェマ・ディ・スプレンドーレ公爵令嬢に婚約破棄を言い渡した。
「ジェマ・ディ・スプレンドーレ公爵令嬢! 私は今此処に、其方との婚約破棄を宣言する!」
第一王子の宣言に、新年の夜会の会場が静まり返る。
「本気ですの、殿下?」
ジェマはウンベルトに確認した。
「当然だ! 我が愛するローザを理不尽に虐め抜き、あまつさえ、冬の池に突き落しての殺人未遂! 到底許せるものではない! そのような者、我が婚約者に、延いては将来の国母に相応しくない! よって、此処に、其方との婚約を破棄し、ローザ・ディ・アチェーロ男爵令嬢との婚約を宣言する!」
「ウンベルト様……」
ローザが幸せそうにウンベルトを見詰める。
「正気とは思えませんわ」
ジェマはそう呟くと、ウンベルトから距離を取った。
「逃げる気か! 捕らえよ!」
ウンベルトは近付いて来た近衛兵に、ジェマを捕らえるよう命じた。
「なっ?! ……何の真似だ?!」
しかし、近衛兵達はウンベルトへと剣を向けた。
「貴様等! 王家に反逆するか!」
「ウンベルト様!」
ローザが恐怖からウンベルトに抱き着く。
「何をしている! 早く、反逆者共を取り押さえよ!」
王族が剣を向けられていると言うのに誰も助けようとしない事に、ウンベルトは苛立ち怒鳴る。
「反逆者は貴様の方だ」
「父上?!」
有り得ない事を言われ、ウンベルトは顔に驚愕を浮かべて振り返った。
「何を仰っているのです!? 私は反逆など企んでも居りません!」
自身の潔白を主張するが、国王の厳しい顔はそのままだ。
「そうです! ウンベルト様はそんな事しません! 家族を疑うなんて酷いです!」
国王に食ってかかったローザは、近衛兵に捕縛された。
「ローザ! ローザを放せ! 彼女が何をしたと言うんだ!」
「話にならんな。連れて行け!」
牢に入れられたウンボルトの耳に、女物の靴音が聞こえた。
顔を上げれば、ジェマの姿が見えた。
「愚かな事をなさいましたわね」
「ジェマ……。貴様、父上に何を吹き込んだ!?」
「私は何もしておりませんわ。全ては貴方達の自業自得です」
「何だと!?」
絶対に何かしただろうにと思って、ウンベルトは憤慨する。
「我が国では王室典範により、王族の結婚相手として認められているのは王族・又は、公爵家の者のみ。それ以外と結婚する場合、継承権を失います」
初耳だと言いたげに、ウンベルトが目を丸くした。
「貴方がそれを知らないだなんて、あの場の誰も思わない」
但し、ローザは除く。
「継承権を失いたくないならば、選択肢は二つ。王位を継承してから王室典範を変えるか・陛下から王位を奪ってから変えるか。前者だと私との結婚は避けられない。尤も、後者を成功させても、諸侯が貴方を王と認めたかどうか」
ウンベルトは第一王子。つまり、弟がいる。
彼を担ぎ上げての王位継承争いが起きるだろう。
「お前と結婚など、ありえん! ローザにあれだけの事をしておいて、何故お咎めが無いのだ!」
「何の事でしょう? 我が国では、公爵家の者が男爵家の者を殺害しても、罪にはなりませんけれど?」
罪に身分の差は無いと思っていたウンベルトにとって、余りにも衝撃的な発言だった。
「馬鹿な!」
「何を驚く事があるのか、解りませんわ」
ジェマには、ウンベルトの気持ちは解らない。
「尤も、私はローザに何もしておりませんけれど」
「嘘を言うな! それとも、人を使ったと言う意味か!?」
ウンベルトが信じないと最初から解っていたジェマは、それ以上否定しない。
「貴方が、私を罪に問えないと知らないなんて、あの場の誰も思わない」
言うまでも無いが、ローザは除く。
「私を断罪し・ローザと結婚する為には、陛下から王位を奪う他は無く、奪うつもりだからこそ、公の場で断罪と婚約発表を行ったのだと、誰もが思っている」
しつこいようだが、ローザは除く。
「私と貴方とローザの三人だけの場では、何故いけなかったのですか?」
「お前の罪を公にする為だ! ローザを傷付け・殺しかけたのだから、それ相応の報いを受けるべきなんだ!」
それなのに、罰を受けるのは何故何もしていない自分達の方なのかと、ウンベルトは神を呪った。
「何処にそんな証拠が? スプレンドーレ公爵の娘を陥れようとし、陛下の面子を潰した報いを受けてください」
「貴様あああああ!!!」
ウンベルトの絶叫が響く中、ジェマは悠然と牢を後にした。