5 変われない自分 ‐日野陽子‐
バイトが終わり家に着くと、見慣れない紺色のスニーカーが玄関に置いてあった。それを見て、陽子はすぐさま履いていた靴を脱ぎ捨てリビングに向かった。
「ただいま!」
「おかえり~」
陽子はキョロキョロと周りを見渡す。しかし、そこにいるのはソファーに座り、缶ビール片手にテレビを見ているシュウだけだった。
「……何キョロキョロしてんの。……ああ、もしかして春美?」
シュウがあまりにも自然に春美と呼ぶので、陽子は少し驚いた。
私のいない間にもうそんな仲良くなったのか。そりゃ、今日来れなかったのは自分のせいだけど……。
陽子は少し口を尖らせてコクりと頷いた。
「何だその顔。春美だったら上の空き部屋だよ。まあでももう寝てるだろうけどな」
「え、寝てるって……」
「彼女、今日ウチ泊まるから。別にいいだろ?」
「ああ、そりゃまあ全然……」
まさか家に泊めるほど二人が意気投合していたなんて……。
陽子は思った以上に二人が仲良くなっていたことに驚き、そしてその事に何とも言えない疎外感を感じた。
「あ、そうだ。今日ごめんね。人手が足らないからどうしてもって言われちゃって」
「ああ、いいよ。気にすんな。でも、春美には一応謝っといた方がいいかもな」
「うん、そのつもり」
陽子は返事をしながら、シュウの様子が何だかおかしいことに気がついた。何か言いたそうに、チラリと陽子を見ては視線を外す。
「何?」
「ん?」
「いや……。何か言いたいことがあるのかと思って」
シュウはああと言って、手に持っていた缶ビールをテーブルの上に置く。少し間を置いてから彼は口を開いた。
「実はさ、陽子に聞いときたいことがあって……」
「何?」
「あ、のさ。……春美もここで俺らと一緒に暮らしたいって言ったらどうする?」
予想だにしていなかった言葉に、陽子は狼狽えた。
「え? 何急に……。春美さんがそう言ったの?」
「いや……。俺が春美に言ったんだ。一緒に暮らさないかって」
その事実に陽子は驚いた。シュウが何を考えているのかが全くわからない。
「なんで?」
「……あいつさ、彼氏と別れて今行くとこないんだって」
「え……」
「それで、昨日まではホテルとかに泊まってたらしいんだけど……」
「ホテルに……? あ、それで今日家に泊まってるの?」
「そうそう。俺が取り敢えず今日は泊まってけって言ったんだ」
「そうなんだ……」
春美さんが大変だっていうのはわかったけど……。
「聞いたら、実家にもちょっと帰りづらいみたいでさ。なんか……黙って家出て彼氏と同棲してたらしくて。まあ、そうでなくても帰りづらいことに変わりないけど」
本来なら嫌でも実家に帰るべきだろう。しかし、陽子達が一緒に暮らそうと言えば、春美は実家に帰る以外の選択肢が出来る。実際、シュウや陽子にはその話を持ちかけられるほどの余裕は十分にあった。それがわかっているだけに陽子は何とも言えなかった。
「……それで春美さんはなんて?」
「考えさせてほしいって」
陽子は、春美がもうすっかり一緒に住みたいと返事をしたのだと思っていただけに驚いた。何が彼女を躊躇わせたのか……。思い当たる節は一つしかなかった。
「もしかしてもう言ったの?」
「何……。言ってねえよ、何にも言ってない」
陽子はひとまずほっと息をついた。
「……でもどのみち言わないといけないだろうけど」
「そんなに……」
「え?」
「そんなに気にすることか?その……同性愛者だとか、さ」
その言葉に思わずぐっと両手を握り締める。
「気にするよ……。シュウはさ、自分が違うからそんな風に言えるんだよ、きっと」
「は? 何それ。俺は別に……」
「だってそうでしょ? わかるわけないもの、私の気持ちなんて」
「お前が何も言わないからだろ!」
シュウがバンッと立ち上がる。その衝撃で缶ビールが倒れた。陽子は思わずビクッと体を震わせた。
「あ……、ごめん。違っ、怒ってるわけじゃなくて」
「……うん」
その時、初めてシュウを怖いと思った。そして彼をそうさせたのは、他ならぬ自分だった。
「……前に陽子の事しつこく聞いたことあっただろ? でもお前言ったじゃんか、友達だからって何でも話さないといけないのかって」
「うん……」
「それ聞いて俺もさ、確かに無理やり聞くもんじゃねえよなって思ったんだ。だから、もうそれ以上陽子に何も聞かなかったし」
「……」
「だけど、そっちからは何も言わないで、どうせわかんないとか言われたらさ、そりゃ……ムカつくだろ、普通」
シュウの言っていることは正しい。陽子にも矛盾したことを言っているという自覚があった。
――だって陽子……自分のことは何一つ話してくれなかったから。
一瞬あの人の言った言葉が頭を過ぎる。結局あの頃から何も変われていない。そんな自分が酷く情けなかった。
「ごめんね……」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃなくて……。俺はただ、お前のことわかりたいだけなんだよ」
わかりたいと言ってくれた彼の言葉が素直に嬉しかった。そしてその優しさにいつも蓋をして逃げているのは自分だと陽子はわかっていた。
何も怖がる必要はない……。陽子はしばらく黙った後で、何かを決意したかのように固く閉じた手をさらに強く握り締めた。
「わかった……」
陽子はふうっと一つ息を吐き、それから話し始めた。




