5.僕は狙われている
「っざけやがって!」
ソウタ達が去った後、ギルドの中で鳴り響く男の怒鳴り声。その声と共に、散乱していたテーブルが飛ぶ。テーブルは放物線を描く事なく、物凄い速さで真横に飛び、壁へと叩きつけられ、木片を散らす。
「ど、ドン、どうかお怒りをお鎮めください」
「あぁ⁉︎」
激しく怒るドンを見ていられないと、ギルド職員の女性が止めに入った。しかし、その女性も彼の人睨みでカエルのように怯え、それ以上口を開く事は出来なかった。
ドンが目覚めた時、既にソウタはいなかった。ギルドの中は、先の衝撃が抜けきれず、恐ろしいまでに静かだったが、ドンが目覚めるとすぐに騒然とし始めた。
負けた腹いせと周囲は見ているが、ドン自身はソウタがその場にいない事に腹を立てていたのだ。
何をされたか、ドン自身検討も付かない。だが、最強の男は、この程度でまいるような器ではなかった。目覚めてすぐ、彼はソウタにリベンジを誓い、いざ相手を探せば、そこに望む姿はない。
久しく味わった事のない格上に挑む時の浮き立つ心がやり場をなくし、行き場を求めた結果が、この惨状であった。
だが、彼も子供ではない。その強さ故に、今までやりたいようにやってきた彼だが、今やその名も地に堕ちてはいまいが、最強ではなく銀メダリスト。
常に強さを追い求めてきた彼にとって、それは大きな違いだ。
ーーあの野郎に勝つまでは……
あらゆる我儘が許される。それは彼が最強であったからだ。
何もかも我を通してきた。自分以外に我を通そうとする者がいれば、拳一つで打ち砕いて生きてきた。最強である自分を差し置いて、我を通そうとするのが気に入らなかったから。
しかし、今自分は最強ではない。ならば我を通す資格などない。
と、彼の中の価値観は語る。
「チッ」
ドンは舌打ちを一つ鳴らすと、そのまま何も言わず、ギルドを出て行った。
それが妥協点。突然、全てを変えられるわけではない。ドンは、胸に煮え切らない闘志を抱えていた。しかし、吊り上がった口角が、永らくなかった強敵との出会いに打ち震える彼の心を表していた。
ーー最強を奪い返してやる。最強は俺だ。
〜〜〜〜〜〜
場所は変わり、ソウタとララが宿泊する一室にて。
「第一回、お淑やかなララになろう大作戦を開始します!」
と、やたらと大声で開催宣言をしたソウタ。隣の部屋から、うるさいと怒号による返事が返ってくる以外、その声に答える声はない。
作戦名にその名を連ねるララは、ソウタと違いやる気は皆無だ。今も、ベットの上で街で見つけた書物にご執心で大作戦には興味がないようだ。
「ソウタよ、妾は人間について学んでおるのだ。邪魔をするでない」
と、ファッション雑誌を読まれながら言われたソウタは、バッとその本を取り上げた。
すると、ララはそれを奪い返そうと彼にすぐさま掴み掛かかる。しかし、肉体の能力値がソウタより低いため軽くいなされてしまう。
「むぅ、ソウタのくせに生意気であるぞ」
「はぁ……本当にバレないようにする気ある?」
「ソウタが心配性なのじゃ。バレたところで、向こうから妾に遣いを寄越してくるに決まっておる」
ララはそう確信しているようであった。それは、ララが魔人だけでなく人間達も戦争ではなく、平和を望んでいると確信しているからだ。
しかし、この場合はソウタの心配の方が正しい。
人も魔人も獣人も等しく心を持っている。だから、平和を望むのも必然。だが、他種族を恨み、それを滅する事で平和への道へ至ろうとするのも、長く続いた戦争が生んだ必然である。
ララはまだ幼く、世界を知らな過ぎた。それをソウタはわかっている。だけど、口に出そうとは思わなかった。
それは、他人に言われるのではなく、自ら経験すべき事であると思ったからだ。
この長く続いた争いを収めようと志す者が、争いが続く理由を人伝に聞いた程度で、知った気になっているようでは、この世界に平和をもたらす事など出来はしないと彼は考えているからだ。
別に彼女に試練や何やらを課すつもりなどない。だけど、彼はそれでは平和への道は開けない事を知っているのだ。
だから、彼はララを支える。そして、いずれは彼女に世界を変えさせ、大きな変革に自らの痕跡を残す。それこそが彼の目的だ。
「まぁ、人間に興味深々なのはいい事だと思うよ。けど、なら尚更魔人ララじゃなくて、人間ララを目指さないと」
「人間ララ?」
ソウタの不思議な言い方にララは首を傾げた。
「うん。言い方は変だけど、人間の事を知るにはその中に混ざるのが一番だと思うんだ。だから、そのためにまずは言葉使いから直したらって」
「ふむ……しかし、妾は生まれてこの方この喋り方しかした事がないのじゃが、すぐに身につくものかの」
「少しずつやっていけばいいよ。手始めに、一人称を私にしてみようよ」
初めは簡単なとこからと、ソウタは軽く持ち掛けたのだが、ララは無理難題を押し付けられたかのように、怪訝な顔をしていた。
「わ、私じゃと……ッ! いきなり難問を押し付けてくるではないか」
「えっ? そんなに大変な事?」
ソウタは、一人称を変える事がそんなに大変な事かなと首を傾げたが、
「何を言うか。高貴な妾が、私などと屈辱も甚だしいではないか」
「……言葉より先に直さなきゃならないとこがあるかも」
ソウタは言葉使いより先にララの意識を直さないといけないかもしれないと不安を覚えた。
いったいどんな生活をしていたら、こんな風に育つのか。ソウタは、魔王の教育法に呆れていた。
ーーまぁ、娘に甘々してしまう魔王も容易に想像できるけど……
そんな風にソウタが考えている事など露知らず、ララは暫く思案顔になった後、結論を出した。
「無理じゃな」
「うん、言うと思った。じゃあ、一つ人間について教えてあげる」
ソウタは予想通りの答えに、事前に用意していた切り札を口にした。
「妾ってね、人間の間じゃおばあちゃんがよく使うんだ」
「な、何じゃと……ッ」
「つまり、妾、妾ばっかり言ってると、『あれ? この人見かけによらず中身はおばあちゃんなのかな? うわっ、年増』とか思われたり……」
「と、年増……」
「『何だこの女、中身ババアかよ』とか言われたりするだろうね」
「ババア⁉︎」
ソウタの言葉に一々反応するララ。もちろんソウタの言ってる事は、真っ赤な嘘だ。だが、事ここに至っては、効果覿面。世間知らずのララはあっさりとソウタの嘘に騙された。
「ババアは嫌じゃ! 妾はまだ17であるぞ」
「あっ、結構いって……」
ソウタはそこまで口を滑らせて、気が付いた。
「妾が年を食っていると申すか!」
「いっ⁉︎ こ、こんな所で詠唱なんか……」
その日、街の安宿の一室が木っ端微塵に吹き飛んだ。
〜〜
「ほんとにもう!」
「ふん! 貴様が妾をババアと言うからこうなるのじゃ」
「反省の欠片もないね……むしろ清々しいよ」
ララが吹き飛ばした宿の一室から放り出された全身煤だらけのソウタと、ピッカピカのおニューの服を着たララの二人は、そんな言い合いをしながら行く当てもなく街を練り歩いていた。
ララと何度目かのバトルをして歩きながら、財布の中身を悲しげな表情で見詰めるソウタ。財布の中には、彼が冒険者として地道に溜め込んできた財産が入っていた筈なのだが、ひっくり返してもゴミしか出てこないという、悲惨な状態になっていた。
理由は言わずもがな。宿の修理代である。
何年もかかって集めた貯金がこんなしょうもない事に注ぎ込まれた事にソウタは怒りつつ、半ば諦めたようにララと言い合っていた。
そんな二人は、周りから見れば注目の的である。見た目年若い男女がずっと口ゲンカをしているのだ。それはもう、痴話喧嘩か? と周りが勘ぐるのは避けられない。しかも、聞こえてくる内容が、金と年についてだ。その気無しに邪推してしまう彼らの気持ちをわからなくはない。
と、そこへ割り込む声があった。
「見付けたぜッ!」
ドンッと地面を揺らし、砂煙を上げながら登場したのは、ドンだ。彼は、三日月に口を割りながら、爛々と光る瞳を隠そうともせず、ソウタとララの前に立ち塞がった。しかしーー
「……あんな所で魔法唱えるなんて馬鹿じゃしないの?」
「なっ! 今、馬鹿と申したか! 妾が馬鹿じゃと! よかろう、その喧嘩受けて立つ」
「だから、どうして実力行使しようとするのさ! だから、ララは馬鹿なんだよ。ばーか、ばーか」
「馬鹿と言う方が馬鹿なのじゃ! ソウタのばーか!」
と、二人はドンの事など眼中にないかのようにサラッとドンの脇をすり抜け再び口論を始めた。だんだん言う事もなくなってきて、その内容は子供と子供の喧嘩のようなものだったが……
「俺様を無視してんでじゃねぇ‼︎」
派手に登場して一言も声を掛けられないという恥をかいたドンは怒声と共に振り向いたが、二人は一切の反応を示さず、取っ組み合いを始めていた。その争いは、力が強いソウタの方が有利に見えたが、それも微々たる差。ララの足蹴りに押し返されるだけである。さすがに女の子を蹴るわけにもいかず、ソウタはグッと堪えていたが、それでも引かないのは男の意地か。
すると、ここまで相手にされない事など今までなかったドンは、ピクピクとこめかみを痙攣させ、ドシドシとわざとらしく存在感を出しながら、二人を引き離そうとする。
「オメェら! いい加減にしやがれぇ!」
ソウタと喧嘩をしようと出てきたドンは、自分の事を棚に上げ争う二人を強制的に引き離そうとした。目にも留まらぬ速さで最強の名を欲しいままにした剛腕が二人の腕を掴む。
そして、バッと二人を別の方向に引っ張ろうとしたその時ーー
「ーー妾に触れるでない」
ララの体から赤い光が立ち上がった。その光に隠されているが、既に目は真っ赤に充血もとい発光し、彼女が興奮状態にある事が窺える。
しかし、目の前の二人はそんな事よりも、馬鹿みたいな魔力の高まりを注視せざるをえなかった。
「凍れ、凍れ、顕現するは白銀の世界。凍てつく風に震えるが良い」
「ちょッ! ま、待ってララ!」
「おいおいおいおい、まじか!」
突然の詠唱に慌てる二人。その手は既に詠唱の影響か凍り付いて動かない。
極寒の風が吹いた。その風は街の熱を、人の熱を奪い、尚さらに凍てつく風となって吹き抜けた。
膨大な魔力が発露に、一瞬体が強張ったドンの体は見る見るうちに霜に覆われ、パキパキと凍り付いていく。
「氷結魔法『フリーズ』」
ララが触れるもの全てが凍り付いてく。地面には氷が張り付き、空気中にある水分が雹となって落ちていく。息は白く、肌で感じる温度は真冬のそれより遥かに冷たく、痛みを覚えるほどである。
通行人達は体をブルブルと震わせ、両手で体をさするが、ララに触れていたソウタとドンは既に氷の中だ。
二人ともゲッ!っという顔のまま氷の像と化していた。
「不届き者共め。妾に許可なく触れるとは何事か」
ララは一人満足気であった。しかし、一瞬後、凍らせるつもりなどなかったソウタがピッカピカに光っているのに気が付き、やってしまったとなんとも言えぬ顔をした。
「また小言を言われるのう……」
〜〜
「もう馬鹿! ほんとに馬鹿! 救いようのない馬鹿! 街の中で魔法唱えるなんて何考えてんの⁉︎」
ソウタは氷から解放され、ララが出した火に当たりながらキレていた。
「馬鹿馬鹿うるさい奴じゃの。其方まで凍らせてしまったのは悪かったと謝ったじゃろ? 妾が謝ったのじゃぞ?」
「謝った事を強調してるけど、だから何⁉︎ 僕を凍らせたのはもういいんだよ! 街の中で魔法使っちゃダメだって言ってるの!」
ソウタは凍らされた事を怒っているわけではなかった。それはもう既に、あのララが素直に謝ったという衝撃で吹っ飛んだ。
それよりも、大衆の面前で馬鹿みたいな魔力を練りあげた事を怒っていたのだ。
もしあの場で氷から解放されたドンが八つ当たり気味に野次馬に当たらなければ、ララの正体がバレていてもおかしくなかった。いや、一部にはもうバレているかもしれない。
しかし、まだ幸運だったのは、ソウタがその魔法に巻き込まれていた事だった。
(これで、今回の事はなかった事になるはずだけど……後は……)
「お、お、お……」
(この撃沈しているドンをどうするかなんだけど……)
ソウタに負け、ララに負け、八つ当たり気味にソウタに挑み、ララに焼かれたドンは、体よりも精神的にボロボロであった。
「こ、この俺様が……女に二度も負けただと……」
特にララに負けた事が堪えたらしい。2回ともララの不意打ちあってのものだが、ドンの美学的には完全な負けらしい。
しかしだ。この男、諦めの悪さ腕前以上に天下一品。何度負けようとも諦めるという事を知らないのだ。
「もう一度だぁ‼︎ もう一度戦え!」
こうやってドンは最強に至ったのだ。勝つまで何度でも戦い続け最強の名を手に入れた。それはもう10年以上前の話だが、諦めの悪さは未だ健在であった。
「どっちでもいいぞ! さぁ、構えろ!」
「懲りぬ奴じゃ。どれ、今度は空の彼方に吹き飛ばしてやろう」
「ララも懲りてないよね⁉︎ それを止めてって言ってるんだよ!」
この二人を絡ませたら危険だ。街が滅びかねないと、ソウタは冷や汗を流しながらも、やる気になってしまったララを必死に押さえていた。その傍ら、ソウタは口からでまかせを吐いて、この場をやり過ごそうとする。
「ドンさん、僕らは旅の途中で、今は急いでるので、勝負はまた今度にしましょう」
「なにぃ?」
「何じゃと? もうこの街を出るのか?」
「うん、誰かさんのせいでね」
「仕方のない奴じゃのう。これからは揉め事を起こすでないぞ」
この街にい続けるのは危険だ。ララの正体がバレてしまうかもしれない。早く出た方がいいと、ソウタは今それを口に出来ない歯痒さを感じた。
何で僕のせいなんだ。
しかし、ソウタはそれを口にはせず、今はこの場から逃げる事を優先した。しかし、狙った獲物は逃がさない主義のドンは、闘志を収めると……
「そうか、なら仕方ねぇ。俺様もその旅に付いてくぜ」
「はい?」
「テメェらに勝つまで、俺様は諦めねぇぜ」
旅の同行を求めてきたドン。その強い眼は拒否させる気など毛頭ないと語っていた。そうなってくると、困るのはソウタだ。
ドンの様子から察するに、ララが魔人であると気が付いてはいないようであった。だが、これからもそうとは限らない。しかし、ドンが旅に加わるのは色々とソウタにとっては都合が良かった。
どちらを優先するべきか迷った末、結局しばらく様子を見てみよようかと先延ばしにしたソウタ。そんな彼の考えを知ってか知らずか、ララは若干見下ろすような視線で高みから物を言う。
「ほほう、見上げた根性じゃ。じゃが、妾に勝とうなど100年早い」
「ハッ、100年なんざいらねぇさ。一年で、テメェらから最強の名を取り戻してやらぁ」
バチバチとララとドンの交わす視線が弾けた。
…………不安しかない。
ソウタはキリキリと胃を締め付けられる思いだった。
僕は世界に拒まれるを読んで頂きありがとうございます。
すいません、最近時間がなくてもう一つ書いている小説の方で手一杯で、遅くなりました。それと、暫く忙しくてあまり時間が取れないため、来月更新出来るか微妙です。
なので、月一更新を取り下げて、不定期更新に変えます。
時間がある時に少しずつ話を進めていこうと思ってます。ひょっとしたら、先に完結させた方が早いかなとも、思ったりしてて、どうなるかわかりませんが、とりあえず来月の更新は無理そうです。申し訳ありません。