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2.僕は魔王の娘を助ける

 激しい雨が葉音を鳴らし、地面を奏でる。まるで桶をひっくり返したかの様な激しい雨の中、バシャッと言う水溜りを踏み抜く音が山に木霊する。

 その音は一つではない。

 逃げる者とそれを追う複数の足音。幾つにも重なった足音に続くのは、下賎な笑い声と下品な言葉。


「おい待てよ!どこまで行く気だぁ?いい加減その可愛い顔を俺たちに見せてくれよ!」

「ヘヘヘッ、女の一人旅なんてするもんじゃねぇな!こんな風に俺たちみたいな悪党に、追い掛けられて慰めものにされるんだからよぉ!」

「はっはっは、ちげぇねぇ!」


 男共はわざと女を逃し楽しんでいた。徐々に追い詰められていく女は、逃げ場を求め奥へ奥へと進んでいく。気が付けばそこは人が誰も来る事はない山奥。

 泥水に汚れたローブとそれから見え隠れする細い足。その足もまた泥塗れになり、草葉で切ったのか薄傷が滲んでいる。


「何故妾が、この様な仕打ちを受けねばならんのだッ」


 女はそう怒りを口にする。この状況は女にとって貞操の危機と言うよりもむしろ、プライドが許さない状況だった。


「バァ!」

「⁉︎」


 突然木の陰から現れた汚らしい男。どうやら追っ手の男達の仲間のようだ。女は目深に被ったフードの中で歯噛みする。先回りされ逃げ道を封じられた女の運命は絶望的だった。


 妾がこんな男共に汚される?

 そんな事あってはならなぬ。魔王の娘たる妾がたかが人間の悪党ごときに体を許すなどあってはならぬ。


「貴様ら、妾に手を出してタダで済むと思うなよ?妾は魔王の愛娘。貴様らは妾の魔法の前に倒れる事になろうぞ」

「へへっ、こんなとこに魔王の娘がいるわけねぇだろ。もっとマシな嘘を吐くんだな、ねぇちゃん。それに、この状況で誰が魔法を唱えるまで守ってくれるんだ?ええッ⁉︎」


 そうそれが問題だった。本来、魔王の娘である彼女にはそれ相応の力があった。だが、それはあくまで魔法を使えばの話。温室育ちであった彼女には、この年の平均的な女性よりも非力で、男に抵抗出来る様な力はなかった。


 そんな男との問答の間に、魔王の娘は周囲を囲まれてしまった。


「ほれっ、魔法で俺たちを倒すんだろぉ?早く魔法唱えないと、俺たちに汚されちまうぞ〜?」


 下賎な笑みを浮かべた男の言葉にフードの奥で再び歯噛みする女。

 もう逃げ場はない。男達を倒す術はあっても、時間がない。


 人間共め!


 彼女は憎しみの感情を眼に滾らせた。それが魔人である彼女の血に呼応し、その瞳を紅く紅く染め上げた。

 フードの奥から覗く紅く光る眼。その不気味な光景に正面にいた男達は一瞬気圧される。

 だが、それはすぐ彼らの征服欲に変わった。


「お前、ほんとに魔王の娘か。かっかっか、こりゃタマンねぇ!」

「さぞかし、お前の体は抱き心地がいいんだろうな!安心しろ、俺たちが使い終わった後は、国に引き渡してやるからよぉ!」


 男達は魔王の娘という最高の商品を手にしたと気分を良くした。

 魔王の娘は自分の失言を今更ながら悔いた。脅しに使ったネームバリューはむしろ相手を喜ばす結果に終わった事を自覚し悔いた。


 紅く光る眼に薄っすら透明な水滴が浮かんだ。それは恐怖と、悔しさから出た涙。

 それがまた男達の笑みを加速させる。


「はっはっは、どうしたんですか魔王の愛娘さんよぉ?怖くて怖くて泣いちゃいましたかぁ?」

「かはははっ、俺たちが慰めてあげまちょうかぁ?」


 そんな下品な笑いと共に赤ちゃん言葉で魔王の娘を侮辱する男達を紅く光る眼がキッと睨む。


「けけっ、アニキそろそろヤりましょうや。もう俺我慢できねぇよ」

「かかっ、そうだ、な…?」


 ボト


「あ、アニキーー⁉︎」


 アニキと呼ばれた男は既にいなかった。そこにあるのはアニキだったただの肉塊。首から下を切り落とされ、驚愕の表情で固まったままのアニキの死体だった。


「女の子相手に寄ってたかって何してるんだよ」


 声にその場にいた全員が即座に振り向いた。そこには黒髪の男がいた。黒を基調とした装備で、鎧の様な物はつけていない。この男が身に付けている中で唯一と言っていい金属性の剣には血が付いており、この男がアニキを殺したのは明白だった。


「お前か、アニキを殺ったのは!」

「そうだけど、そっちもその子に酷い事するとこだったんだろ?なら、殺されても文句は言えないよな」


 女を囲っていた男達が黒髪の男に詰め寄る中、男は酷く冷静だった。何処か冷めた様な目は男達に向けられ容赦はしないと語っていた。


「誰でもいいよ。来るなら早く来てくれ。時間(・・)が勿体無い」

「くそっ、舐めやがって!」


 そう言って飛び掛った男を皮切りに、男達は一斉に黒髪の男に迫った。


「全員か……残念だ」


 それは本当に残念だと感じていそうな声だった。だが、それは男達の命を奪う事に対してではなかった。その言葉は彼の都合上、残念だという意味だった。


「しねぇぇぇ!」


 そう叫びながら始めに飛び掛った男の腕は既になかった。そして、それに気が付く間も無く全員が一瞬の間に絶命する。男達は断末魔の叫びをあげる事も叶わず、自分が死んだ事にさえ気が付かなかった。


 バタバタバタ


 バッバッと剣を振るい、雑に血糊を払う黒髪の男。その周りを力なく倒れこむ男達は、何が起こったのかも分からぬまま、そして喧嘩を売ってはいけない相手に剣を向けた事を知る事もなく、息絶えた。


「⁉︎な、何者だ⁉︎これだけの数を一瞬で……」


 魔王の娘は、腰が抜けたように座り込みながら驚愕した。

 今目の前で見た光景が、この男が自分の遥か上にいる存在である事を無意識の内に自覚させ、恐怖させた。


「さぁ?僕は何者なんだろうね?」


 先程とは打って変わって優しい口調で頬を釣り上げた男はゆっくりと女に歩み寄った。


「く、来るでない!妾に近寄るな!」


 女が恐怖から発した言葉に男は悲しそうな目をして立ち止まる。

 それを見て魔王の娘は少し冷静さを取り戻した。そして、今の状況を正しく理解した。

 妾は今この男に助けられたのだと。


「す、済まぬ。妾とした事が取り乱した。許して欲しい黒髪の」

「いや、構わないよ。そうやって驚いてくれた方が、僕は嬉しいよ」


 それは彼がドッキリ好きの人間だからというわけではない。この状況は彼にとって都合が良いものでもあったからだ。


「まずは自己紹介から始めようか。僕はソウタ。冒険者だよ」

「妾は……」


 魔王の娘はそこで思い止まった。ここでありのままを話して良いものかと。


 このソウタと名乗った男は悪い人間ではない。それはこの短い間にわかった。

 だが、人間に魔人である妾がその身を明かして良いものか?


 そう魔王の娘は戸惑った。その戸惑いはこの世界の住人ならば、誰しもが理解できる事だった。

 そして、それはソウタも同じ。彼は彼女が話し易いように、自らその理由を話した。


「僕は君が魔王の娘だからと言って剣を向けたりはしないよ?」

「ッ⁉︎聞いていたのかッ」


 魔王の娘はソウタを警戒し下がった。聞かれていたという事はそれを承知で彼女を助けたという事。つまり、何らかの目的があったと考えるのが自然だった。


「待って。だから、僕は君に剣は向けないよ」

「では何故、妾を助けた⁉︎答えろ人間!」


 再度同じ事を言ったソウタに魔王の娘は警戒心から声を荒らげ問いただす。


「それは………僕にとって都合が良かったからかな。君を助けるという行為自体が僕にとって価値のあるものだったんだ」


 そんな風に女を助けた理由を話したソウタ。その目は何処か辛そうにも見えた。


「……意味がわからない。分かるように話せ」

「いや、それは出来ないよ。それは僕にとって不都合だからさ」


 そうソウタは説明を拒否した。彼は都合のいい事しか話さない。都合の悪い時、もしくはそれに準ずる何かがある時彼は何も話さないし、行動しない。


「じゃあ、僕は行くよ魔王の娘さん。出来れば、僕のソウタという名を忘れないでいてくれると助かるな」


 そう言ってソウタは踵を返した。そんなソウタに魔王は拍子を抜かれ、つい引き止めてしまう。


「えっ、あっ、ま、待て‼︎止まれっ!」

「どうしたの?ああ、ひょっとして道わかんない?」


 そんなソウタの返しに、答えなど持っていない魔王の娘は流される様に頷いた。


「そっか。なら、ついて来ればいいよ」


 そう言って距離を保ったままソウタは歩き出した。それは、警戒されている事がわかっているソウタが無理に近ずく必要はないと考えたからだった。


 魔王の娘はその気遣いには気が付かず、その距離を維持したままソウタの後をつけた。そして、雨の降る中会話もなく2人は山を下っていく。


 やがてそんな状況にやきもきし始めた魔王の娘は自ら話題を提供した。


「…………其方は有名な冒険者か何かなのか?」

「僕が?有名なんてとんでもない。無名もいいところだよ」


 ソウタは自嘲する様に笑った。


「ならば、何故其方は強いのだ?それとも冒険者は皆あれくらい強いものなのか?」


 それは彼女からすれば重要な事だった。この男程の手練れが人間側に何人もいたとしたら、魔人達はいずれ滅ぶ。

 魔王の娘として、それは避けたかった。


「どうだろうね。いる所にはいるんじゃないかな」


 ソウタは酷く曖昧な返事をした。それが人間側の戦力を隠したいからか、それとも本当に知らないだけなのか、彼女には判別出来なかった。

 だが、一つだけ彼女にわかった事があった。


 この男は危険だと。この男の力が魔人に向けば、自分達は甚大な被害を受ける事になると。

 今この場で始末しとおくべきか?

 いや、妾では到底叶わない。詠唱を始めた瞬間切り刻まれて終わるのは目に見えている。


 魔王の娘がそんな物騒な事を考えていると、今度はソウタから質問が飛ぶ。


「魔王の娘さんはどうなの?強い?」

「妾か?妾は魔人族の中でも特に秀でた魔法の才に恵まれておる。まだ父上には遠く叶わぬが、いずれは魔人族一の魔法の使い手となるだろう」


 そして、父の後を継ぎ妾が魔王となる。

 それが彼女の掲げる目標の一つだった。


「へぇ、そうなんだ。なら、いずれは魔王になるのかな?」

「当然だ」


 魔王の娘は強く頷いた。それは自信の表れでもあった。

 そんな風に期限を良くした魔王の娘は知らぬ間にソウタへの警戒を解いていた。開いていた距離も山を下りるに連れ近付き、麓に着く頃にはなくなっていた。


「それで妾は言ってやったのだ。『魔王の娘である妾に楯突くとはその命捨てる覚悟あっての事なのだな』と」

「ははっ、それでその噛み付いてきた犬はどうしたの?」


 2人は今、魔王の娘の思い出話、否自慢話に花を咲かせていた。


「それはもちろん、美しく偉大な妾に屈服し、妾の手下になったに決まっておろう?」

「それはつまり、飼い犬になったって事?」

「そうとも言うな」


 そんな自慢話かどうかも怪しい話が終わった頃合を見計らってか、木々のない開けた場所に出た。

 それはつまり、ソウタの案内の終わりを意味していた。


「山を抜けたね。魔王の娘さん、もう悪漢に終われない様に気を付けてね」

「……行ってしまうのか?」


 それはまだ年若い彼女から漏れた甘えだった。

 見知らぬ地で悪漢に追われ、強がってはいても弱り切っていた彼女の心を癒してくれたソウタへ対する、甘えとも取れる懇願だった。


「そんな事言われると、別れにくくなるじゃないか。けど、僕は人間の街に戻らないといけないし……」


 ソウタはそれ以上は口にしなかった。言わなくてもわかると思っての事だった。しかし、魔王の娘はそれに即答して答える。


「それならば構わない。妾も連れて行ってたもう」

「えっ?いいの?危ないよ?」


 目をパチパチさせ、確認を取るソウタ。それに対して魔王の娘はまたも即答する。


「その時はソウタが妾を守ってくれるのであろう?」


 魔王の娘はそうソウタに尋ねる。


「それは約束出来ないよ。僕に都合が悪ければ助けないかもしれないよ?」

「それならば、自分でどうにかするまで。元々妾は人の街に行くために里を出たのだ」


 魔王は目深に被っていたローブを下ろす。

 金色の瞳と、白銀の美しい髪。そして、凛々しくも美しい顔立ちの美女が現れた。


「妾の名は、ララ・エスカル」


 そう言って、ソウタに微笑むララ。


「ララか。可愛い名前だね」

「そうか?余り言われた事はないが……」


 ララは余り言われた事はないと小首を傾げた。それに伴い揺れる長い白銀の髪。


「それにとびっきりの美人だ」

「そ、そうか?うん、まぁ、妾だからな」


 そんな風に髪を弄りながら、若干朴を紅くするララ。ストレートに褒めるソウタに照れを隠せないようだ。


「コホン」


 照れを隠す為かララはわざとらしく咳をして、自らが里を出た理由をソウタに語る。そして、


「妾は人間との終わる事ない争いを終わらせる為に里を出た。その為にソウタ、其方の力を借りたいのだ。手伝ってはくれまいか?」


 ソウタの力を貸してくれないかと、願う様に言った。

 そんなララのお願いにソウタは少しの間を持って、答えた。


「……いいよ。そんな大イベント、断る理由がない。それは僕にとって都合(・・)がいいからね」

「そうか!感謝するぞ、ソウタ!」


 ララはソウタの手を取り、嬉しそうに跳ねた。それはまるで少女の様だった。


 こうして、長い戦いの日々が始まった。

 この二人の邂逅が、後にこの世界の長き戦いの歴史に終止符を打ち、また一つの戦いを終わらせる事になろうとは、この時はまだ二人が知る由もなかった。


「まずはその口調を直さないとね」

「むっ、駄目なのか?」

「そんな喋り方する人、人間にはいないよ」


 ………問題は山積みだった。


更新スピードは遅いですが、ゆっくり書き上げていきたいと思います。今書いてある作品が完結するまでは、このスロー更新にお付き合いください。


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