1.プロローグ
この世界で最も栄える街。この世界で初めて、多種族が入り乱れ、作り上げたこの世界の前進となったそんな街。世界中からその街に人が訪れる。立地がいいわけでも、名産品があるわけでもない。
ただそこにはある人物がいた。その人物を一目見ようと、世界中から人が集まる。
その人物は通称、魔王と呼ばれている。
そこは魔王が作り、治める街『ジョーハン』。世界を平和へと導いたこの世で最も強く、また美しい魔王が住まう街。
その街の中心には天を貫く塔が聳え立つ。そこは魔王が住まう家。その頂上には魔王以外誰も立ち寄る事のない墓石があった。ただそれは一見すると、ただのオブジェにしか見えない。そこに有るべき故人の名が刻まれていなかった。
ただ、真新しい花だけが綺麗に備えられていた。
「聞いて、やっとこの街が一つの国として認められたの。頭の固い王国のお偉いさん達がやっと認めたのよ?どう?すごいでしょ?」
墓石の前で手を合わせ、嬉しそうに故人に報告する彼女こそ、この世界で最も有名な世界を安定へと導いた魔王その人。しかし、可憐な笑みを浮かべ、実に嬉しそうに報告する彼女からは魔王の威厳など全く伝わってこない。
「それでね、今からまたあのお話をこの街でする事になったの。前からずっと貴方の事をみんなに伝えたかったから、いずれはするつもりだったけど、思ったより早く出来る様になったんだ。まぁ、これも一重に私の美しさと教養溢れる話し方が良かったのよ」
魔王の言葉は止まらない。毎日ここに来て、日々の出来事を語っているのにも関わらず彼女の言葉が尽きる事はない。
いつも話す事がなくなるよりも前に、時間が来てしまう。
「やはりここにおられましたか魔王様」
屋上の両開き扉から現れたのは、黒スーツ姿の男だった。背筋がピンと伸び、執事風の要望のその男はゆっくりと魔王へと歩み寄る。
「あら、もう時間?」
「はい。皆様、会場にてお集まりですよ。魔王様の夢物語を今か今かと待ちわびております」
「そう……」
魔王は少し寂し気にそう呟くと、墓石にもう一度顔を向ける。
「前から気になっていたのですが、この石は何なのでしょうか?一見墓石の様に見えますが、名も刻まれておりませんし」
「……墓石よ」
執事風の男は魔王の言葉を聞いて小首を傾げた。
「では、何故名前を刻まないのでしょう。失礼かもしれませんが、魔王様はその故人に対して並々ならぬ感情をお持ちのご様子。私には名を刻まれない理由がわかりかねます」
執事は魔王に対して物怖じする様子など微塵も見せず思った事を口にする。その問いに対して、魔王は悲しげにも見える笑顔を浮かべてこう言った。
「知らないのよ。彼の名前も、顔も、種族も、全て。何を話したかも覚えてない。ううん、本当にいたのかもわからないのよ」
そんな意味不明な理由を言った魔王に執事は思わず絶句する。我が主は頭の病気を患ってしまったのではないのかと。
「いきましょう。みんな待ってるんでしょ?」
そんな執事の心配をよそに、魔王の彼女は弾むような足取りで、会場へと足を運んだ。
◇◇◇
「ようこそ、ジョーハンへ」
透き通る様な、優しい声で出迎えの言葉を述べた魔王は、満員の観客を台の上から眺める。
「これから話すのは、ジョーハンの街が出来るよりもずっと前のお話。そして、忘れられた英雄のお話」
それは架空のお話。だけど、全てが架空ではない。魔王がなした功績を一人の登場人物を加えて語る魔王自ら作り上げた子供にもわかる物語。
魔王は昔を思い出す様に、語り始める。だが、その思い出の中には語られる英雄の姿はない。
それでも、彼女はまるで本当に英雄がいたかの様に語る。
「私と彼の出会いは激しい雨が降る日の事でした。その日私は……」
月一更新と言いながら、流石にこれでは短すぎると思い、もう一話書きました。